はじめに
僕は現在、訪問型ドッグトレーナー兼ドッグリハビリストをしています。
犬のしつけはもちろんのこと、犬自身のサイコロジーリハビリテーション(※)や、飼い主さんに犬の本質や知識、犬との関わり方をレクチャーするのが主なお仕事。
愛犬家の方々のお悩みにも色んなタイプがあり、緊急を要するものからそうでないものまで、様々なご依頼を賜ります。
その中から、特に印象に残ったエピソードをご紹介します。
このお話が、少しでもあなたの幸せなドッグライフのヒントになりますように。
※:サイコロジーリハビリテーション:犬が持つ本来の穏やかで安定した精神状態を取り戻す為のリハビリテーションのこと
虐待されていた 孤独な柴犬「マサオ」
今回は過去にシェルターでボランティアトレーナーをしていた頃、僕の中で印象深い数十匹の犬達の中から1匹、虐待されていた柴犬マサオが、どの様にシェルターで過ごし新しいご家族の元へ迎え入れてもらったのかお話しさせて下さい。
それはとても暑いある夏の日でした。
シェルターで僕が数匹の犬をトレーニングをしていた時、いつもの様に犬の引取りから所長が帰ってきて、
「おーい!ちょっと来てくれ~!」と呼ばれ車まで迎えに行きました。
「今日は何匹ですか?」
「2匹だよ♪」
荷台に目をやると、柴犬と雑種の中型犬がケージの中でジーっとこちらを見ています。
「よく来たな!♪」と挨拶すると、雑種の方は威嚇する反応がありましたが、柴犬の方は反応無しです。
「お前は柴犬の担当な♪」と、所長に言われ、
「え?俺っすか?」
「こっちは俺がやるわ♪」
「はぁ…」(楽な方に行きやがった!)
「で状況は?」
「柴犬は5歳。保健所に飼育放棄で持ち込まれたんだよ。虐待されずっとケージに閉じ込められていたらしい。かなりの人間不信だな。
噛むから気を付けろよ。我慢のし過ぎで脳が思考停止状態だ。
自分が犬だという事すら忘れかけてるよ。
とにかくリハビリで精神状態を元に戻してやらないと」
「なるほど。了解しました!で名前は?」
「無い!お前が付けろ♪」
「はーい♪」
「ところで今日は少なかったんですね♪」
所長は犬が居たら何匹でも連れて帰ってくるところがあるのです。
「今日はな(笑)」(何だその笑いは…)
「さてと♪お前の名前を決めなきゃなぁ。…。…。虎夫…一郎…正男…ポチ……。正男?♪マサオで行こう♪なっ!マサオ♪」真面目そうな顔なのでそう決めました♪
そしてマサオをケージごと車から降ろし犬舎に運びます。
他の犬達は興味津々で、臭いを嗅ぎに寄ってきました。
マサオの反応を観察していると、吠える事もなく中でぼーっと見ていますが微かに緊張の色が見えます。(なるほど…)
そのまま犬舎の一番奥にケージを設置し、メディカルチェックし(よし!体調は…大丈夫だな)と安堵しつつ様子見ました。
そこには他に4匹の犬がケージに入れられていて、マサオが来たことで吠える子や唸る子もいました。
正常な犬は悪いエネルギーに反応します。
おそらくマサオの「負のエネルギー」に反応したのでしょう。
ケージとケージの間に板を挟んで目隠しをしていますが、臭いはやり取り出来ます。
新参者のマサオはというと急にガタガタ震え出しました。
これは恐怖心や寒いからではなく『どうしたらいいの?』と困惑している震えです。
(これは時間が掛かるかなぁ…)
落ち着かせるのが先決なので臭いや環境に慣らす為僕はその場を離れ放置することにしました。
犬同士で群れをなす場合、お互いのエネルギーで絶妙に順位バランスが保たれているのです。
そして互いに痛みであったり弱味であったり自分の負のエネルギー、マイナス部分を隠そうとします。それは何を意味するか?
