犬の睡眠を研究するということ
私たち人間が考える「睡眠」のイメージは、リラックスした姿勢で目を閉じて眠るというものでしょう。陸上に住むほとんどの哺乳類にとっての「睡眠」は、そのイメージに一致するものです。
中でも犬は家畜化の歴史の中で人間とともに進化をとげ、現在も人間の近くで人間のリズムに合わせて生活していることが多いため、犬の睡眠を研究することは人間の睡眠そして認知神経科学を理解するための有望なモデルになると考えられています。
睡眠障害もその一例で、頻繁な睡眠発作の症状がよく知られているナルコレプシー、睡眠中の酸素の取り入れが低下し、大きないびきで知られる睡眠時呼吸障害、眠りが浅いときに大声を出したり激しい動きを見せたりするレム睡眠行動障害などは、人間と犬に共通して見られる睡眠障害の例です。
このたび、ハンガリーのセンメルワイス大学、エトヴェシュ・ロラーンド大学、国立神経科学研究所、認知神経科学/心理学研究所、比較行動学リサーチグループの研究者によって、犬の睡眠に関する新しい研究の結果が発表されました。
犬の睡眠に影響を及ぼすもの
この研究は家庭犬を対象に、拘束や苦痛を伴わない睡眠ポリグラフィー検査と飼い主への聞き取り調査をメインに実施されました。睡眠ポリグラフィー検査は睡眠の状態を把握するため、検査端子を体に取り付けて睡眠中の脳波や心電図、体の動きなどを測定するものです。そして以下のようなことが分かりました。
眠る場所が睡眠に及ぼす影響
犬がどこで眠るかによって、睡眠に費やす時間に違いが見られました。屋内で寝る犬は夜の時間の80%を睡眠に費やしました。庭などのフェンスで囲まれた屋外で寝る犬は70%、フェンスのない屋外で寝る犬では60%が睡眠に費やされました。
日中の行動や寝る前の経験が睡眠に及ぼす影響
日中に活発に行動した日は眠気が早く訪れ、ノンレム睡眠(眼球が動かないでぐっすり眠っている状態)が早く現れました。
犬も人間も一回の睡眠中にレム睡眠(眠っていても眼球が動き、眠りが浅い状態)とノンレム睡眠を一定のサイクルで繰り返しています。眠りにつくと、まずノンレム睡眠が現れ、次にレム睡眠が来ます。寝る前に怖いことや嫌な経験をしたときと、寝る前に撫でられたり遊んだりという楽しい経験をしたときを比べると、嫌な経験のときにはレム睡眠が早く現れ、レム睡眠の時間自体も長くなりました。
学習や認知と睡眠との関連
行動や経験が睡眠に影響を及ぼすだけでなく、睡眠が犬の行動に影響を与えることもあります。犬にある事柄を学習させるトレーニングを行った後に3時間の睡眠を取り、再度トレーニングを行った場合、睡眠前に比べてパフォーマンスが著しく向上しました。
このことから、睡眠は犬の記憶を整理するのを助けていると考えられます。睡眠の他には学習後の散歩や遊びの時間もパフォーマンスの向上に役立ちました。
また、犬は加齢とともに認知機能の低下が見られることがあります。認知機能低下は睡眠サイクルの変化とも関連しています。高齢の犬では、レム睡眠の全体的な低下、昼間のノンレム睡眠の増加、夜間の睡眠の減少が見られます。これは高齢の人間の睡眠の特徴とよく似ており、老化により認知機能の低下と関連することも示されています。
これらのことは犬が睡眠に関連する認知の有用なモデルであることを強く示しており、今後さらに研究を深めることで、犬と人間両方に役立つことが期待できます。
まとめ
犬の睡眠を測定し、行動や認知機能と照らし合わせた研究結果から明らかになったことをご紹介しました。
今後は犬とオオカミの睡眠を比較することで家畜化が睡眠に与えた影響を調査したり、それぞれに違う生涯経験(野良犬、家庭犬、保護犬など)を持つ犬の睡眠や認知に及ぼす影響への調査を含む、より深い研究が課題として挙げられたりしているそうです。
食べることと並んで、生きるためのベースとなる「眠る」という行動について、犬と人間両方に対しての理解が深まり、様々な問題の解決方法が見つかることが期待されます。
《参考URL》
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2352154619301378#!