はじめに
僕は現在、訪問型ドッグトレーナー兼ドッグリハビリストをしています。
基本的な犬のしつけはもちろんのこと、犬自身のサイコロジーリハビリテーション(※)や、犬の本質や知識、犬とのコミニケーション術を飼い主さんにレクチャーするのが主なお仕事です。
愛犬家のみなさんのお悩みも様々で、色んなタイプがあり、緊急を要するものからそうでないものまで、様々なご依頼を賜ります。
その中から、特に印象に残ったエピソードをご紹介します。
このお話が少しでもあなたの、『幸せなドッグライフ』のヒントになりますように。
※サイコロジーリハビリテーション:犬が持つ本来の穏やかで安定した精神状態を取り戻す為のリハビリテーションのこと
(尚、本編に使用している写真はイメージで、今回登場する『キング』ではありません。)
もがき苦しみ反抗するキング。
今回のお話は僕のトレーナー歴の中で、十数年経った今でも鮮明に残っている記憶です。
あれは夏も終わりを告げようかという頃、真夜中に突然、携帯電話が鳴りました。
さすがにこの時間の電話というのは、ろくな事ではありません。
「もしもし。どうかされましたか?」
「す…みませ…ん…※◎$…」
(と弱々しく、か細い声で聞き取れない。)
「いえ。大丈夫ですよ~♪何かありましたか?」
「…。◎☆▽けてくだ…」
(まだ聞き取りづらいうえに、たどたどしい。)
「もしもし!大丈夫ですか?」
「助け…てくだ…さい」
「え?とにかく今から行きますから待ってて下さい!」
電話は以前からトレーニングをしていた、ビーグルの『キング』の飼い主さんからでした。
僕は何か嫌な予感がして、パジャマのまま車に飛び乗りました。
『ひょっとしてキングに噛まれたか?これはかなりヤバいかもなぁ。』
なんて考えつつ車を飛ばし、20分程で到着して玄関のチャイムを押すが、返事が無い。
まさかな、と思いつつも試しにドアに手を伸ばしてみる。
「ガチャガチャ!」
(ん?開いてる?)
「失礼します!」
自体の緊急性を感じ、相手の返事も待たずに家に入ると、明かりの付いているリビングに駆け込みました。
するとそこには、顔面血だらけの飼い主さんと、何食わぬ顔で佇むキングの姿がありました。
「大丈夫ですか!?」
と尋ねると、うなだれる飼い主さん。
「救急車呼びますね!」
の問いに、かすかにコクっと頷かれました。
「今は説明はいいですから、とにかく病院で傷の手当てをして下さい。」
そう言って救急車に乗せたのです。
キングとの出会い
その壮絶な事件の日から遡ること2ヶ月前ーー。
「はい!もしもし♪わんぱぱです」
「わんぱぱさんですか?うちの子のトレーニングに来て頂きたいのですが。」
「ありがとうございます♪もちろんです!犬種は何ですか?お困り事はなんですか?」
「はい。ビーグルの男の子で5歳です。もー全く私たちの言うことを聞かないんです。身体に触ることも怖くてできません。噛むんです‥。餌を与えるときも威嚇します。以前はそんなこと無かったのに…。家族みんな傷だらけです…。もう手に負えません。」
(声に元気がないなぁ。深刻さがひしひしと伝わってくる…。)
「なるほど…。それはお困りですね。早速明日にでもお伺い致しますよ。」
「わんぱぱさんが頼みの綱です。お願いします。」
「分かりました。」
(これは…相当レッドゾーンだろうなぁ…)
電話の翌日、約束通りにご自宅にお伺いしました。
「ピンポーン♪ピンポーン♪」
「ワンワン!ワンワン!」(おー!ビーグル特有の美声だ♪)
「はーい!ご苦労様で~す!どうぞ~!」
「失礼します!お邪魔致します」
リビングに通して頂き、ケージに入ったキングと初めて対面しました。
(上目遣いで僕を観察している。5歳でさすがに落ち着いているが、これはなかなかのエネルギーだな。完全に主だ…。そういうことか…)
ここから既に僕とキングのやり取りは始まっています。
「ワンちゃんの名前は何ですか?いつもケージの中で生活してるんですか?」
「キングと言います♪ケージに入れています。以前はフリーにしていたのですが今は無理です…。いつ飛びかかってくるか分かりませんから」
「以前とはどれくらいですか?」
「1年前ぐらいからです」
「じゃあそれぐらいから手が付けられなくなったんですか?」
「はい。それまではこんな子じゃなかったんです。まったく原因がわかりません。何が不満なのか…」
「そうなんですね。解りました。早速リハビリに取り掛かりましょう。お散歩はされていますか?」
「ここ数年は殆ど散歩に行っていません。庭で遊ばす程度です。主人しかキングに触れられないので」
「…?ご主人は噛まれたりしないんですか?」
「いや噛まれてます。でも私が怖くて近づけないので…。餌をあげるのがやっとです」
「餌はあげられる?では近づくことはできるんですね?」
「いえ…。器を置いてケージの扉を開け、離れます。そしてキングが食べ終わってその場を離れたらそ〜っと器を下げます」
「そうですか。ありがとうございます。分かりました。では早速ですがキングをケージから出しましょう♪」
僕がケージの扉に手をやると、飼い主さんは顔を強張らせて後ずさりしています。(こりゃ重症だ…)
「僕がいますから大丈夫♪キング♪おいで!」
この10分程の間に僕はキングと「無言の会話」をしていました。
それはこんな感じです。
キング「俺の縄張りに何の用だ?お前は誰だ?敵か?」
