動物を飼いならす過程で起こった「家畜化症候群」
人類は長い歴史の中で、様々な野生動物を飼いならして家畜として飼育してきました。それぞれの動物は家畜化の過程で元々の野生の原種に比べて、形態や性質、行動などが変化してきました。犬を例に取ると、先祖であるオオカミに比べて、脳や犬歯の小型化、人懐こさなどが家畜化の過程で現れた特性です。
これらの変化は一つずつ順番にではなく、同時に起こってきていることから、それぞれの特性には相関性があるのではないかと仮定されています。そしてこのたび、スウェーデンのストックホルム大学の動物学の研究者によって、犬の行動の特性には家畜化の過程の相関性があるのかどうかが検証され、その結果が発表されました。
76000匹以上の犬の行動データを分析
家畜化された犬の行動は攻撃性と恐怖心が減少する一方で、社交性と遊び好きな傾向が増加するという仮説があります。研究チームはこの4つの行動特性に相関関係があるのかどうかを検証しました。スウェーデンでは普通の家庭犬が行動テストを受けて、メンタル面の評価を受けることが一般的です。このテストはドッグメンタル査定テストと呼ばれ、スウェーデンでは犬の行動の定量化と評価のために広く使用されています。テストの結果はスウェーデンケンネルクラブのデータベースに登録されます。
テストは犬がある一定の状況に晒されたとき(例えば、見知らぬ人から挨拶される、近くで突然傘が開く、変な扮装をした人が遠くから近づいてくるなど)にどのような行動反応をしたかが標準化されたスケールで評価されます。今回の仮説検証のために、1997年から2013年の間に行われたドッグメンタル査定テストのデータ、78犬種76158匹分の攻撃性、恐怖心、社交性、遊び好き傾向に関する分野が分析されました。
チワワからマスティフまで78の犬種は、古いタイプの犬種と近代的な犬種とに分けられました。古いタイプの犬種とは、人間による改良の手が加えられていないオオカミの遺伝子を検出することのできる犬種です。柴犬、シベリアンハスキー、アラスカンマラミュートなどが該当します。近代的な犬種は、今日見られる犬種の大部分で、検出可能なオオカミの遺伝子を持ちません。古いタイプの犬種は犬の家畜化の初期段階を、近代的な犬種は家畜化の後期の段階を表しています。こうして2つのグループに分けた犬たちの4種の行動反応の相関関係は、グループによってはっきりと違っていました。
家畜化の初期段階と後期段階で行動に違いが
分析に用いられたデータのうち、攻撃性と恐怖心は「反応的行動特性」社交性と遊び好き傾向は「向社会的行動特性」と言われるものです。仮説では反応的行動と向社会的行動のそれぞれの2つにはプラスの相関関係があり、反応的行動と向社会的行動にはマイナスの相関関係があると仮定されていました。攻撃性が高ければ恐怖心も強い、社交性が高ければ攻撃性は低いという関係です。
分析の結果は古いタイプの犬種グループと近代的犬種グループで、この相関関係がはっきりと異なっていました。古いタイプの犬種では、行動間の相関関係が仮定されたのと同じように強く現れていました。一方ゴールデンレトリーバーやダルメシアンと言った近代的な犬種では、行動間の相関関係は弱い、又は全くありませんでした。
これは犬の家畜化の後期段階において、その行動特性は家畜化症候群と呼ばれるものからははっきりと分離していることを示しています。近代的な犬種においては、その行動特性も人間が厳密に選択繁殖を行って作ってきたためと言えます。
まとめ
ストックホルム大学の研究者による大規模な犬のデータの分析から、近代的な犬種においてその行動特性は家畜化症候群と呼ばれるものからは分離独立していることが分かりました。近代の犬種の家畜化に関連する行動は、人間の手によって選択された結果であるということです。この研究は、動物の家畜化が行動にどのように影響するかについて今後の更なる研究への礎となると考えられます。一般の家庭犬では、元々の目的のための行動が必要ないことも多いですが、愛犬の行動を改めて観察すると、家畜化の歴史がチラリとのぞいているかもしれませんね。
《参考》 https://www.nature.com/articles/s41467-019-10426-3