はじめに
僕のお仕事は訪問型ドッグトレーナー兼ドッグリハビリスト。
犬のしつけはもちろん、犬自身のサイコロジーリハビリテーション(※1)や、飼い主さんに犬の本質や知識、犬との関わり方をレクチャーするお仕事をしています。
愛犬家のお悩みにも様々なパターンがあり、緊急を要するものからそうでないもの等、様々なご依頼を賜ります。
その中から特に印象に残ったエピソードをご紹介します。
あなたの幸せなドッグライフのヒントになれば幸いです。
※1:サイコロジーリハビリテーションとは
犬が本来持つ、穏やかで安定した精神状態を取り戻す為のリハビリテーションのこと。
episode:1「柴犬の太郎を救え!緊急出動!」
ある寒い朝、一本の電話からこのお話は始まります。
「はい!もしもし〜♪」
「すみません。わんぱぱさんですか?至急来て頂きたいのですが?」
「はい!どうかしましたか?そんなに急がれますか?」
「出来るだけ早く来て頂ければ助かります。うちの犬が人を襲うんです。私も昨日手を噛まれて6針ほど縫う怪我をしました。このままだと面倒見切れず処分することを考えています。」
「処分?それは穏やかじゃありませんね!判りました。すぐに伺います。」
その日たまたま午前中のスケジュールが空いてたのと、そのお家が幸い事務所から30分程の所だったので、僕はすぐさま駆けつけました。
「おはようございます。初めましてわんぱぱです。」
「ご無理を言ってすみません。こちらです。」
右手には生々しい包帯が巻かれ、表情も強ばり硬い。
挨拶も程々に裏の犬舎に向かうと、僕の気配を察知したのか犬舎内で猛り狂う柴犬が僕を睨みつけ、けたたましく吠え続けていました。
その目は明らかに人間を敵視する上目遣いの鋭い眼差しでした。
四畳半程の広さで木造建築の犬舎。看板に「手を出さないで下さい!噛みます!」の文字が。
僕がそのまま立って入れる天井の高さ、「お前いいとこ住んでるな!羨ましい!」と思った程立派な造りでした。
そしてこの外飼いの柴犬、太郎(仮名)との出逢いは鮮烈を極めました。
「こりゃ気を抜くと一撃喰らうなぁ。さてどうする?」
頭をフル回転させながら一旦その場を離れました。
先ずは飼い主さんとのカウンセリングです。
太郎が来た頃から今までの事、飼い主さんの性格分析を細かく確認し、その中から原因を探ります。
するとある事がはっきり解ったのです!
カウンセリングサマリー | |
症状 | 人、犬に対し過剰反応。本気噛みで攻撃。ご近所の方も数人が被害に。 |
原因 |
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対策 |
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次のページからはいよいよレスキュー開始です!
さぁレスキューです!
