犬の毛の有効な再利用
長毛種やダブルコートの犬と暮らしている方は愛犬のブラッシングをするたびに山のように出てくる抜け毛を見て「何か役に立つことに使えたらいいのに」と一度ならず考えたことがあるのではないでしょうか。
特に換毛期の、あの抜けても抜けても翌日にはまた元通りに生え揃っているのでは?という感覚は「あるある」ですよね。
そんなエンドレスに生まれてくる犬の抜け毛を有効に活用できるかもしれないという研究結果がオーストラリアのシドニー工科大学の研究者によって発表されました。
なんと犬の毛は油流出事故の際に地面に流出した油を吸収するのに有効なのだそうです!
従来の油吸収材に劣らない天然素材
トラックや貯蔵タンク、石油パイプラインなどからの油の流出はそれ自体が大きな事故ですが、迅速に油を吸収しないと土壌や周囲の環境を汚染し、さらには地下水の汚染にもつながり、広範囲の環境に長期的な被害をもたらします。
現在は化学素材の油吸収材を使ったり、機械で油を吸い取ったりすることが多いそうですが、大規模な油流出事故の場合には使えても小規模な油の流出に対して有効な方法があまりないそうです。また、油吸収材にはポリプロピレン製のものが多く使われているそうですが、この分野においても近年持続可能性が求められ、安価で廃棄されるものや天然素材を使用した、生分解性の油吸収材の開発が検討されています。
これまで、園芸などでも使用されるピートモス(苔などの植物が湿地で堆積してできた泥炭を乾燥させた土)、人間の髪の毛、犬の毛などがそのような素材として利用できることが示されおり、海洋の油流出事故を想定しての実験でも人間の髪の毛を使った油吸収材の高い有効性が認められているそうです。そこで今回研究者たちは、陸上で流出した油を吸収するのにも人間の髪の毛や犬の毛が有効か、また他の素材と比べてどの程度油を吸収してくれるのかを調べる実験を行いました。犬の毛と人間の髪の毛は、サロンからそれらの廃棄物を回収し、油吸収材として利用する事業を行っている会社やNPOから提供されました。
犬の毛をどうやって油の吸収に使用?
犬の毛を使って流出した油の処理をすると聞いても「どうやって?」という疑問が頭に浮かびますよね。
今回の実験では、①ポリプロピレン製の油吸収シート、②園芸用品のピートモス、③人間の髪の毛のフェルトマット、④犬の毛のフェルトマット、⑤人間の髪の毛のブーム、⑥犬の毛のブーム、⑦バラバラの状態の犬の毛、⑧バラバラの状態の人間の髪の毛、の8種類について調べました。ブームとは、油を吸収する素材をメッシュ状のネットにいれたものです。
また研究チームは、「非多孔性質の対照モデル」としてガラス製のペトリ皿を、「硬い地面」のモデルとして半多孔性である素焼きのテラコッタタイルを、「多孔性の地面」のモデルとしてペトリ皿の上に川砂を5mmの厚さで敷いたもの、という3種類の地表面のモデルを用いて実験を行いました。それぞれに、中程度の比重の原油を5mLそっと流した後、8種類の油吸収材をのせて5分間待ちました。そして、実験前後の吸収材の重さを比較して、どの吸収剤がどのくらい油を吸収したのかを計算しました。
その結果、ペトリ皿では、全ての形状の犬の毛(ブーム、フェルトマット、バラバラの犬の毛)とバラバラの人間の髪の毛が、ポリプロピレン製シートと同程度に油を吸収しました。テラコッタタイルでは、全ての形状の犬の毛(ブーム、フェルトマット、バラバラの犬の毛)と人間の髪の毛のブームが、ポリプロピレン製シートと同程度に油を吸収しました。砂の上では、ポリプロピレン製シートだけが80%程度の油を吸うことができ、次に多く油を吸ったのはバラバラの犬の毛とバラバラの人間の髪の毛でした(15~20%程度の油を吸収)。
ビートモスは限られた天然資源であり、大量に採集することは湿地の生態系の破壊にもつながりますし、今回の結果から油の吸収材として非常に優れているわけではない(どの地表面モデルでも、他の吸収材よりも油の吸収量が少なかった)ことが分かったので、ピートモスを油吸収材として使用する積極的な理由はない、と研究者らは述べています。
ちなみに、砂に油をしみこませた上にピートモスをのせた実験では、油を吸ったピートモスから砂を落とすことができず、吸収した油の量を測定することができなかったそうです。このことから、実際の陸上での油流出事故においてもピートモスは適していないと考えられます。
犬の毛と人間の髪の毛を廃棄物とせずにこのようにリサイクルして有効に利用することは、効果の高さだけでなく、供給が持続可能であり自然環境に悪影響を及ぼさないという点でも大きなメリットがあり、実用化に希望が持てますね。
まとめ
石油などが地面に流出してしまった事故の際に、油の吸収材として犬の毛と人間の髪の毛が有効であるという研究結果をご紹介しました。人間の髪の毛や犬の毛を利用したブームはすでに、実際に海洋での油流出事故で使われたことがあるそうです。
今回の実験に犬の毛や犬の毛で作った油吸収材を提供したのは、SUSTAINABLE SALONS というオーストラリアの会社と、Matter of Trust というアメリカのNPOです。SUSTAINABLE SALONSは、メンバーとなっているサロンやトリミングサロンから髪の毛や犬の毛を回収し、Matter of Trustsは一般の人からの寄付によって髪の毛や犬の毛を回収しているそうです。
日本でも、一般家庭の犬の抜け毛をどこかまとめてこのように寄付し、有効利用してくれるところがあればいいのにと思ってしまいますね。
でも犬の毛のこんな意外な可能性を知ると、毎日うんざりするほど抜ける毛に対しても「今はこうして抜けて捨てるだけだけど、実はすごい可能性があるんだよね!」と、ちょっと今までとは見方が変わるような気がします。
《紹介した論文》
Murray ML, Poulsen SM, Murray BR. Decontaminating Terrestrial Oil Spills: A Comparative Assessment of Dog Fur, Human Hair, Peat Moss and Polypropylene Sorbents. Environments. 2020; 7(7):52.
https://doi.org/10.3390/environments7070052