手術以外の選択肢は?犬の「椎間板ヘルニア」に対する再生医療の可能性について【獣医師執筆】

手術以外の選択肢は?犬の「椎間板ヘルニア」に対する再生医療の可能性について【獣医師執筆】

犬の椎間板ヘルニアの治療について、近年は再生医療にも注目が集まっています。まだ研究段階の治療も多いものの、傷ついた脊髄や椎間板の修復を目指す新たな選択肢として期待されています。この記事では、犬の椎間板ヘルニアに対する再生医療の現状と可能性をわかりやすく解説します。

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記事の提供

東京大学動物医療センター内科研修過程修了。一般診療と皮膚科専門診療を行い、国内・国外での学会発表と論文執筆も行う。現在は製薬会社の学術担当を務めながら、犬猫について科学的に正しい情報発信を行っている。Syneos Health Commercial 所属MSL、サーカス動物病院 学術、アニー動物病院 非常勤獣医師。

️椎間板ヘルニアでなぜ再生医療が注目されているのか

獣医師に触診されているコーギー

犬の椎間板ヘルニアは、椎間板が変性して飛び出し、脊髄や神経を圧迫する病気です。特にダックスフンドやフレンチブルドッグ、ビーグルなどで多くみられます。重症化すると後ろ足が動かなくなったり、排尿や排便がうまくできなくなったりすることがあります。

治療は大きく内科治療と手術に分かれます。

痛みが軽い場合や麻痺が軽度の場合には、安静や消炎鎮痛剤による保存療法が選択されます。一方で歩行困難や重度の神経障害がある場合には、圧迫された脊髄を解除する手術が推奨されることが少なくありません。

しかし、手術を行ってもすべての犬が完全に回復するわけではありません。

特に脊髄そのものが大きな損傷を受けた場合には、圧迫を取り除いても神経のダメージが残ることがあります。また、発症から時間が経過した慢性症例では、神経組織の回復が難しくなることも知られています。

そこで注目されているのが再生医療です。

再生医療とは、細胞や生体由来の成分を利用して、損傷した組織の修復や機能回復を目指す治療法です。椎間板ヘルニアでは大きく二つの方向性があります。

一つは傷ついた脊髄の修復を目指す方法です。
もう一つは、変性した椎間板そのものの再生を目指す方法です。

現在の治療は圧迫を取り除くことが主な目的ですが、再生医療では失われた組織を回復させることを目標としています。そのため、従来治療では限界があった神経機能の改善や再発予防につながる可能性が期待されているのです。

️どのような再生医療が研究されているの?

科学技術と医療のイメージ

現在、犬の椎間板ヘルニアに関連して最も研究が進んでいるのは幹細胞を利用した治療です。

幹細胞とは、自分自身を増やしたり、さまざまな細胞へ変化したりできる特殊な細胞です。その中でも特に注目されているのが間葉系幹細胞です。

間葉系幹細胞は骨髄や脂肪組織などから採取でき、炎症を抑えたり、組織修復を促したりする働きが期待されています。近年では、幹細胞そのものが神経細胞へ変化するというよりも、周囲の細胞に良い影響を与えることで修復を助けていると考えられています。

2020年に報告された研究では、半年以上の慢性脊髄損傷を抱えた犬に対して、骨髄由来間葉系幹細胞の培養上清液を静脈投与したところ、安全性に大きな問題は認められず、一部の犬で歩行機能や膀胱機能の改善がみられました。もっとも、この研究は少数例で行われた予備的な試験であり、効果を断定できる段階ではありません。

また、椎間板そのものを再生する研究も進んでいます。

椎間板は加齢や遺伝的要因によって少しずつ変性していきます。変性した椎間板では水分が失われ、衝撃を吸収する能力が低下します。研究者たちは、幹細胞を椎間板内へ直接注入することで、失われた組織を修復できないか検討しています。

さらに近年は、幹細胞だけでなく成長因子や遺伝子治療、細胞から分泌されるエクソソームと呼ばれる物質などを活用する研究も進められています。これらは炎症を抑えたり、細胞の修復能力を高めたりすることを目的としています。

このように再生医療にはさまざまなアプローチがありますが、多くはまだ研究段階にあり、標準治療として広く確立されているわけではありません。

️再生医療は手術の代わりになるの?

診察台の上にいるカメラ目線のダックス

再生医療について耳にすると、手術をしなくても治るのではないかと期待する飼い主も多いと思います。

しかし現時点では、再生医療が手術の完全な代替となる証拠は十分ではありません。

例えば、椎間板物質が脊髄を強く圧迫している急性の重度ヘルニアでは、まず圧迫を取り除くことが重要です。このような症例では、再生医療だけで神経の圧迫を解除することはできません。

そのため現在の考え方としては、再生医療は手術の代わりというよりも、補助的な治療として位置づけられています。

特に期待されているのは、手術後の神経回復を促進することや、慢性脊髄損傷の機能改善を助けることです。また、まだ症状が重症化していない段階で椎間板の変性進行を抑えることができれば、将来的な発症予防につながる可能性もあります。

ただし、再生医療にはまだ課題もあります。

どの細胞を使うのが最適なのか、どのタイミングで投与すべきなのか、どのくらいの効果が期待できるのかについては、十分なデータが蓄積されていません。研究によって結果も異なり、大規模な臨床試験も限られています。

また、再生医療は費用が高額になる場合が少なくありません。治療内容や期待できる効果について十分な説明を受けた上で判断することが大切です。

今後さらに研究が進めば、これまで回復が難しかった神経障害に対して新たな希望となる可能性があります。現時点では過度な期待も悲観もせず、発展途上の有望な分野として捉えることが重要でしょう。

️まとめ

寝転んでリラックスしているダックス

犬の椎間板ヘルニアに対する再生医療は、幹細胞や成長因子を利用して脊髄や椎間板の修復を目指す新しい治療法です。現時点では研究段階の部分も多く、手術に代わる標準治療ではありませんが、神経機能の回復や再発予防につながる可能性が期待されています。今後の研究成果に注目したい分野の一つです。

*参考文献: Vikartovska Z et al., Int J Mol Sci. 2020 Jul 20;21(14):5129.

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