犬とオオカミの向社会的行動
「向社会的行動」とは、自分に与えられる報酬を期待することなく、自主的に他者に利益をもたらすことを意図した行動を指します。簡単に言えば、自分のためではなく他者の利益のためにする行動ですね。犬とオオカミは群れで生きる動物ですから、どちらも向社会的行動を見せると考えられます。両者の向社会的行動には、2つの相反する仮説が立てられています。
ひとつは、犬は人間によって家畜化された際に、協力的な傾向を持つ個体が選択育種されているので、オオカミよりも向社会性が高いのではないかというもの。もうひとつは、ペットの犬で観察される向社会的行動は、単に先祖から受け継いできた特性によるもので、むしろ群れのメンバー同士が協力し合うことが群れの存続に不可欠であるオオカミの方が、向社会性が高いのではないかというものです。
この2つの仮説を検証するために、オーストリアのウィーンにあるウルフ・サイエンス・センターの研究者が実験を行い、その結果を発表しています。
タッチスクリーンを使った実験
研究者は9匹のオオカミと6匹の犬をそれぞれの群れで飼育し、実験のための訓練を行って両者の向社会的行動を比較しました。実験では2つの囲いが用意され、そのうちの1つにはタッチスクリーンが設置されています。もう1つの囲いの方は食べ物にアクセスできる場合とできない場合があります。
犬またはオオカミが鼻先でタッチスクリーンを押すと、隣の囲いにいる仲間に食べ物が提供されるようにセットされています。犬とオオカミは実験に先駆けて、タッチスクリーンの操作とルールを訓練されています。
オオカミは隣の囲いに自分の群れのメンバーがいて食べ物にアクセスできないとき、積極的にタッチスクリーンを押して仲間に食べ物が与えられるように行動しました。また、隣にいるのが自分の群れのメンバーではないときには、食べ物を与える行動はしませんでした。
一方犬では、隣にいるのが自分の群れのメンバーであっても食べ物を与える行動はしませんでした。この結果から、同じように群れで飼育されている環境下では、オオカミは犬よりも向社会的であることが示唆されています。
生きるための社会性
研究者はオオカミがこのように高い向社会性を示すのは、オオカミは群れのメンバー同士が協力し合うことで生存のチャンスを高めているため、お互いに対して寛大であることが必要なのだろうと述べています。犬に関しては、家畜化は必ずしも犬を社会的にするとは限らないことを示しているとしています。
しかし、今回の実験に参加した犬たちは人間と一緒に暮らすペット犬と違って、犬だけの群れで生活している犬です。以前の研究ではペット犬の向社会的な傾向が明らかにされており、群れで生活している犬とは違う傾向が見られます。この点についてはさらに研究が続けられるとのことです。
ペットの犬は人間という異種の生き物との生活の中で向社会的行動を身につけているのかと思うと、嬉しい気持ちになるとともに、人間の方も犬を尊重することの大切さが身にしみる気がします。
まとめ
ウィーンのウルフ・サイエンス・センターの研究で、オオカミは自分の群れのメンバーに対して向社会的行動を示すことが分かり、同じ環境下の犬と比べてより高い向社会性が観察されたという結果をご紹介しました。
犬は群れのメンバーに対してオオカミのような行動をしないと聞くと、「え!?」と意外な気持ちになりますが、メンバー同士の協力がオオカミが生き延びるために必要だからと聞くと、「ああ、なるほど」と納得できますね。
《参考》
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0215444
https://www.sciencedaily.com/releases/2019/05/190501141118.htm