フィンランドの実験用ビーグルたちのリホームに関するリサーチ
フィンランドのヘルシンキ大学は犬に関するユニークな研究論文を数多く発表しています。研究のための実験には一般募集された犬が使用されることもありますが、均一な条件で飼育されている犬が必要な研究もあり、研究室では実験用のビーグルが飼育されていました。
フィンランドも加盟している欧州連合(EU)では、科学的な目的で使用される動物の保護に関する規制が定められています。2010年にはEUによって実験動物のリホーム(新しい飼い主を探して譲渡すること)が許可されました。それ以前には役目を終えた実験動物は安楽死処分となっていました。
フィンランドではヘルシンキ大学が2015年に実験用ビーグル16匹のリホームを実現させたのが、同国で初めての実験動物のリホームだと考えられています。
同大学の研究者は2015年から2018年にかけて、これらの犬のリハビリテーションや新しい環境で暮らすための訓練についての観察と調査を行い、その結果が発表されました。
実験施設での犬たちの生活
リホームされた16匹の犬たちは大学の施設で2〜8年間飼育されており、犬の認知機能の研究と犬用鎮静剤の開発のための検査(血液採取、心肺機能のチェック)に使用されていました。
犬たちは比較実験のために8匹ずつのグループに分けられ、日中はそのグループで生活していました。夜間は小さく分割された部屋で各自に与えられたベッドで眠っていました。おもちゃなども与えられていました。
犬たちの世話をする人は決まっており、毎日約2時間の交流タイムがありました。1日1回は屋根付きの屋外で2〜3時間の自由時間もありました。しかし屋外とは言え地面はコンクリートで、周囲は屋根と塀で囲まれているため景色は見えず、刺激には乏しいものです。
一般家庭に送り出すためのリハビリと訓練
実験施設で上記のような状態で暮らしていた犬たちが、一般家庭でペットとして新しい環境とライフスタイルにうまく馴染めるよう訓練が行われました。
訓練にはフィンランドの動物福祉団体が協力し、様々な人が犬との交流に参加しました。これは犬たちの社会化に非常に重要なことです。
犬たちは訓練のためにリードを付けて研究施設の外に連れ出され、今まで歩いたことのない様々な材質の地面の上を歩きました。
研究所の中は静かで管理された環境です。言い換えれば刺激がなくて退屈な環境でもあり、外の世界は犬たちにとって未知の音や匂いに溢れています。そのようなものに直面した時に不安や恐怖を感じなくて済むようにするのが訓練の目的の1つです。
訓練中の犬の性格や行動は詳細に観察されて、訓練の進行の仕方が考慮されました。犬たちは可能な限りペアで譲渡されるため、その組み合わせや引き取り希望者とのマッチングのための観察期間でもありました。訓練と観察期間は4〜6ヶ月続きました。
犬たちが譲渡された後も、研究者は4年間に渡って新しい飼い主への聞き取り調査を行いました。一部分離不安行動を示す犬がいることが報告されていますが、大部分の犬たちは新しい環境にうまく順応し、飼い主たちも犬に満足しているとのことです。
現在ヘルシンキ大学には実験用の犬はいないそうですが、このリサーチ結果を受けて今後実験用の犬を飼育する場合には、屋外へのアクセスを増やす、リードを付けて施設外を散歩する時間を設けるなどの対策を増やし、リホームがよりスムーズになるよう考慮されています。
まとめ
フィンランドのヘルシンキ大学で実験用に飼育されていたビーグルを、一般家庭にペットとして送り出すための対策と追跡調査の結果をご紹介しました。
人間のために何年も働いてくれた犬を安楽死させるのではなく、ペットとして新しい生活に送り出すことは言うまでもなく犬の福祉のために重要です。さらに研究者の精神の安定のためにも大きな影響があると研究者は述べています。
上記で書いた通り、犬たちは決して劣悪な環境で飼育されていたわけではありません。しかしそれでも社会化のための訓練と普通の家庭で暮らすためのリハビリテーションには時間がかかっています。少数とは言え、譲渡後も分離不安行動を示す犬も報告されています。
私たち一般の飼い主は、これらのことから犬の社会化(多様な人、物、環境に慣れる)や自然な形の刺激の重要性を改めて心がける必要があると言えます。
そして何よりも実験に使用される動物の福祉が向上すること、可能な限り実験動物を使う機会を減らすこと、一定期間実験に参加した動物はリホームする機会を持つことが当たり前の世界になるよう願って止みません。
そのためにもこのような訓練やリサーチが日本も含めた世界各国で実施されるようになって欲しいものです。
《参考URL》
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0261192920942135