群れから仲間外れに弾かれたり順位格下げになるか、酷くなるとイジメられたり最悪制裁で命を落とす事もあるのです。
犬の本質の残酷な部分です。今のマサオでは到底相手にもされずハグれてしまいます。
精神状態が良くなれば迎え入れられるのですが。
マサオを隔離し別メニューでやる事も考えましたが、所長の方針が『ここの犬は一つの群れ!特別扱いはしない!群れの中で穏やかさを培う!』なのです。
新しい家族のところに行っても、これを知っている犬は問題再発を起こす可能性が劇的に低いのです。
僕が群れに拘るのもこの所長のせいですよ♪
1時間ほど経ったでしょうか、犬舎に戻り落ち着いたマサオを見てケージの扉を開け、オヤツを一つ置きました。
犬は緊張していると何も食べないし飲まないのですが、当然その時のマサオもオヤツを食べませんでした。
「マサオ♪おいで♪」声を掛けましたが、奥から動きません。
手を出せば「来るな!」と低く唸ります。
ここからは持久戦です。
僕が犬になります♪
これは僕が信頼を得る為の儀式です。
扉の横にマサオに背を向けて座りマサオが『勇気ある一歩』を踏み出すのを待ちます。
10分経ち20分、30分。まだ動きません。
僕は寝転びました。間も無く1時間。(頑張れ~マサオ!)すると背後から気配が!フンフン鼻を使いながら扉に近づいて来ました!
「カリ!カリ!」(お!食べた♪)僕の想いが届いた瞬間です。
カウンセリングサマリー | |
症状 |
犬、人が大の苦手。群れに入りたがらない。 |
原因 |
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対策 |
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いざレスキュー!無事に保護された「マサオ」
ケージから頭だけ出し僕の頭の匂いを嗅いでくれています。
「よし!いけるぞ♪」
僕は静かに振り向くと同じ仕草でマサオの顔に近づき、匂いを嗅いでやりました。するとマサオは嫌がりません。
「マサオ。出てこれるか?」
後はマサオがケージを自ら出る「勇気ある一歩」を踏み出してくれるのを待つだけです。
ここで焦って引っ張ったりしたらアウトです。
ここはじっくり時間を掛けます。
すると躊躇していたマサオが動いたのです。
ケージから一歩二歩と出てきました。
すかさずリードを装着し「おいで♪」と犬舎の外に連れ出せました。
これだけの事なんですが犬にとってはとてつもない冒険なのです。
マサオを見て、周りの犬達が一斉に吠えだしました。
僕はマサオをヒールに付かせ「シッ!」と全体にコマンドを発し『静かに!新しい仲間だ!仲良くやれよ!』と言葉ではなく態度とアイコンタクトで群れのみんなに伝えました。
マサオは比較的落ち着いていて、負のエネルギーも出ていなかったのでトレーニングをおおかた終えた、里親待ちの犬達のいるフリースペースに連れて行きました。
当時、大型中型合わせて10匹ぐらい居たでしょうか。
ここは従順で穏やかな犬が多く、マサオのリハビリセンターであり学び舎には最適なのです。
何故なら僕たちトレーナーのやることより、犬同士で教え合ってくれる事にはとても敵わないのです。
僕の経験上、マサオの様な不信感と警戒心で固まった精神状態の犬は、社会化された犬と過ごす事で劇的に変わるのです。
犬には模倣心があるからですね。
「ふー」と深呼吸しマサオと群れの輪に近付きます。
「ん?なんだ?」
みたいな顔で皆がこちらを見ます。
マサオはその場でフリーズしていましたが、
「じゃあなマサオ♪」
と言ってリードを放し外に出て柵越しに様子を見ていました。
最初は一匹がマサオに寄ってきて興味ありげに匂いを嗅ぎ始めました。すると次々に集まって来たのです。
