はじめに
僕は現在、訪問型ドッグトレーナー兼ドッグリハビリストをしています。
犬のしつけはもちろんのこと、犬自身のサイコロジーリハビリテーション(※)や、飼い主さんに犬の本質や知識、犬との関わり方をレクチャーするのが主なお仕事です。
愛犬家の方たちのお悩みにもそれぞれ様々なタイプがあり、緊急を要するものからそうでないものまで、様々なご依頼を賜ります。
その中から、特に印象に残ったエピソードをご紹介します。
このお話が、少しでもあなたの幸せなドッグライフのヒントになりますように。
※:サイコロジーリハビリテーション:犬が持つ本来の穏やかで安定した精神状態を取り戻す為のリハビリテーションのこと
突発的レッドゾーン?のハヤト
深刻な1通のメールからこのお話は始まります。
「わんぱぱ様。初めまして。うちの3歳の柴犬、ハヤトの事でご相談があります。室内飼いです。2歳ぐらいまでそんなに酷くなかったのですが、ここ最近急に凶暴になってきて手に負えなくなっています。私を始め夫、娘、息子と本気で噛んできます。特に餌の食器を下げる時が酷くて怖くて取れません。ハヤトはトレーニングで改善出来ますでしょうか?」
(これはかなり切実なお悩みだなぁ。ご家族が恐怖心に縛られていると尚更厄介だ)
すぐに返信させて頂きました。
「わんぱぱです。ご相談ありがとうございます。内容は判りました。改善は出来ますが一度お伺いしてハヤトくんの様子とご家族全員とお話しさせて頂けますか。よろしくお願い致します。」
すると即座に返信が!
「1日も早く、よろしくお願い致します」
(これは緊急事態かも…)
早速、次の日の夕方お伺いさせて頂きました。
ピンポーン♪…(ん?吠えないなぁ)
「はい…」
「こんばんは。わんぱぱです!」
中から奥様が出迎えてくれました。
「どうぞ…お入りください…」
(心なしか元気が無い。かなりお疲れのようだなぁ。)
「お邪魔致します!」
リビングのドアを開けると奥の大きなケージの中で、ソフトバンクのお父さん似の、凛とした佇まいで白くて大きな柴犬が吠えもせず、威嚇する訳でもなく静かに僕を凝視しています。
凄いエネルギーです。(これは…)
ダイニングテーブルにご家族全員がお揃いでした。
ご夫妻の手には包帯と絆創膏が…。部屋全体が何かドヨ~~ンと淀んだ雰囲気です。(こりゃ完全にハヤトの縄張りだ…久々に気を抜けないな)
その威風堂々とした雰囲気。「あんた何しに来た?」と僕に語りかけてきます。ハヤトを無視し先にお話を伺います。
「ハヤトはなかなかの風格ですねぇ。いつもはケージの中ですか?」
「はい。昼間はお留守番です。餌と散歩と夜に出すぐらいです」
「じゃあ餌の時と外に出た時が危ない感じですか?」
「‥…。はい。数ヶ月前までこんなんじゃなかったんですが…。」
「なるほど。あまり吠えませんね。いつもですか?」
「いえ。吠える事は多いです。今日は…」
「確かに緊張感は伝わって来ますね。でもハヤトから悪いエネルギーは感じません。ご家族の状態も解りました。今からハヤトと対面しますね♪」
席を立ちハヤトのケージの前に立ちます。
すると思いもよらぬ反応が。ハヤトは小さく鼻鳴きしマズルを下げ耳を傾けフセをし服従姿勢を取ったのです。(これは…。なるほど。お前も辛かったんだな)
「ハヤトを出しますが大丈夫ですよ♪」ご家族の顔が一瞬強張ります。扉を開けるとハヤトは子犬のように僕にまとわりつきます。ご家族全員唖然としています。
「嘘!そんなはずは…」
僕は無言でハヤトと10分程戯れました。
(わかったわかったよ♪僕がママやパパに伝えるから♪お前は何も悪くないよな♪でも噛むのはよく無いぞ!)
