犬にとって「匂いを嗅ぐということ」を探るための研究
アメリカのコロンビア大学バーナード・カレッジのアレクサンドラ・ホロウィッツ博士は犬の認知機能についてのベストセラー書籍の著者でもあり、そのいくつかは日本でも翻訳されて出版されています。
犬の認知機能の権威であるホロウィッツ博士は、その著書や論文の中で犬が嗅覚を使うことの重要性を繰り返し発表しています。
この度新しく発表された研究も、家庭犬が飼い主の匂いにどのように反応するかに焦点を当てたものです。
近年、犬の認知機能に関する研究は数多く行われていますが、その多くが犬の視覚と聴覚を通じての認知に関するものです。意外なことですが、犬が匂いを通して飼い主を認識するかどうかという問題には明確な答えが出されていないのだそうです。
犬は飼い主の匂いと知らない人の匂いを区別するだろうか?
ご存知の通り、嗅覚は犬が持っている感覚の中でも主要なものです。動物にとって一緒に暮らす仲間の匂いは、同種同士であるという認識に不可欠であることがわかっています。
この研究の実験では、飼い犬は一緒に暮らしている人間の匂いを認識して、特別な訓練なしに他の人の匂いと区別できるかどうかが調査されました。
実験に参加したのは一般から募集された38匹の家庭犬とその飼い主です。飼い主は新しいTシャツ(綿製)を渡され、実験前の2日間着用するよう指示されました。着用中は石鹸やデオドラントを使用しないように言われていました。
指定の時間だけ着用した後、脱いだTシャツは密閉され、実験が始まるまでそのまま保管されました。
実験ではTシャツを密閉容器から出して実験用の蓋付きの箱に入れ、犬に向かって「これは何かな?これは何かな?」と遊びに誘うような声で呼びかけて箱の蓋を開けて見せました。
犬は箱に入った飼い主の匂い付きTシャツの匂いを嗅ぎ、実験者は同じことを3回繰り返しました。3回繰り返すうちに飼い主の匂いという刺激に犬が慣れて最初のような興味を示さなくなりました。これを順化と呼びます。
順化が起きたところで、次は犬にとって見知らぬ人が着たTシャツが入った箱を示して同じことをします。するとほとんど全ての犬は、一旦は興味を失った箱の中のTシャツの匂いを熱心に嗅ぎ始めました。
このことから犬は飼い主の匂いと他の人の匂いを区別したことが分かります。ただしTシャツの匂いを飼い主に関連づけたという証拠はないため、研究者は今後さらに実験が必要だとしています。
実験に参加した犬たちに課されていた条件とは?
この研究では、実験への参加希望者に対して「飼い犬は嗅覚を使うことを制限したり禁止する訓練を受けていないかどうか」が確認されていたそうです。
犬が嗅覚を使うことを禁止すると聞くと「え?」と思われるかもしれませんが、散歩中の匂い嗅ぎを禁止したり、人の匂いをクンクン嗅ぐことを制止される犬は決して少なくありません。実験に参加する犬はこのような訓練を受けていない、自由に嗅覚を使っている犬であるという条件が付いていたということです。
それはこの研究の狙いのひとつが、嗅覚がどのように機能するかという点で匂いがどれほど犬にとって重要であるかを明確にすることだからです。
犬が危険なものの匂いを嗅いだり、他人に迷惑をかけるような時には制止が効くようにする訓練は必要ですが、匂いを嗅ぐこと全般を禁止する訓練は再考の必要があります。
犬が物や人を認識するのに嗅覚に頼ることは重要で、それを妨げることは犬の自然な営みを妨げるということです。私たち人間は、この犬と人間の大きな違いを受け入れる必要があります。
まとめ
特別な訓練を受けていない家庭犬が、飼い主が着たシャツと知らない人が着たシャツの匂いを区別することが確認された研究結果をご紹介しました。
犬の嗅覚と言えば、病気を嗅ぎ分けたり犯罪捜査をしたりという高度な訓練についての研究はたくさんあるのですが、家庭犬と嗅覚に関する研究はまだまだ少ないのだそうです。
近年はノーズワークなども普及し始めて、普通の家庭犬が嗅覚を使うことの大切さが少しずつ知られて来ました。研究者は多くの人々が犬の嗅覚に注意を払うと犬の福祉が向上する可能性があると述べています。
犬の日常生活の中での嗅覚の役割を理解すると、人と犬の関係もより良くなることが期待できますね。
《参考URL》
https://escholarship.org/uc/item/9m86s396