古代の情報の宝庫『糞石』
考古学や古生物学において糞石(ふんせき)とは、人間や動物の排泄物である糞が化石化したものを指します。先ごろアメリカのイリノイ大学アーバナシャンペーン校の進化と保全生物学の研究者によって、政歴600〜1050年頃のものと推定される犬の糞石の分析調査が行われ、その結果が発表されました。
糞石には当時の犬が食べていたものはもちろん、犬のDNAや寄生虫なども含まれるため、食生活や健康状態に関する情報がたくさん含まれています。
犬は人間の食事の残り物を与えられていたと考えられます。現在明らかになっている当時の人間の食事内容と比較し、さらに糞石から犬の健康状態を知ることで、同時代の人間の健康状態についても伺い知ることが期待されます。古代の犬はどんなものを食べていたのでしょうか。
アメリカ大陸の古代の犬の糞石を分析する
このリサーチのためのサンプルとなったのは、現在のミズーリ州セントルイスの遺跡から回収されたものです。この遺跡の街はかなり人口の多い大都市だったそうです。
回収された糞石は西暦600〜1050年頃のものと考えられ、この時代の人間の遺体はほとんど見つかっていないため、犬の糞石から同時代の人間の食事や健康状態の理解につながる可能性があります。
分析は、「肉眼での観察分析」「含まれる水素、炭素、窒素などの元素の安定同位体を測定」「DNAシークエンシング」を組み合わせて行われました。
研究者は同地域の先住民コミュニティの協力を得て、彼らの先祖の食事についての聞き取り調査も行っています。どのような農作物が作られ、何を狩猟採集していたかという歴史を知ることが、分析して得られたデータのより深い理解につながるからです。
古代の犬たちが食べていたもの
肉眼での観察では、魚の骨やウロコがたくさん含まれていたそうです。他には鳥、カエル、ネズミの骨も観察されましたが、メインは魚だったようです。DNA分析では、魚はサンフィッシュ、バス、ガーなど、鳥はカモやガチョウでした。この遺跡はミシシッピ川沿岸地域に位置していたので、魚やカエル、水鳥がタンパク質源であったのは自然なことです。
安定同位体の測定からは、犬たちがトウモロコシを食べていた可能性が示されました。当時のこの地域ではカボチャやヒマワリが食用に栽培されていたことは分かっているそうですが、都市の人口が増えるにつれてトウモロコシの栽培が始まったと考えられており、犬がトウモロコシを食べていたとすれば、これが裏付けられたことになります。
植物性の食べ物では、他にクルミ、ぶどう、大豆を食べていたことが判りました。また食生活とは別に、公衆衛生の問題があったことを示す寄生虫と病原体を含む糞石もありました。同地域の別の遺跡から発見された人間が同じような食事を摂っていた資料があるため、人間も同様の健康リスクを抱えていた可能性があります。
まとめ
アメリカのミズーリ州セントルイス近郊の遺跡から回収された犬の糞石から7世紀〜11世紀の頃の犬の食事や健康状態を分析した結果についてご紹介しました。
ミシシッピ川で狩猟採集した水鳥や魚は「なるほど」と思わされますが、トウモロコシや大豆さらにはブドウなど現代の犬には好ましくないと言われる植物性の食事を摂っていたというのは興味深い点です。
もちろんこの時代には農薬も遺伝子組み換え作物も存在しませんし、カエルやネズミなどを犬が自分で狩って食べられる環境で、トウモロコシや大豆がメインのタンパク質源になることはなかったでしょうから、現代と同じ基準では考えられません。
こうして犬たちが食べていた可能性のあるものを見ていると、遠い昔の犬の生活が想像できるようで楽しい気持ちになります。犬のルーツと言えば引き合いに出されるのはオオカミですが、むしろ人間と暮らしていたこれらの犬たちこそが、現代の犬につながる参考になるのではないでしょうか。
《参考URL》
https://www.nature.com/articles/s41598-021-82362-6
https://www.igb.illinois.edu/article/using-multipronged-approach-investigate-diet-ancient-dogs