犬の飼い主の義務を法律で定めるということ
スイスの飼い主資格
憲法に動物保護の条項を組み入れた世界で最初の国、スイス。動物保護施設ティアハイムは、目指すべきお手本として日本でも知られています。
そのスイスで定められている飼い主の義務とは下記の通り。
犬を飼う前に・・・理論の受講
犬を初めて飼う人は、経費やしつけなど飼育に不可欠な知識について、最低約4時間の講習を受ける。この時点で、その大変さに犬を飼うことを断念する人も多いのだとか。
飼い始めて1年以内に・・・しつけの訓練と実技テスト
犬を迎えたら1年以内に、飼い主と犬は1回1時間×4回のしつけの訓練および実技テストを受ける。合格すると証明書が発行される。経費は約7,000円。犬の飼育経験のある人は、新しい犬を飼う際に実技試験を受ける。
飼い始めて一年後に・・・犬税の徴収
犬を飼い始めたら半年以内に自治体に犬の登録を行う。これを受けて飼い始めて1年後に犬税の徴収が開始。1頭で約170,00円、2頭め以降はさらに高額になる(自治体により異なり、特に都市部では高めに設定されている)。
2回目以降の犬税の徴収では、税の支払いと同時に証明書の提示が義務づけられている。登録および犬税の納付を行っていないと罰金を科される。
生涯にわたり・・・フンの処理
飼い主は自分で犬のフンを拾って片付けることが義務づけられており、違反すると罰金約9,000円が課される。
その他・・・飼えなくなっても
これらにプラスして、ティアハイムに犬を引き取ってもらう場合の飼い主の義務として、
- マイクロチップが装着されていること
- 引き取り料金は約5万円
が義務づけられているため、飼いはじめの時点でこれらのことも含んでおかなければならない。
ドイツの飼育免許制度
ドイツでの飼育免許は、全ての飼い主に義務づけているスイスとは異なり、危険犬種として指定されているピットブルやブルテリア、土佐犬などいわゆる闘犬種、および咬傷事故を起こした犬の飼い主が対象になります。
その内容は
理論テスト
子犬の選び方から犬に関する法律に至るまで、犬を飼うに当たり知っておくべきことのテスト。
実技テスト
自分の犬と共に街中に出て、歩行の様子や、周囲の人・犬とすれ違う時の飼い主の対応を、行動療法を専門とする獣医師が診査する。
前項の理論テストと実技テストともに、一般の飼い主が自分の犬との関係や知識の度合いをはかろうとあえて受験する人も多いのだとか。
犬の飼い主資格制度について考える
日本での飼い主資格制度の導入は可能?
可能かどうかというより、1歩でも2歩でも、本当に殺処分ゼロにもっていくためには、何らかの形で進めなければならないことだと思われます。
今の日本で犬をめぐる問題は、
- パピーミル、ペットショップ、子犬の流通問題
- パピーミルからレスキューされる保護犬の収容と里親探し
- 飼い主の低モラルによる飼育放棄
- 経済的悪化と高齢化に伴う飼育継続困難
- 小型犬ブームに伴う多頭飼育と崩壊
など、多岐にわたって山積していますが、これらすべての問題の根底にあるのが、犬を誰でも簡単に購入できてしまうこと。逆を言えば、スタートの地点が改善されれば、その先の問題も小さくすることができるのではないでしょうか?
