犬が2匹いる時、次に何が起こるか予想できますか?
ドッグランなどで犬同士が初めて顔を合わせた時に、ウーウー唸りあったり、一緒に転げ回ったりするのを目にすることがありますね。そんな時、特に気にせずそのままにしている飼い主さんもいれば、慌てて自分の犬を引き上げさせる人もいます。
そのままにしている飼い主さんは「あれは単にじゃれあっているだけだから大丈夫」という予想を、慌てて犬を引き上げさせた飼い主さんは「このままではケンカが起きる」と予想したと言えます。
人間は他の動物同士が関わり合っている時に次にどのようなことが起こるのかを正しく読み取ることができるのでしょうか?できる人とできない人では何が違っているのでしょうか?
このようなことを検証するためのリサーチが、スペインのジローナ大学、ドイツのフリードリヒ・シラー大学イェーナ、ドイツのマックスプランク研究所などの研究者たちによって実施されました。
犬、サル、子供の行動を予測できるか?という実験
リサーチのための参加者は全部で77人(女性53人男性24人)でした。参加者は犬、人間の子供、サルなどの霊長類に関してそれぞれ、日常的な接触を1年以上継続した経験があるか、それぞれについて全く経験がないグループかに分けられました。経験があるというのは、例えば1年以上犬を飼っている、1年以上育児をしているか子供とかかわる仕事をしている、霊長類の研究をしているなどです。
参加者には動画が見せられました。動画は犬のもの、バーバリーマカク(ニホンザルに似たオナガザル科のサル)のもの、人間の子供のものそれぞれについて9本ずつです。
全ての動画にはそれぞれの動物2匹または2人が映っており、攻撃性を示すサインや友好的な様子を示しながら関わり合っていたり、特に何の関心も示さず中立状態でいたりしていました。参加者は動画の最初の数秒だけを見せられて、動画の続きが「攻撃行動が起きた」「仲良く遊んだ」「中立状態が保たれた」のうち、どの結末に終わったかを予測し選びました。動画には、声によるコミュニケーションや意味のある会話は含まれていませんでした。
さて参加者は犬、サル、子供の行動を正しく予測できたでしょうか?
犬の行動を読んで予測することは難しい?
3つのうちのどれかについて経験がある参加者が、その動物について経験がない参加者に比べて成績が良かったのはサルについてだけでした。子供については経験のあるなしにかかわらず全体的に成績が良く、犬については経験があると答えた参加者が経験のない参加者よりも犬の行動をより正しく予測できたという結果は得られなかったのです。また、犬と人間は何万年も前から共に暮らし、犬は人間の最良の友と呼ばれていますが、人間はそんな犬の行動をよく読めるかというと、そうではないという結果が出たのです。
どうやら犬の行動から様々なサインを読み取って、次の行動を予測することには経験はあまり関係がなかったと言える結果が出たということになるようです。
さらに犬に関する経験の有無に関わらず、参加者は全体として犬の友好的または中立的な行動よりも攻撃的な行動の予測ができませんでした。これは犬と接する時に全ての人が注意しておいた方が良い点だと思います。「うちの犬はフレンドリーだから」と自分の犬を近づけて来る飼い主さんの言葉は基本的に信用しない方が無難だと思います。
ただし、参加者のうち霊長類に関する経験があるという人は、仕事としてグループで暮らす霊長類を観察する機会のある研究者でした。動物の行動の科学的な意味を知っていれば、行動の予測が正しくできるということなので、動物についての経験をもっと細かく分類した場合には結果が変わるかもしれないと研究者は述べています。
まとめ
動物または子供同士の関わり合いの結果の行動を予測する時、「犬を飼っている」という経験だけでは犬の行動を正しく予測できなかったというリサーチの結果をご紹介しました。
これはSNSなどに溢れている、犬が怖がっているのに「可愛い」と言って喜んでいる人々、犬が喜んでいる声なのに怒っていると勘違いしている人たちの多さを見れば想像が付きます。
今時は幸いなことに、犬の行動やボディランゲージを正しく読むための教材はたくさんあります。オンラインセミナーなどもすぐに見つかりますので、科学に基づいた正しい知識を身につけることは昔より難しくありません。
このリサーチは、犬を飼ったことがあるという経験は必ずしも犬を理解していることを意味しないという耳の痛い結果を示していますが、犬を正しく観察できる人が増えるきっかけになればいいなと思います。
《紹介した論文》
Donnier, S., Kovács, G., Oña, L.S. et al. Experience has a limited effect on humans’ ability to predict the outcome of social interactions in children, dogs and macaques. Sci Rep 10, 21240 (2020).
https://doi.org/10.1038/s41598-020-78275-5
人間同士の行動予測や、人間が犬の表情を読み取れるかどうかについて研究は多くある中で、人間が違う動物種の行動を予測できるかについての研究は少ないそうで、今回の研究では、人間が人間とそれ以外の2種類の動物の行動を予測できるか、さらに進化の過程と個人の経験がそこにどのように影響しているかを調べています。
その結果、人間の子供の行動予測は、子供との経験のあるなしにかかわらず全体的によくでき、その理由は、同じ動物種の行動を予測する能力は本能的なものであるから、またはたまたま今回の参加者が子育てや子供と接する仕事の経験はなくてもそれまでの人生経験から子供の行動を正しく予測することができた可能性があると述べられています。
犬については、犬との経験がある人とない人で、犬の行動を正しく予測できる確率が変わらなかった理由は不明だとしていますが、犬の表情を読み取ることについての過去の研究では、犬との経験のある人はよりよく犬の表情を読めていたとする論文も複数ある一方で、関係がなかった、または逆の結果が出た論文もあるそうです。犬の行動を予測できることと個人のそれまでの経験については、単なる個人的な経験だけではなく文化の違いも今後比較検討する必要があると研究者らは考えているそうです。
研究者らは、犬と人間は何万年も前からお互いに利益を得ながら共に生活してきたのだから、共進化してきて人間は他の動物よりも犬の行動をよく予測できるのではないか、との仮説もたてたそうですが、その仮説を裏付ける結果は得られませんでした。これについて研究者らは、犬は人間との暮らしの中で自分たちの行動や認知機能を人間との生活により適したものに変化させてきたけれども、人間は犬との共進化の結果として犬に対する特別な能力を手に入れてはこなかった、と述べています。
また、攻撃行動を予測することは自分が傷つけられる可能性を低めるために、友好的な行動や中立的な行動よりも正しく予測されるのではないか、という仮説もたてましたが、それを裏付ける結果も得られませんでした。人間は人懐こく攻撃性が少ない犬を選んで繁殖してきたけれども、そのためには、攻撃的な行動を読み取ってきたというよりもポジティブで友好的な行動を読み取って犬を選んできたのではないか、と研究者らは述べています。