犬の視覚研究が進んだのは愛犬のおかげだった
一昔前まで「犬は色を識別できなくて、彼らはモノクロの世界を見ている」と考えられていました。けれど現在では、犬は黄色・青色・グレーを識別できることが判っており、彼らの世界は赤緑色盲の人が見えている世界とよく似ていると言われています。
その研究を行い発表したのはアメリカのカリフォルニア大学サンタバーバラ校のジェイ・ニーツ博士とモーリーン・ニーツ博士の夫妻でした。研究のきっかけは彼らの飼っていたトイプードルが遊んでいた時に偶然に見つかり、その後の研究にも愛犬のお手伝いがありました。そんな研究の裏話をご紹介いたします。
犬の視覚研究が進んだきっかけ
1980年代後半、ニーツ博士夫妻のもとに黒いトイプードルがやって来ました。眼科学の研究者である夫妻でしたが、このトイプードルは研究とは全然関係のないごく普通のペットとして迎えられました。
夫妻は犬をレティーナと名付けました。Retina=網膜、眼科学の博士らしいすごい名前ですね。この名前も後の研究につながることを予見していたのかな、なんて思えます。
レティーナが芝生の上でボールを追いかけていた時、ボールを見失うことがありました。ボールの色はオレンジ色、芝生の色はグリーン。ボールが目の前にあってもレティーナは鼻を使ってニオイでボールを探そうとしていました。その様子を見た夫妻はハッと閃いたのだそうです。「他の場所ならすぐに見つけられるオレンジ色のボールが緑の芝生の上だと見つけられない!犬には見分けられる色と見分けられない色があるようだ!」
犬の視覚研究を愛犬「レティーナ」がお手伝い
芝生の上でボールを追うレティーナの様子がきっかけとなって、夫妻は犬の色覚をきちんと設定するための実験と研究を開始しました。
実験は3つのカラーパネルが点灯する装置を設置して、その前に犬を座らせます。3つのパネルのうち、ひとつだけは違う色を示すようになっていて、犬が色の違うパネルに鼻先でタッチするとトリーツを与えるというものです。実験にはレティーナの他に2匹のイタリアングレーハウンドが参加しました。
実験のデータが取れるようになる以前に、犬たちが人間の意図を理解するよう訓練するのに約6ヶ月を費やすという時間のかかる研究でしたが、1989年にニーツ博士夫妻は『犬の色覚』と題した研究論文を発表しました。それまで犬の視覚は黒・白・グレーのモノクロだと思われていたのですが、犬は黒と白よりも多くの色を認識しているということが正式に確認されました。
人間の赤緑色盲の治療の助けになる可能性
犬の色覚は赤と緑の区別が付きにくく、人間の赤緑色盲の色覚とよく似ていることから、犬の色覚研究が赤緑色盲の治療を研究する上でたいへん参考になることがわかりました。レティーナと2匹のイタリアングレーハウンドが使った実験装置は改良が重ねられて、現在は16色のパネルが点灯し、様々な動物が使えるように作られています。
2009年にはこの研究の結果として、遺伝子療法を使ってリスザルの色盲を治療することに成功しています。赤緑色盲で不便をしている人々の希望のきっかけになったのがトイプードルだったなんて、ちょっと素敵なエピソードですよね。
まとめ
1989年に、愛犬レティーナの助けを得て『犬の色覚』研究論文を発表したニーツ博士夫妻。レティーナが追いかけるボールを見失ってしまった様子を見て、犬が識別できない色があることに気づき、どの色ならば識別できるのかという実験を重ねて研究を続けました。その結果、犬は黄色・青色・グレーを識別でき、人間の赤緑色盲と似た色覚を持っていることが判りました。レティーナから始まった研究は現在では人間の赤緑色盲治療の研究に役立てられています。人間の医療研究のきっかけが芝生の中のボールを探しているトイプードルだったと思うと、犬と人間のつながりの深さを改めて感じますね。
ちなみに、色覚研究の結果から犬のおもちゃにベストな色はブルーなんだそうですよ。ご参考まで!
《参考》http://thebark.com/content/how-dogs-are-helping-researchers-cure-color-blindness