わんぱぱ「安心しろ。俺は君の敵ではない。しかし君に屈するつもりは無い。仲良くやろうぜ相棒♪」
キング「ふん!」
みたいなやりとりなんですが、「そんなアホな!」と言わないで下さいね。
扉を開け、キングがそばに来て僕の匂いを嗅ぎ始めるまでじっと待ちます。
すると、思ったより早くキングが顔を出して僕の匂いを確認し始めてくれました。鼻を使ってきたことで「よし!」と確信しました。
「…。」
飼い主さんは頬に手を当て固唾を呑んで見つめておられます。
「来い!キング!」
僕が手を差しのべると頭とマズルを下げて寄って来ました。
「…。嘘。そんな…」
「ね♪大丈夫でしょ。」
「…。」
「これからキングと散歩に行ってきますので、少し待ってて下さい!」
そう言って早々に外に連れ出しました。
これは早く飼い主さんから、そしてその場から離したかったんです。
せっかく順調なのに、飼い主さんのネガティブオーラ(負のエネルギー)を受けると取り乱す可能性が高くなるからです。
そして犬の本質から言えば、鼻を使えている事は至って正常な反応なのです。
しかし、キングの心のバランスは明らかに崩壊寸前です。
これで鼻も使っていなかったらかなり根が深い問題なのです。
外に出た僕達は、あてもなくただ歩きました。
これもリハビリテーションですが、僕を信頼してくれたのかキングは至って従順でウォーキングも完璧です。
キングも満足げに久々の解放感に浸ってくれています。
飼い主さんとの衝突!そして決断!
「戻りましたー!」自宅に戻り飼い主さんの様子を伺うと、怪訝そうな表情をされてます。
「キングは楽しそうでしたよ~♪」
「はぁ…違う犬みたいですね。私たちといる時と大違い…」
(なんとなくご機嫌が悪い…。)
それから室内でキングと僕が戯れていると、飼い主さんが不快な顔でこんなことを言い出したのです。
「わんぱぱさん!うちのキング君を犬扱いしないでください!この子はうちの末っ子で、これまで人間同様に手塩にかけて育ててきました。私たちの言うことも理解しています。今は凶暴になっていますがきっと私たちの気持ちを理解してくれてます。絶対に犬扱いはされたくありません!」
いつもなら、「そうですか。分かりました。ではそうしてくれるトレーナーさんにお願いしてください」と言ってとっとと帰るのですが、今回はキングのことを考えるとそれは言えませんでした。
というか、その飼い主さんの言動で、僕の感じていた疑問が解け一つになり明確な答えが出ました。
僕は冷静に飼い主さんに語りかけました。
「キングが長い年月を我慢に我慢を重ね、自分を理解してもらえない事に苦しんだ結果、限界に達して反抗に転じたんですよ。こうなった原因はすべて飼い主さんご家族にあります。解りますか?」
「私たちがこの子に何をしたって言うんですか!?家族の一員として大切に育ててきたんです!この子も自分は人間だと思ってますよ!」
(これは勘違いにもほどがある。この際はっきり言ってしまおう!)
「それは違います。それに家族の一員として愛情を注ぐのは当然じゃありませんか。ただここまでキングを追い込んだ理由は思い当たらないでしょうね。仰る通りあなた方の自己満足でキングの気持ちも汲まないでただ育ててきただけですから。キングが不満に感じている一番の原因は『人間扱い』されることなんですよ。この子は犬なんです。犬として敬意をもって扱ってあげないと失礼です。あなたの所有物であっても命と意思と感情を持った動物です。今までの接し方が間違っていたことを認めましょう。今からでも遅くありませんよ。ご家族が変わればキングは必ず元の優しいキングに戻ります!」
少し僕も感情的になってしまいましたが、キングの気持ちを想うとつい語気が強くなってしまいました。
「私たちが原因なんてそんな…。今更変われますか…?私達…」
「変われますよ!変わる努力をしてください。即実践ですよ!キングを愛するのなら尚更でしょう」
すると少し目を潤ませながら飼い主さんが語り始めます。
「…。実はわんぱぱさんに頼もうか、それともキングを手放そうか悩んでいたんです」
「でも僕にご連絡頂いた。嬉しいです。感謝します。つまりキングとは離れたくないんですよね?」
「はい。一緒に居たいですよ。最期まで…」
「素晴らしい!じゃあ信じて僕に託してください。全力でサポートしますから」
「変わります…。やります。教えてくださいわんぱぱさん!」
「お任せください♪大丈夫です。ご家族は悪いことをしていたのではありません。犬の本質を知らなかっただけです。飼い主さんのメンタルの部分もテクニカルな部分はレクチャーしますから。キングにはリハビリテーションを施します。僕は飼い主さんにはビシビシいくタイプなのでそこんとこよろしくです!覚悟して下さいね♪」
「…。はい…」
(ほんまに大丈夫かいな…)
ここから飼い主ご家族と、キングと僕との永いお付き合いが始まることに…。
カウンセリングサマリー | |
症状 |
飼い主家族のいうことを全く聞かない。家族に攻撃する。 |
原因 |
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対策 |
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ドッグレスキュー!Final (後編)につづく。
ユーザーのコメント
女性 匿名
楽しみにしています。