破綻した飼育現場から保護された犬たち
パピーミルと呼ばれるような犬の繁殖業者が倒産して犬たちが酷い状態のままで放置されたり、多頭飼育のアニマルホーダーが破綻して犬たちをどうにかしなくてはいけない、などといった状況はSNSやニュースなどで見聞きすることがあります。
動物保護団体が間に入って犬たちを保護し、新しい飼い主を探すという場合が多いのですが、長年(多くは生まれてからずっと)過酷な環境に閉じ込められて生きてきた犬のリハビリテーションは困難であることが多いものです。
アメリカの大規模な動物保護団体のひとつであるアメリカ動物虐待防止協会は、2013年からある特別プログラムを開始しました。それは、このようなパピーミルや多頭飼育崩壊の被害者である犬の中でも特に恐怖や不安の克服が困難な犬たちの心のリハビリテーションを行うというものです。
試験的に始められたこのプログラムは4年間で300匹以上の犬たちのリハビリテーションに成功して新しい家族の元に送り出してきました。そして2018年にはこのプログラムを拡大して継続的に実行していくための大規模な施設を建設し、順調に稼働しています。
目に入るもの全てが怖いと感じる犬たち
このリハビリプログラムが対象としているのは、パピーミルやアニマルホーダーから保護された中でも極端に不安や恐怖が強い犬です。酷い環境の中から保護されても、幼い子犬は衛生と身体的な健康さえ改善すれば比較的簡単に新しい環境になじみ、家族に迎えたいという引き取り手も見つかりやすいそうです。
しかし生まれた時からずっと檻の中で外の世界を全く知らずに何年も過ごして来た犬は、たとえ新しい環境が今までよりもずっと良いものであっても、目に入るもの全てを怖がるようなことも少なくありません。
家の中にある家具の全て、音が出たり動いたりする電化製品はもちろんのこと、太陽さえ見たことのない犬は初めて外に出て地面に映った自分の影にすら怯えると言います。
このような状態では生活の質は損なわれ、新しい家庭に譲渡することは不可能です。
リハビリ施設での受け入れ
動物虐待防止協会のリハビリ施設では身体的には健康であるが極端な不安や恐怖を持っている犬を受け入れ、動物行動学者やトレーナーが個々の犬に合わせた治療を行っていきます。
プログラムが完了し、もう大丈夫だと判断されると施設を卒業して協会のパートナーであるレスキュー団体が引き取って新しい家族の募集を開始します。
プログラムの内容
プログラムでは決して短期集中トレーニングのような強行な方法は取らず、ゆっくりと普通の生活環境に慣らしていくよう工夫されています。
施設内では最大65匹の犬が個別の犬舎で寝起きできるようになっていますが、「普通の生活」の訓練用に家具や家電を配置したアパートの一室のような部屋も用意されています。
これは日常生活に不可欠な、物体や環境への社会化のためです。もちろん対人間の社会化も同時に少しずつ進めていきます。最初は動物行動学者やトレーナーが犬と接し、人間は怖くないということが分かればボランティアの人と遊んだり散歩に出たりして、人間との接し方を学んでいきます。
リハビリが進んで精神的に回復してきたと判断された犬は、施設内のオフィスで自由に過ごすことを許されるようになります。おもしろいことに、オフィス内でゴミ箱をひっくり返して遊んだり紙類をかじったりというイタズラをするようになると、卒業が間近だというサインなのだそうです。
人間にとって問題だとされるこのような行動は、健康な好奇心の証であり犬が自分の行動に自信を持ったことを示すからです。もちろんこれらの行動は報酬ベースのトレーニングで修正していくことになりますが、イタズラすることさえできない犬の精神状態とは?とハッとさせられます。
他の保護団体やグループへの支援
アメリカ動物虐待防止協会は全米屈指の団体ですので資金も人員も豊かです。中小規模の団体や個人規模に近いレスキューグループでは、特別施設を建設することはもちろん、動物行動学に基づいたトレーニングすら難しい場合があります。
協会はこれら中小の団体やグループとネットワークを作り、リハビリトレーニングのノウハウを伝授したり、過去の事例から学んだ経験をシェアしたりする支援を行っています。
極端に酷い環境で長年生きてきた犬は時間と愛情だけでは心の健康を取り戻せません。ましてや間違った方法では犬は永久に心を開いてくれないでしょう。動物虐待防止協会が作ったリハビリプログラムが他の団体にも広がり浸透していくことは、救われる犬が増えることにつながります。
まとめ
アメリカ動物虐待防止協会が、パピーミルやアニマルホーダーから保護されたうちの極端に怖がりの犬をリハビリするための施設を建設し特別プログラムを実施していることをご紹介しました。
日本でも繁殖業者や多頭飼い崩壊の話題は尽きないのですが、その後始末や動物のケアは個々の保護団体や有志の個人に丸投げになっている状態が多いようです。
一方で多額の寄付を集めることのできる大規模な保護団体も定着してきましたが、ネットワークを作って全国で経験や情報をシェアしようという動きはまだまだです。
アメリカも決して動物福祉に関して理想的な国とは言えないのですが、大規模団体が情報やリソースをシェアする動きは増えつつあり効果を上げてきています。
真似をして取り入れようと言うのではなく、一般の人々が成果をあげている国外の事例を知っていくことが意識や関心の高まりにつながり、日本の犬を取り巻く環境を少しずつでも良い方向に変えて行くのではないかと思います。
《参考URL》
https://www.aspca.org/animal-placement/behavioral-rehabilitation-center
https://www.citizen-times.com/story/news/local/2020/01/30/wnc-weaverville-aspca-facility-cures-dogs-paralyzed-fear/4552440002/