マサオもジッと嗅がせています。
(みんな挨拶に来てくれてるやん♪)
マサオはみんなが嫌うエネルギーを発していなかったのです。
(ビンゴ!良かった~♪)
犬は今を生きています。
マサオが自信を持ってくれさえすれば、すぐにでも平穏な精神状態に戻れます。
後は人間への不信感を和らげる作業だけでした。
ここは僕の出番です!数日間、犬の群れで僕がマサオに付かず離れずで過ごし、服従トレーニングを入れ、餌を与え、行儀が悪ければ正し、遊びに付き合い、散歩に連れ出し、普通に時間を共にする。
幸いな事にマサオは多少精神が病んでいたかもしれませんが、性格は真面目で賢く、ジェントルマンだったんですね♪
僕をリーダーとして認めてくれたので順調に改善することが出来ました。
日に日にマサオは群れに馴染み、攻撃的な部分は一切見せず本来の風格ある柴犬に変わって行きました。
「マサオ。お前にしたら俺も犬なんだよな。姿形が違うヘンテコな犬だけど、ここの誰もがお前に嫌な想いをさせる奴はいない。安心しな♪」
他にも担当の犬が6匹程居たのですがマサオがお手本になってくれることが多くなりましたよ。
シェルターに来て穏やかに2ヶ月ほど過ぎた頃、な、な、なんと!犬を見に里親さんが来られて一目見てマサオがお気に召した様なんです~♪
「マサオ」に新しい家族が!里親さんにお願いしたこと
2日後マサオを迎え入れたいと正式な申し込みがあり面接もさせて頂き、所長の承諾もすぐに取れました。
そしてお迎えに来られた時、事務手続きなども済み、いよいよマサオを送り出す時に僕はこう言いました。
「マサオをご家族に加えて頂き本当にありがとうございました。
この子の過去のことはご説明した通りですが、一切可哀想だったと憐れんだり同情する事はおやめ下さい。
マサオのためになりませんし、負のスイッチが入ったら大変です。
しつけも大切ですが先ず信頼関係を作ること。
愛情はもちろんですが、穏やかで楽しいエネルギーを常に注いであげて下さい。
今日からはあなた方ご家族がこの子の属する群れであり、ご家族がリーダーです。お困りごとはいつでもご連絡ください。
僕がフォロー致しますので、マサオが虹の橋を渡るまでちゃんと一緒に居てあげてください。よろしくお願いします!」
「はい。もちろんです。私達も楽しみたいですから♪任せて下さい!」
うん♪このご家族なら大丈夫だ(笑)
マサオを車まで送る時、惜しんでくれるかなと思いきや、颯爽と車に乗り込み「ほなさいなら♪」みたいな顔で車窓から僕を見ていました。「あいつあっさりしとるなぁ(汗)でも良かったな♪また会おうや」
何度経験しても慣れない別れの儀式ですね。
幸せをつかんだ「マサオ」
その後も何度かマサオに逢いに行きました。
いつも穏やかに犬舎から顔を出して迎えてくれるマサオでした。
飼い主さんも愛情たっぷりに過ごしてくれてそれから9年後、
「その節はありがとうございました。マサオが先日天寿を全うし虹の橋を渡りました。最期まで明るく楽しく幸せに過ごしてくれたかは解りませんが私達はとても幸せでした。良い子に巡り会えたと感謝の気持ちでいっぱいです」
というご連絡を頂きました。こういう便りを頂くとこの仕事をしていて良かったなぁと思える瞬間ですね。
今でもこんな子達がたくさん新しい家族を待っています。幸せになるために。
わんぱぱ《今日の格言》
犬は我々を犬と認識しています!だから犬として扱うことが大切なのです!犬は「あっ!人間だ!」「猫だ!」「車だ!」と認識する知識も能力も残念ながらありません。
ユーザーのコメント
女性 きんとき
40代 女性 timi
ありがとうございました。
里親2週間めです。
なかなか心を許してくれませんが
元気をいただきました。
これからも愛情たっぷり
明るいエネルギーを
送り続けたいと思います♡