これはよくある現象なんですね。
僕の前では飼い主さんと違い、悪い症状が全く出ず、ただのお利口な犬になるんですよ。
簡単にご説明すると、僕達トレーナーは初対面で犬との信頼関係を結ぶテクニックを持っているからです。
ハヤトは人を敵視している訳では無く、自分の気持ちや不満を解ってもらえずそれでもずーっと「まぁいいか」と我慢して、とうとう堪忍袋の緒が切れたんです。
犬というのは争いごとを好まない動物で、思っている以上に忍耐強いのです。
しかし度を過ぎると爆発してしまいます。
愛犬家がよく口にする、
「今までお利口だったのに急に攻撃的になったんです!」
これは犬の堪忍袋の緒が切れてしまうからなんですね。
そうなると群れのパワーバランスが崩壊します。
噛まれたご家族はもはやハヤトに対し「恐怖心」が芽生えてしまい、屈してしまっています。
これはハヤトより、ご家族のメンタルトレーニングを急がないといけません。
何故ならハヤトがこのままだと手放される可能性が高くなります。過去の嫌な記憶が頭をかすめます。
そしてもう一つの理由がマッチングの問題。
これは一般の愛犬家の方々には理解し難いかもしれませんが、僕は重視します。
つまり犬を飼うにあたって、『飼い主さんと犬とのマッチングバランス』ですね。これを見誤ると『終生飼育』が困難になる可能性が高くなります。
「もう無理です!」と飼育放棄やネグレクトに直結するからですね。
最悪『処分』もあり得ます。
今回の様に、犬の先天性パワーエネルギーが飼い主の先天性パワーエネルギーを上回っている事が稀に起こるのですが、つまりこの場合、いくら飼い主さんが頑張ってもエネルギーが弱くて犬をコントロールする事が出来ないという現象なんですね。
僕はその事を飼い主さんに切り出しました。
「原因は解りました。ご覧の通りハヤトの改善は可能です。しかしご家族全員で危険覚悟で取り組んで頂かないといけません。如何ですか?はっきり言ってハードルは高いです。それでもハヤトと向き合えますか?」
「…はい。ハヤトは家族です!私達が悪いのは薄々解っていました。可愛くて甘やかしすぎですかね。でもどうすればいいか解れば対処の仕方も変わってきます。教えて下さい」
「お気持ちは判りました。ご家族とハヤトのドッグライフを楽しく過ごして頂くために、全力でサポートさせて頂きます!」
この日から数ヶ月間に及ぶパックリーダーになる為のご家族の闘いが始まるのでした。
カウンセリングサマリー | |
症状 |
日常、突然攻撃的になり噛む。(特に食器を下げる時) |
原因 |
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対策 |
|
さぁ!レスキューです!
今回は始めるにあたってご家族に四つの課題を与えました。
- ①僕は接し方、やり方、コマンドのタイミング等をお見せする。あとは僕の動きや振る舞いを真似て必ず飼い主さん自身で毎日やり抜く事。
- ②低い声を出す練習をする事。
- ③今迄のルーティンや接し方を一新する事。
- ④僕はハヤトにリハビリテーションしか施さない。
何故この様な課題を与えるかというと、僕がハヤトに強いインパクトを与えてしまうと、飼い主さんの指示より僕の指示しか聞かなくなってしまうからなんです。
ハヤトは飼い主さんの愛犬であって、僕の愛犬ではありません。ここは僕も心を鬼にして乗り越えてもらうしかありません。
先ずご家族の恐怖心を薄めていく事から始めます。
全員が負のエネルギーを出し続ける限り、ハヤトがご家族を見る目が変わることは無いからですね。
最初に手掛けたのが「餌やり」からでした。
飼い主さんに普段通りのやり方をして貰いましたが、やはりぎこちなく、腰が引けていたので「僕がやります♪見てて下さい」と交代しました。
やり方はこうです。
餌やりのリハビリ方法
- 目の前にハヤトを座らせます。
- 僕は器を持ち仁王立になり待たせます。
- 器をハヤトの前に置く動作をし、ハヤトの動きを観察しながら食べに掛かろうすると、器を上にあげ低い声で「ノー!」とコマンド送ります。
- ハヤトが動かなくなったら器を置き「よし!」と言って目の前から離れます。
- 遠目に食べ終わるのを待ち、終わったら目の前に行き「サガレ!」とコマンドとサインで下がらせます。そして器を取り上げて終了です。
