シェトランドシープドッグに多く見られる犬歯の異常
シェトランドシープドッグは日本でも人気の犬種ですが、この犬種に特有の『槍状歯(そうじょうし、ランスティースとも言う)』という歯列異常があります。(ランス=Lance、槍のこと)
犬歯は本来下を向いて生えているものですが、槍のように前を向いて生えているのが槍状歯です。放置しておくと口の内側を傷つけて潰瘍を引き起こしたり、うまく口が閉じられなくなったり、歯石がたまりやすくなるなどの支障があります。
歯列矯正や抜歯などで治療することができるのですが、それはそもそもこのような歯列異常が起きる原因には対処していません。
アメリカのクレムソン大学などの遺伝生化学や獣医学などの研究者らが今回、多くのシェルティのサンプルを集めて研究を行い、槍状歯に関連する遺伝子変異についての論文を発表しました。
槍状歯をゲノムワイド関連解析によって研究
槍状歯はシェルティ以外の犬種ではめったに見られないため、研究者らはこの歯列異常は遺伝性のものであると確信していたと述べています。
そこで彼女らはゲノムワイド関連解析という手法を用いて槍状歯に関連する遺伝子変異を見つけることを目指しました。犬のゲノム全体を集団ごとに比較して、ある病気や特徴と関連する遺伝子変異を特定する方法です。今回の研究では、槍状歯を持つシェルティと持たないシェルティとで比較してゲノムワイド関連解析を行って槍状歯と関連がありそうな遺伝子の候補を見つけ、遺伝子配列を比較して原因となっている変異を見つけました。
この研究のためのサンプルを収集するために、研究者は世界各地のシェルティ所有者にコンタクトを取ったそうです。これらは皆とても根気のいる膨大な作業です。この論文の筆頭著者であるAbrams氏は論文発表時は大学院生ですが、彼女がまだ学部生だった頃からこの研究を始めたそうです。
数年にわたるサンプル収集と研究の末に、第9番染色体にある2つの遺伝子に、歯列異常に影響を与えていることが分かった変異が見つかりました。
この2つの変異変異遺伝子の発見には思いがけないオマケが付いていました。
槍状歯の研究の過程でわかった意外なこと
槍状歯と関連があることの分かった2つの遺伝子変異はそれぞれ、成長ホルモンの遺伝子(GH1)とFTSJ3という遺伝子だったそうです。この成長ホルモンは身体の正常な成長に必要なものです。
そこで研究者らはこの遺伝子変異はシェルティの体の大きさにも影響を与えているのではないかと考え、研究対象となったサンプルの犬の飼い主に再度コンタクトを取り、犬の体高と体重を確認しました。
その結果、槍状歯のある犬はそうでない犬に比べると、平均して体高が約2.5センチ低く体重が約2.7kg軽いことが分かりました。シェルティの体の大きさは体高33〜40センチ程度、体重は6〜11kg程度なので、この差は大きなものです。またドッグショーにおいては、33センチ未満または40.5cmを超える体高は望ましくないとされています。
他の224犬種1049頭の犬でこれら2つの変異があるかを調べたところ、体の小さいトイ犬種10犬種にのみこれらの変異が見られたそうです。
また、槍状歯が2本あるシェルティは1本だけのシェルティよりも他にも歯の欠損がある可能性が非常に高かったそうです。(最もよく見られる欠歯は、上顎の第2前臼歯)歯の欠損は全ての犬種に見られる可能性はありますが、小型犬でより一般的です。
ただ、欠歯が多く見られる小型犬は中頭種や短頭種であることがほとんどで、シェルティと槍状歯が報告されたことのある他の犬種(イタリアングレイハウンド、フォックステリア)は長頭種です。このことから、シェルティにおける槍状歯は単に顔や顎の大きさや形によるものではなく、遺伝子変異によるものだと考えられるそうです。
まとめ
シェトランドシープドッグの槍状歯に関連のある遺伝子変異が2つ発見されたこと、そのうちの1つは身体の成長に不可欠な成長ホルモンの遺伝子にある変異で、槍状歯のある犬は身体のサイズが小さいことが分かったという研究をご紹介しました。
歯列と成長に影響を及ぼす遺伝子が判明したことは、ブリーダーの健全な繁殖計画を助けることになると研究者らは述べています。
遺伝学の発達に伴って、様々な先天的な疾患や犬の形態的特徴の原因が近年次々と源が明らかになって来ています。これらの情報を正しく活用して、遺伝性疾患に苦しむ犬がいなくなるよう役立てて欲しいと思います。
《紹介した論文》
Abrams, S. R., Hawks, A. L., Evans, J. M., Famula, T. R., Mahaffey, M., Johnson, G. S., Mason, J. M., & Clark, L. A. (2020). Variants in FtsJ RNA 2'-O-Methyltransferase 3 and Growth Hormone 1 are associated with small body size and a dental anomaly in dogs. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 117(40), 24929–24935.