最初の作業として、太郎に僕を認めさせることから始めました。
飼い主さんが居れば場の空気から緊張を呼ぶ事があるので、僕はまず初めに飼い主さんに、
「僕と太郎と二人にして下さい。僕がお呼びするまで部屋の中でお待ち下さい」
と告げ犬舎に向かいました。
犬舎の前に立つと、相変わらず猛り狂う太郎がそこにいました。
「ガウ!ガウ!ウゥ〜」
柵の隙間からマズルを出し牙を向いています。
全く止む気配もありません。
僕は大きく深呼吸をし、感情を穏やかにニュートラルにするため集中力を高めます。
それは僕の恐怖心や緊張感が太郎に伝わると、必ず飛び掛って来るからです。
そして呼吸を整えた僕は、静かに意を決し、扉を開けました。
吠えることはやめませんが、一定の距離を保つようにして威嚇してきました。
「これは行けるぞ!」僕は、太郎のボディーランゲージからそれ程危険を感じませんでした。
そしてゆっくり距離を詰めて行きます。
「君の敵ではない。でも、僕は君には屈しないよ」
と態度で示しながら太郎まであと1m、50cm、30cm、10cmまで迫りました。
その間吠えは続いたままでしたが、ここで僕が引くと勝負がついてしまいます。
ここからがポイントなんですが、僕は正面からではなく太郎の横にそっと座ったのです。
すると太郎は吠えを止め興味を示し、僕の匂いを嗅ぐ仕草を始めたのです。
「よし♪行けた!」この状態でしばらく二人で座っていました。
ここ迄の太郎との心理戦で声は発していません。黙って、態度だけで太郎と会話をしたのです。
太郎はあっさり僕を認めてくれたみたいでした。
僕が予想した通り、彼は元々穏やかな紳士的な性格の持ち主だったのです。
経験上、こういう荒ぶるタイプの子は、実は凄く従順で優しい子が多いんです。
こういう子が、人に迎え入れられてから何の信頼関係も築けず、ルールだけ厳しく押し付けられると、ただひたすら我慢します。
やがて自我に目覚めた時に反発しだすのは、当然のことなんですね。
太郎の場合は外飼いだったこともあり、尚更『群れ』の意識ができず、自分が孤独な存在だと感じ、飼い主さんを仲間と思えなかったようです。
そこに世話係の方が来て餌やりや散歩、厳しいしつけ等が繰り返された。
太郎にしてみると、
『たまにやって来て食事は与えてくれるが、急に厳しく怒られたり引っ張り回されたりお尻を叩かれたり』
何が何やら解らないまま、我慢し続けたのです。
そしてある日、厳しいしつけに危機感を感じ、防衛本能でとっさに世話係の人を噛んでしまいました。
太郎は「ハッ!」と思いましたが、その世話係の人が顔面蒼白で手を押さえながらそそくさと逃げ出したのを見て、
「そうか!こうすれば僕は自分を守れるんだ!僕に近づく奴は居なくなる!」
そう認識してしまったのです。
それから暫くして世話係は辞めてしまったそうです。
僕が飼い主さんにお願いした事
僕は飼い主さんに今後のことについてお話しました。
「お忙しいのは判りますが、もっと太郎とのコミュニケーションを増やす事。もっと愛情を注いであげて下さい。
そして何より太郎を怖がらないであげて下さい。世話係の人は犬の知識が少々おありだったのかも知れません。
しかし厳しさだけで愛情を注がないのは単なる押し付けの調教でしかなく、犬はそこに不満を持ち、信頼より不信感や警戒心になってしまうのです。
まだ太郎を触れないかも知れませんが、太郎を見たら優しい声掛けをいつもして下さい。
温かい愛情のエネルギーを注いであげて下さい。
そして徐々にスキンシップをはかりましょう。そうすればきっと太郎に通じますよ」
それから数ヶ月後、飼い主さんは太郎のブラッシングや耳掃除、スキンシップが取れるようになったのです。飼い主さんの努力!愛を感じますねぇ〜。
最後に
当初は僕も週に3回訪問し、太郎のリハビリテーションをしました。
正直格闘もありましたよ。右掌を牙が貫通する程噛まれたこともあります。
しかし僕は太郎が「苦しいよ!何とかしてよ!」と言っている様でなりませんでした。
飼い主さんの愛情と覚悟で太郎は改善できた事は言うまでもありませんね。
今の太郎もたまにスイッチが入りますが、傷を負わせる程の力では噛まなくなり、ご近所にもご迷惑をかけることもなくなりました。
今迄「処分」された犬もたくさん見てきましたが、太郎と飼い主さんに平穏が訪れて本当に良かったと思います。
因みに今も月に一回必ず太郎に逢いに伺っています。
太郎も伴侶を迎え穏やかに暮らしています。
飼い主さんは「早く太郎Jrが見たい!」と楽しみにされていますよ。僕も楽しみです〜♪
わんぱぱ 《今日の格言》
犬を叱ったらその三倍は褒めてあげること。叱らなくなっても、褒めることは生涯やめてはいけない。
(叱ることも褒めることも愛ですから♪)