犬の行動療法の研究はなぜ必要なのか
犬の行動療法、または行動診療というものをご存じでしょうか。犬が強度の攻撃性や分離不安を示すなど、人間にとって問題となる行動を取るときに、医療上の問題はないか、投薬が適切かどうかなども含めて、犬と飼い主の行動を獣医師が総合的に分析指導して行動を改善していこうというものです。
通常の医療だけ、トレーニングだけでは見えなかったり対処できなかったりする問題を解決するために開発された治療方法です。日本でも行動療法を行う獣医師は少しずつ増えていますが、アメリカでの普及度はもう少し高くなっています。
しかし、行動療法が普及するにつれ「あまり効果がなかった」という声も増え、何が治療の成果を左右するのかという研究も行われています。これは動物福祉の面で非常に重要なことです。
なぜなら行動療法を最後の望みとして受ける飼い主も多く、もしこれで良い結果が出なければ犬を安楽死させなくてはならないという例がとても多いからです。
アメリカのペンシルベニア大学獣医学部の研究チームが、行動療法の成果を左右する要因を探るためのリサーチを行い、その結果が発表されました。
行動療法を受けた飼い主へのアンケート調査
調査に参加したのは、行動療法を受けている131頭の犬とその飼い主です。調査期間は6か月で、療法を始める前、療法を始めた中間の時点、療法を終えた時点に飼い主がC-BARQという犬の行動を客観的に査定できるように設計された質問票に答えてもらい、それを研究者が分析しました。飼い主は自分の性格や行動に関する質問票にも回答を求められました。
6か月の治療セッションを終えた後に、質問票への回答から分析した結果は意外なものでした。犬の年齢や性別などはあまり関連を示しませんでした。
治療開始時に「強い攻撃性」「過敏に興奮する」など強い問題を報告されていた犬たちが最も改善を示していました。一方、飼い主が犬の性格について「良い子」だと評価した犬たちが、最も低い改善度を示しました。
なぜ飼い主が性格が良いと評価する犬たちは、行動療法への反応が思わしくないのでしょうか。
飼い主の性格と犬の性質、獣医師の観察
しかし、犬の性格ではなく飼い主の性格に注目して分析してみると、少し違う景色が見えたようです。自分の性格を「真面目で勤勉」だと評価した飼い主の犬は、治療終了後もあまり大きな成果を報告されていませんでした。自己の性格についてこのような評価をしていない飼い主は、劇的な改善を報告していました。
つまり真面目で勤勉な飼い主は、犬が見せる小さな問題も見逃さず詳細に報告するため質問票から分析される治療効果が低いように見える。この性格特性のない飼い主では「完璧ではないが、とにかく咬まなくなった!」という点を重視するため劇的な改善として報告されるのではないかと、研究者は推測しています。
特に飼い主が「内向的」犬が「怖がり」という性格の組合せが、行動療法の成果が最も低いという結果が出ました。確かに内向的な飼い主さんにとって、犬の怖がりを少しずつ克服するためにいろいろな場所や人と接するというような行動はハードルが高いでしょう。
行動療法を行う獣医師は飼い主のこのような傾向を把握してアドバイスをしたり治療行動の調整をしたりすることが、犬を救うことにつながると研究者は述べています。
まとめ
犬の行動療法の成果を左右する要因として、飼い主の性格と犬の性質の相性、飼い主の性格によって行動の評価や飼い主自身の行動に差が生まれることなどがあるという調査結果をご紹介しました。
こうして見ると犬の行動を決めるのも変えるのも、とても複雑にいろいろな要素が絡み合っていることが分かります。それだけに行動療法という総合的な視点で犬の問題とされる行動を改善していくことが有効であると感じます。
犬の行動に本当に行き詰まっていると感じていらっしゃる場合、トレーニングだけでなく行動療法の獣医師という可能性も考えてみてください。
《参考URL》
https://doi.org/10.3389/fvets.2020.630931