https://doi.org/10.1073/pnas.2009500117
本論文は、シェルティにおける槍状歯との関連が特定された遺伝子変異が第9番染色体上に2つ見つかり、そのうちの1つがGH1の変異、もう1つがFTSJ3の変異であり、それらはシェルティの体のサイズとも関係していた、と報告しているものです。
GH1は成長ホルモンをコードする遺伝子であるため、体のサイズに影響を与えることは想像しやすいでしょう。成長ホルモンの異常は人間も含め多くの動物種で認められていますが、顎の骨の発達不良や歯の成長不良、歯列異常なども同時に認められることがあります。今回の研究では、GH1とFTSJ3のうちFTSJ3の方が槍状歯との関連が強いこと、槍状歯と体のサイズが関係している中で体高より体重がより槍状歯と強く関連していることも示されたそうです。
FTSJ3遺伝子はRNAのメチル化を行う酵素をコードする遺伝子で、犬において体のサイズと関係する
と報告したのはこの論文が初めてですが、人間において身長や体重との関連が指摘されています。
犬の体のサイズに影響を与えていることが分かっている遺伝子変異は過去に6つ報告されていますが、シェルティではそのうちの4つが確認されているそうです。よって、今回明らかになったGH1とFTSJ3以外の変異が原因でサイズが小さくなっているシェルティがいることも考えられ、本研究でもIGF1という遺伝子の変異がシェルティの体のサイズに与える影響を調べています。その結果、GH1とFTSJ3の変異をどのように持つかによってIGF1の変異の有無と体のサイズとの関係が異なっていたということです。
論文自体を読むのは難しいかもしれませんが、アメリカンシェットランドシープドッグ協会(ASSA)のホームページ(https://www.americanshetlandsheepdogassociation.org/)には、槍状歯についての記事や本研究を分かりやすく説明した記事が記載されています。GH1変異とFTSJ3変異の組み合わせと体重の関係についても分かりやすい表がありますので、興味のある方はぜひご覧になってください。
また、本論文の結果を受けて、アメリカのVetGen(https://www.vetgen.com/index.html)という遺伝子検査会社がシェルティの槍状歯についての遺伝子検査を実施しています。
ASSAの槍状歯についてのページ
https://www.americanshetlandsheepdogassociation.org/wp-content/uploads/2020/11/Lance-K9-info-for-web-2020.pdf
ASSAの本研究について説明した記事
https://www.americanshetlandsheepdogassociation.org/wp-content/uploads/2020/11/Lance-tooth-research-breeder-advice-final.pdf?fbclid=IwAR1LqqTn1KxE6w8JdcvOlnEbdIISs1Ixchd1lD2Z72IEUSMPBSzhMDkB2fw
VetGen社のシェルティーの槍状歯(MCM)についてのページ
https://www.vetgen.com/caninetesttext.aspx?id=D455