人間の子供の「重力バイアス」
私たちは机からペンが落ちた時、まずまっすぐに落ちた場合の落下地点辺りを探し、そこにない時にはペンが転がるであろう位置を探します。意識して考えているわけではないですが、これは私たちが重力の存在を理解していたり、ペンが転がるという物理的な動きを理解しているからです。
人間の場合、そのような理解は経験によって培われていくもので、生まれつき備わっているわけではありません。3歳前後の子供は物が落下した時、まっすぐ落ちることが不可能な障害物などがあっても、落下した真下を探します。
小さい子供のこのような行動は、重力の機能を経験によって知り、そこから落下地点を予測していることによると考えられます。これは子供が「重力バイアス」を持っているためだと説明されます。
イギリスのバーミンガムシティ大学の心理学者の研究チームが、犬も重力バイアスを持っていて物の落下地点を予測して行動するだろうか?というリサーチを行い、その実験の結果を発表しました。
物の落下地点を予測する実験
犬が人間の幼児と同じような重力バイアスを持っているかどうかを確認するための実験として、研究者はチューブタスクと呼ばれるパズルを使用しました。これは幼児の重力バイアスを研究するために使用されているのと同じものです。
チューブタスクは簡単に言うとこの図のようになります。
上部に3つの穴のあるフレームがあり、それぞれの穴の下にカップを置きます。実験者はA〜Cの穴から犬の好きなトリーツを落とします。犬は装置の前でその様子を見せられた後、落ちたトリーツを探すよう指示されます。
ただしAの穴にだけはチューブが取り付けられていて、トリーツはまっすぐ落ちないでCの下のカップに落ちます。
3歳前後の子供では、Aから落とされたオヤツやおもちゃはたとえチューブがあってAの真下を探します。犬たちはどのような反応を見せたでしょうか。
犬が落ちたものを探すための方法
犬の目の前で穴から落下させたトリーツを探す時、犬は人間の幼児と違って穴の真下のカップを探すという行動はとりませんでした。その行動からは「物は真下に落ちるはず」という重力バイアスは見受けられませんでした。
しかし(当然とも言えますが)犬の行動は人間の大人とも違っていました。落とされたトリーツはチューブを通ってその先のカップに落ちるという物理的な理屈に基づいてトリーツを探すのではなく、探すよう指示を受けた時にまずは装置の真ん中辺りを見て探索を始める傾向がありました。
同じ装置で透明のチューブを使った時にだけ、チューブを通ってCのカップに落ちるトリーツの動きを追跡することができました。
つまり犬は物理的な原理に従って探索行動をするのではなく、視覚や嗅覚などを使うという方法をとっていることが示されています。
まとめ
犬は落下した食べ物を探す時に、重力などの物理的な原理を利用して行動するだろうかという実験をご紹介しました。犬は重力バイアスを持たず、物理的な原理ではなく自分自身の感覚を使って探索をしている可能性が示されました。
人間の幼児は物を落としたり投げたりすることが多く、その様子を観察することで重力の存在を理解していくと考えられます。
犬はたとえ幼児と同じ環境で暮らして同じものを見ていても、犬がそこから何かを推察する能力は人間とは根本的に違うものだということが分かります。
こうして言葉にすると当たり前のように聞こえますが、犬は人間の指さしジェスチャーを理解したり言葉による指示に反応したりするため、私たちは犬の行動学や解剖学が人間とは全く違うということをつい忘れがちです。
このような研究の結果が私たちの生活に直接影響することはあまり多くありませんが「犬は人間とは根本的に違う生き物である」ということを具体的に思い出させるという意味では一般の飼い主にとっても大いに意味があると言えるのではないでしょうか。
《参考URL》
https://doi.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Fcom0000145
https://www.apa.org/pubs/highlights/spotlight/issue-185