古代の世界各地の犬のDNAを分析
私たち人間にとって最も近い存在の動物である犬。彼らの家畜化の歴史については長年に渡って研究が続けられていますが、未だはっきりしない部分も多く残されています。
そのような犬の家畜化について、どの地域にいつ頃生きていたのかという点と関連付けてDNAを解析するという角度から研究した結果が発表されました。
イギリスのフランシス・クリック研究所、オックスフォード大学やウィーン大学を含む欧米の多くの大学の科学者、10カ国以上の国の考古学者たちが、ヨーロッパから中近東、シベリアにいたる世界各地の古代の(最も古いもので1万1千年程前)の犬のDNAを解析したところ、氷河期直後のその時代のヨーロッパには既に5つの異なる犬の系統があったことが判ったということです。
研究チームはヨーロッパ、シベリア、中近東で発見された27体の古代の犬のゲノム配列を調べました。
同時にそれらの犬と同じ時代の同じ場所に住んでいた人間の17個のゲノムデータも用い、犬との比較が行われました。
約1万1千年前のヨーロッパの犬の多様性
前述したように、約1万1千年前までには既に遺伝的に異なる祖先を持つ、少なくとも5種類の犬の系統があったことがゲノム配列の比較から明らかになりました。
その多様性の存在は、犬の家畜化はそれよりもずっと以前に起こっていたということを示します。またこのような地域間に見られる犬の遺伝的多様性は人間がまだ狩猟採集生活をしていた時代に存在していたと考えられます。5つの系統は、さらにその元をたどると近東とシベリアに行きつくそうです。
ただこの約1万1千年前にあった犬の多様性は現在でも保たれているわけではなく、近代的なヨーロッパの犬種のほとんどは5千年程前に存在したある一つの系統から発生していると考えられるそうです。
その近代的なヨーロッパの犬種の祖先たちが世界中にひろまりあらゆる犬種の基礎となりましたが、いくつかの犬種にはそれ以前の古代の犬の血が引き継がれていることも分かり、チワワやローデシアンリッジバックなどがその一例だそうです。
犬、人間、オオカミのDNA
犬と近い時代や地域から発掘された人間のゲノムを比較解析したところ、似ている点が多くあることもわかりました。
その一例が、近東で発祥したと考えられている農耕の拡がりとそれに伴う人類の移動と犬の遺伝的な差には関連が見られたということです。これは農耕文化を持つ人間が移動する際に犬を連れていたことを示しています。
反対に似たような時代と地域の犬と人間のゲノムの比較結果が一致しない例もありました。新石器時代のドイツの人間は近東からの系統でしたが、同時代のその地域の犬は北ヨーロッパの系統の犬だと考えられました。
この研究では、犬のDNAと、現代および古代のオオカミのDNAとの比較も行われました。研究者が驚いたことに、犬のDNAにはオオカミからの遺伝子の流入があったというデータは示されませんでした。反対にオオカミには犬からの遺伝子流入があったと言えるそうです。
またオオカミと犬の比較分析からは、まだ断定はできませんが犬が現在は絶滅したオオカミの1つの系統から進化したことも示唆されました。つまり現代の犬の祖先となったオオカミは絶滅し、現代のオオカミは現代の犬の祖先ではない可能性があるということですが、結論を出すためにはより古い時代の犬やオオカミのDNAサンプルやさらなる考古学や人類学の研究手法が必要だということです。
まとめ
古代の犬の骨からのDNAを用いてゲノム解析を行い比較した結果、約1万1千年前のヨーロッパの犬には遺伝的多様性が確認されたが、全ての系統が現在の犬に受け継がれているわけではない、また犬の家畜化の起源、オオカミとの関係が少しずつ解明されてはいるものの、まだまだ未知な部分が多いという研究結果をご紹介しました。
DNAを解析して比較することで、犬だけでなく人間の移動との関連や人間と犬の歴史、オオカミからの進化の歴史などのストーリーも明らかになるのは本当に興味深いことですね。
今後さらに広い範囲での研究が期待されます。
犬の家畜化の歴史は人類の歴史でもあり、犬のDNA研究は人類史をさらに深く理解するための手がかりとなると考えられます。まさに「犬は人類の最高の、そして最古の友」と言えますね。
《記事のもとになった論文》
Bergström A, Frantz L, Schmidt R, et al. Origins and genetic legacy of prehistoric dogs. Science. 2020;370(6516):557-564.
https://doi.org/10.1126/science.aba9572
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20代 男性 匿名