古代の犬の変形性脊椎症と従来の見解
犬はいつ頃から、どこで、どのように人間と暮らし始めたのだろうか?この疑問は長年にわたって議論され続け、いまもはっきりとした答えは出ていません。しかし、古代の犬は古代人にとって使役動物であったという点は多くの科学者の見解が一致しています。
狩猟の補助をするのはもちろんのこと、古代犬はソリなどを使って重い物資を運搬するのに使われていたと考えられてきました。考古学者は、犬が重い荷物を牽引していたと考える根拠として、古代犬の遺骨に見られる背骨の変形を指摘してきました。背骨の変形は変形性脊椎症として知られるものです。しかし、この度カナダのアルバータ大学の研究者キャサリン・レーサム氏が発表した論文では、古代犬の変形性脊椎症を重い物資の牽引のみに結びつけることはできないとしています。
犬とオオカミの変形性脊椎症の比較リサーチ
変形性脊椎症は人間にも犬にも見られる一般的な疾患です。背骨を構成する骨が増殖してトゲ状の突起やブリッジを形成します。増殖が小さい場合は症状もなく気づかないか、時々背中から腰にかけてのこわばりを感じる程度のものだそうです。しかし増殖部分が周囲の神経を圧迫すると痛みにつながり治療が必要になります。
前述のように多くの考古学者は、古代犬の背骨の変形が重い物資を引っ張ってきたことを示していると考えていました。しかしレーサム氏は背骨の変形と荷物の牽引の因果関係を示す証拠がないことから、新たなリサーチを行いました。
レーサム氏はオオカミや犬の遺骨を保存しているアメリカやヨーロッパの博物館、研究施設を巡り136匹の骨を調査しました。その大多数はペットとして飼われていた犬で使役動物ではありませんでした。また、19匹のソリを引く犬と241匹の現代のオオカミの骨も調査しました。オオカミの大多数は野生のものでした。
調査の結果、犬の変形性脊椎症はソリなどの重いものを牽引していたかどうかには関係がなく、犬全般に多く見られました。さらに野生のオオカミにおいても変形性脊椎症は一般的なものでした。3〜5歳の間に約半数の犬が脊椎の変形を持っており、犬が年をとるにつれてその割合は増加していきました。9歳ではほぼ全部に脊椎の変形が確認されており、変形性脊椎症は人間と同じように老化が理由のひとつだと考えられます。変形性脊椎症の発生については年齢の他にも様々な要因が考えられるため、背骨の変形が古代犬が重い荷物を牽引していたことの証拠にはならないとしています。
変形性脊椎症を持った古代の犬が示しているもの
論文の著者であるレーサム氏は、古代犬の背骨の状態は古代の人々と犬との関係を示していると語っています。遺骨で発見された変形性脊椎症の犬たちは高齢であったと考えられます。それはつまり、犬が年を取っても人間は彼らに食べ物を与え、保護し、世話をしていたことを示しています。現代人がペットして一緒に暮らしている犬と違って、古代の犬の存在は食料を確保するための狩猟という重要な事柄に関わるものだったはずです。そのような状況下でも、古代人は年老いた犬を見捨てるどころか、貴重な食べ物を分け与えて世話をしていたということに心が熱くなります。
まとめ
カナダのアルバータ大学の研究者が、犬とオオカミの骨を調査した結果から、古代犬の変形性脊椎症は古代の犬が重い荷物を引っ張っていた証拠にはならないと発表したことをご紹介しました。古代人が変形性脊椎症を患っていたであろう老犬の世話をしていたことも推測され、犬と人間の結びつきの強さと歴史の長さを思い知らされる研究結果でもありました。
犬が年老いたからという理由で飼育を放棄する現代人は、長い年月に間に何を失ってしまったのでしょうか。
《参考URL》 https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0214575 https://www.sciencemag.org/news/2019/06/diseased-spine-may-hold-clues-early-dog-human-relationship