「いかがですか♪?」
「うーん。全然違いますねぇ。言う事を聞くんですねぇ」
「食べ物を与えるリーダーは毅然とした態度でなければいけません。ハヤトに餌を与えてから、食べる様子を近くでジッと見ていませんか?」
「えっ?ダメなんですか?」
「お奨め出来ません。餌を横取りされると勘違いされますよ。我々だって食べてる横でジッと見られてると、良い気はしませんよね」「確かに!食べっぷりが良いのでつい嬉しくなって…」
「それはお子さん達だけにしましょう♪」
「…はい」
次は散歩トレーニングです。
普段の散歩の様子を観察させて頂きましたが、やはり飼い主さんが「散歩させられて」います。
僕が交代しウォーキングをアドバイスしました。
数ヶ月間、週2回訪問させて頂き、僕には従順なハヤトを見て如何にリーダーを欲しているかを実感してもらう日々が続きましたが、ご家族が一丸となり、壮絶な日々を脱し穏やかな生活を取り戻されました。
僕が飼い主さんにお願いしたこと
「お気持ちは解りますがハヤトは決して凶暴な訳ではありません。人間と違って意思表示がそういう行動になってしまっているだけです。
これは接し方を変えれば回避できることです。
やはり忠誠心が強い分、精神的欲求も強いんです。
これも犬の本質です。その欲求を満たしてあげていれば精神的安定が保てるのです。
そういう意味では飼い主さんのエネルギーというのは最重要なのです。
犬に『頼りない』と思われてしまうと自己判断で行動し出すのです。気真面目なハヤトはリーダーからの指示を望んでいます。
『優しくご機嫌をとる』のでは無く『穏やかに凛と毅然とした』振る舞いで威厳を持ちましょう♪」
「はい。やります!ハヤトに認められるリーダーになってみせます!」
数ヶ月間、腕が傷だらけになりながらご自分の恐怖心に打ち勝ちハヤトに認められ、今では信頼されるリーダーです♪
互いに通い合い打ち解けあった立派な家族です(笑)
「安心してください!もう噛まれていませんよ♪」
さいごに
この様な愛情溢れる素晴らしい愛犬家の方々と関われる事に、僕は誇りを感じます。
できることならば、犬の本質を知る方がもっともっと増え、もっともっと素晴らしい愛犬家が増え、犬族が認められ幸せになり、僕が「失業してしまう~(泣)」と思える世の中が早く来てくれないかなぁと願うのも事実です。
でも最近ふと思う様になりました。
『それはそんなに遠い話じゃないかもなぁ~』ってね♪
わんぱぱ《今日の格言》
自分をコントロールして下さい。そうすれば犬もコントロール出来ます。(犬に限らず動物は相手のエネルギーを敏感に察知します。だから犬の前では人間側がいつも冷静に穏やかに保てる様に心掛けましょうね♪)
ユーザーのコメント
女性 mocmoc
犬のしつけは、安心する場所を与えご飯と散歩を欠かさずすることだけではないのだと思います。たまにしつけのできていないわんちゃんを「うちではのびのびと暮らせるように犬の自由にさせてあげているんですよ」という勘違いした飼い主さんを見かけます。自由にするということはすでに飼育放棄しているのと同じではないかと思います。
しつけは犬にとって必要なものだと思います。犬は元々群れで暮らしていた動物なので、リーダーがいることで安心して暮らすことができます。
犬を飼うということは、そのリーダーになる覚悟も必要です。
愛犬に対して曖昧な態度は一番やってはいけないと思います。メリハリのある態度がとても重要ですね。
女性 カムコ
40代 女性 ケーキ
あれもできない、これもできない、暴れ回るしでノイローゼになりそうでした。
小型犬だったため大怪我をすることはありませんでしが、それがかえって良くなかったのか、やはり厳しく正しくトレーニングをできていなかったように思います。
飼い主側の本気度が伝わらない、怒っても伝わらない、本当につらかったです。
愛犬が2才近くになってからでしょうか、私も飼い主としての自信が付いたのは。それまでは初めての犬の飼育で心配ばかりしていて、犬もその不安がわかっていたように思います。ある程度時間をともにして、自信が付いて来たら犬も私について来てくれるようになりました。
30代 女性 nico
女性 ウミネコ