人間は犬に対してどのように接するべきかという考察
人間は生活の中で色々な動物と関わりあっています。街中で見かけるカラスや鳩、家畜として育てられる牛や豚、そして最も身近なところではペットとしての犬や猫など、関わり方の種類やレベルは人によって大きな差がありますが動物とまったく無縁で暮らしている人はほとんどいないでしょう。
オーストリアのウィーン獣医科大学メッセーリ研究所では、動物と人間の関わりについてシリーズで数々の論文を発表しています。人間の関わる動物の中でも犬は最も古くから人間の側で暮らしており、そのつながりの深さや強さは群を抜いています。
研究者は、過去に発表された犬の認知に関する研究を例にとって「犬が人間をどのように認識しているか」その認識を受けて「人間はペットの犬とどのように接するべきか」を考察しています。
犬の認知に関する研究が明らかにしてきたこと
犬が家畜化されたのがいつ頃なのかは未だ研究の途上ですが、野生のオオカミが人間と暮らし始めたのは1万5千〜3万年前のどこかの時点だと考えられています。人間はオオカミの中から人に馴れた個体を選択し、その後もさまざまな作業に向いた特性を持つ個体の選択と繁殖を繰り返して犬を作り上げ、使役動物として飼育して来ました。
その過程で犬は人間とコミュニケーションを取る方法を身につけて来たと考えられています。21世紀に入ってから犬の認知に関する研究が急激に増え、犬が人間をどのように認識しているのかが明らかになりつつあります。
研究者は2003年から2018年の間に発表された19件の論文を引用して、犬が人間の表情からその感情を読み取れること、人間の目線の動きを読んで行動できること、人間の声に込められた感情がポジティブかネガティブかを判断できることなどが明らかになっているとしています。
表情よりももっとわかりやすい人間のジェスチャーについては研究の数もさらに多く、研究者は1998年から2017年の間に発表された40件近い論文を引用して、犬が人間のジェスチャーを理解して人間の指示に従い作業に協力するよう学んできたことを示しています。
また犬が人間の行動を観察して真似をすること、観察した結果から予測や学習ができることについて、1984年から2020年の間に発表された50件近い論文を引用して示しています。
人間と犬の関係の倫理的な側面
このように、犬が人間とりわけ自分の飼い主を注意深く観察し感情や行動を読み取る能力、人間と相互に関わり合うためのスキルがあるという科学的な証拠は数多くあります。
私たちはともすると、犬が人間を理解することについてロマンチックな感情を抱きがちです。しかし研究者はそのような感情を持つことは倫理的な問題を見過ごす危険があると指摘しています。研究者はまた、犬のこれらの能力やスキルについて、1万年を超える長きに渡っての人間と犬の明確な権力関係を示していると述べています。
長い歴史の中で犬は人間の道具であり、彼らの生活は人間の手に委ねられて来たのですから、犬が生き延びるためには人間を理解し協力する必要があったのです。
現代にペットとして飼われている犬は一見事情が変わったように見えますが、実際には飼い主の意識に大きく左右されます。そしてどんなに犬を理解している飼い主であっても、犬の命が飼い主の手に委ねられていることは変わりがありません。
研究者は、犬が人間との微妙なコミュニケーションのための手がかりを掴むためにどれほど注意を払っているか、人間の感情や行動について観察や理解をしているかを飼い主が知らない場合、犬と人間の間に対立が生じる可能性があるとしています。
ペットの犬との信頼関係を構築するためには、人間が犬の認識を理解し、いつも考慮することが必要です。モラルを持って倫理的に犬と接するために、犬が私たちに置く信頼に応える義務があると心しておくことが重要だと研究者は締め括っています。
まとめ
ウィーン獣医科大学の研究者が、過去約30年間に発表された犬の認知と行動に関する論文に基いて、人間がペットの犬と信頼関係を築くにはどのように接するのが良いのかを考察した論文をご紹介しました。
確かに犬は人間にとって特別な動物です。そのために人間はしばしば犬に対して過剰な期待やロマンチックな感情を抱き、その思いが叶えられないと失望して信頼関係を損ないがちです。
せっかく数多くの科学的なアプローチで犬が何をどのように感じて理解しているのかが明らかになっている現在、犬と暮らす人はそれらのことを知っておく必要があり、その上で犬の福祉(幸福)や本来あるべき行動や感情を考慮して接することが重要です。
研究者が述べている「犬が私たちに置く信頼に応える義務」を全ての犬と暮らす人が持つ社会にしなくてはなりませんね。
《参考URL》
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2020.584037/full