原因を改めず、結果ばかりみた対症療法では根治はできない、ということです。
犬税について
これは人間の年金や福祉、消費税などが重くのしかかっている現在の日本では、大きな抵抗にあうことでしょう。
また飼い主教育が徹底されていない現状では、課税によって捨て犬が増える懸念もあり、ヘタをすれば悪法になりかねない危険をはらんでいるとも言えます。
犬税が課されているスイス、ドイツでも「税金を払っているのだから行政が犬のフンを片付けるのは当たり前」という向きも少なくはなく、意外とフンの放置は多いそうで、犬税が問題解決になり切らないことが伺われます。
犬税自体は、安易な犬の飼育、特に自家繁殖や考え無しにペットショップから次々購入したことで生じる多頭飼育崩壊の抑止とすることができ、また、スイスのように税収を街中の犬のフン専用のゴミ箱やウンチ袋のディスペンサー設置に使うなど、人々の目にはっきり見える形で生かせば、ある程度の賛同は得られるのではないでしょうか。
ただし効果的でありながら弊害を生まない程度の税額の制定、課税対象基準や徴収のタイミングなどは十分に議論を重ねる必要があるかと思います。
理論の受講について
これは比較的、簡単に導入できるはずです。犬を飼う前に、終生飼育にかかる経費やしつけの手間ひまについての受講を義務化することは、下記のような意義が考えられます。
- 経費の面で、犬の一生に責任を持てるかどうか数字で認識する
- 可愛いから、犬が好きだからだけでは犬は飼えないということ、犬の飼育にはしつけの手間がかかることを認識する
- ペットショップからの安易な衝動買いを防ぐことにつながる
- 事前に正しい知識を持つことで、飼ってから「こんなはずじゃなかった」的な飼育放棄を減らすことにつながる
犬飼育の理論は、ネットや飼育書などで誰でも簡単に学ぶことはできますが、むしろあえて自ら学ぼうとしない人に対して効果があると考えられます。
現状では、自治体ごとに飼い方教室などが開かれていますが、公示がささやかで目立たない、定員が少ない、関心を持つ人の目には触れても、本当に受講すべき人の目には入らないといった残念な現実があります。受講の証明書がなければ犬を購入できないシステムができれば、この時点で断念する人は、そもそも犬の飼育に適さないということになります。
しつけの訓練および実技テスト
金額だけを見れば、スイスのしつけの実技から証明書の取得まで7,000円というのは、日本で個人のトレーナーに依頼する出張トレーニングが1時間につき3〜5千円程度であることを考えると、断然、安いと言えます。
実際には1回1時間×4回では、しつけのごく基本しか学ぶことはできませんが、全ての飼い主が最低限のしつけを習得したことが当たり前になれば、行儀が悪い犬は、すなわち飼い主の怠慢を露呈することになります。
心情的な問題ですが、周囲に行儀のよい犬が増えれば飼い主もしつけに積極的にならざるを得ないでしょう。犬をしつけることに対して飼い主の意識の全体的底上げという意味で効果は大きいと思われます。
まとめ
犬の飼い主資格制度のポイントは以下の3つ。
- 1.犬を飼う前の勉強
- 2.犬には不可欠なしつけの習得
- 3.犬税
おそらく日本で一番引っかかるのが犬税の問題。
現実化には難しいものがありますが、犬を飼う前の理論受講費としつけの受講費および証明書発行費を、犬税に代わる義務とすることは可能でしょう。
次にしつけ。この10年ほどの間に、犬のようちえんや出張トレーナーが増え、それらを利用する飼い主も増えてきました。
民間団体が行っている、一般の飼い主向けのオビディエンステストやマナーテストを受ける人も増えていますが、全体としてはまだ一部。
社会全体の飼い主意識の底上げをするには、最低限の知識としつけの実技習得をあえて法律や条例などで義務化することは必要と思われます。
スイスで犬の飼い主資格制度が設けられるたことは、深刻な犬の咬傷事件に端を発しています。すでに日本でも同様の事故は起きており、真剣に考えねばならない段階に来ていると言えます。
またドイツの実技テストは、特定の犬に課されたテストであり、一つでも審査から外れれば不合格とされる基準の厳しいものですが、特定の扱いが難しい犬を飼うには、飼い主にもそれだけの技量が求められるということでもあります。日本では、そうした犬をも、誰でも飼えるということ自体が問題であると言えます。
また、このテストの内容は、人間社会の中で犬を飼うためには必要なことばかりであり、これができなければ家庭犬が公共の乗り物に乗れる、公共の場所に出入りできる、犬と一緒に入れるカフェが増えることは夢のまた夢になってしまいます。
この記事を書いたつい前日、犬同士のケンカ(?)に遭遇。その時、割って入った飼い主が怒って自分の犬を叩く場面を目にしました。
この記事を呼んでいる多くの方々はもうお分かりですね? 叩かれなければならないのは飼い主のほうだと。
まだまだこれをしつけと勘違いしている飼い主は少なくありません。
犬と人との本当の幸せを考えるなら、日本でも犬の飼い主資格制度の導入は検討されてしかるべきだと思います。