犬は草原の「追跡型ハンター」
犬と猫には、およそ4000万年前にいた共通の祖先「ミアキス」という動物がいます。当時の気候は温暖で湿度が高く、世界は深い森林で覆われており、ミアキスそこで生活する肉食動物した。その後地球環境が寒冷化すると森林が徐々に消失し、かわりに草原が広がります。それが猫と犬を分けるきっかけとなりました。猫の祖先は残った森にとどまり、木陰から獲物に飛びかかる「待ち伏せ型」ハンターとしての道を究めます。
一方、犬は隠れる木々のない平原に進出したため、群れで獲物を追い続けて疲れたところを襲う「追跡型ハンター」へと変わっていきました。この狩りの方法に適応するため犬は長距離走れる長い足を手に入れましたが、その代わりに木に登るために必要な「ねじることができる前足」を失ってしまいました。
北アメリカの3700万年間の肉食ほ乳類の肘を調査
このように犬が追跡型ハンターになったこととそのきっかけについての概要はわかっているのですが、一方で具体的にどのような経過をへて狩猟方法が変化していったのかはよくわかっていません。ですが今はもういない動物の行動を知るのは、至難の業。なぜなら手がかりは化石の骨だけだからです。
そこでマラガ大研究チームは、ある動物が追跡型ハンターか、待ち伏せ型ハンターかを見極める指標として上腕骨の肘関節の形が使えるのではと仮説を立てました。なぜなら、待ち伏せ型のハンターは獲物に飛びかかって相手をしっかりつかむため、腕をねじる(手のひらの向きを変える)ことができなければならず、その動作を行うためには、肘関節の形が重要となるからです。
マラガ大研究チームは、3700万年前から現代までの肉食動物(イヌ科、ネコ科、ハイエナ科、イタチ科、ジャコウネコ科、化石イヌ科)の肘関節の形を調べました。
北アメリカのイヌ科の狩りの仕方の変遷がみえてきた
どのようなタイプの狩りをするか実際にわかっている現生肉食動物の肘関節の形を調べると、確かに追跡型と待ち伏せ型では肘関節の形が異なることを研究チームは突き止めました。さらに、化石イヌ科の肘関節を調べると、イヌ科の動物たちがある段階を踏んで狩猟方法が変わっていったことが分かってきたのです。それは次のようなものでした。
ステージI:3000万年前まで「森林が優勢の時代」
追跡型は見られず、待ち伏せ型ハンターのみ。
ステージII:2300万年前まで「草原化が始まった時代」
ボロファグス亜科で、追跡型と待ち伏せ型の中間的な肘の形が見られ、走行性への適応が見られるようになった。しかしボロファグス亜科は後に絶滅する。
ステージIII:700万年前まで「草原化が急速に進んだ時代」
イヌ亜科(現在のイヌのグループ)ではっきりとした追跡型への移行、長距離ランナーの特徴が見られる。植生も、乾燥など特殊な環境に強いC4というタイプの植物が優勢になる。
ステージIV:200万年前まで「草原が広がりきった時代」
イヌ科は真の走行性、長距離ランナーとなり、追跡型が完成。この時代は寒冷化がより進み、C4タイプの植物が支配するように。
このように時代を追って、段階的に追跡型のハンターが現れ、それが見事に地球環境の変化、植生の変化にシンクロしていることがわかりました。特に、ステージIIIの約1600万年前から1000万年前に急速に草原が広がっていた時期にはっきりとした長距離ランナーの特徴が初めて現れてイヌ亜科のなかまが多様化したと解明できたのはとても重要なことです。
この研究の意味
捕食動物の獲物である草食有蹄動物(蹄のある動物。牛や馬など)がどのように草原化に適応してきたかは、今まで多くの研究がなされてきましたが、捕食者のほうの草原化に対する狩猟行動の適応については、ほとんど研究がありませんでした。草原化によって走行性の足を獲得したイヌたちが、追跡型狩りへと狩猟スタイルを変えた経緯について解明したこの研究は、生息地の環境が捕食行動を特殊化する決定打となりえることを示した意義のある研究といえます。
《参考》
B. Figueirido他(2015)Habitat changes and changing predatory habits in North American fossil canids, Nature Communications 6, Article number:7976, doi:10.1038/ncomms8976
http://www.nature.com/articles/ncomms8976