「カクテルパーティー効果」という聴覚の選択
人間の聴覚や注意力が、自分にとって馴染みのある情報や興味のある事柄だけを選択して働くことを「カクテルパーティー効果」と呼びます。カクテルパーティーのような、たくさんの人が集まってザワザワしている環境でも自分の名前や興味のある話題には耳が反応することから、このように呼ばれています。このカクテルパーティー効果は犬にもあるのだろうか?という研究が、アメリカのメリーランド大学の研究者によって行われ、その結果が発表されました。
犬にとっての自分の名前
研究者たちが「どの犬にとっても同じように特別である言葉」として選んだのは、犬自身の名前でした。騒音に混じって自分の名前が聞こえたときに、犬は特別な反応を示すだろうか?というものです。ドッグトレーナーの間では、この「名前問題」は諸説分かれるところなのだそうです。犬にキューを出すときに、キューの前に必ず名前をつけて「ポチ、おすわり」「ポチ、待て」のように呼びかけることで、犬の注意をこちらに引きつけることができると言う説があります。
一方、犬にとっては名前は単なる音に過ぎず、何か意味があるとすれば、犬にとって馴染みの深い飼い主やトレーナーから名前を呼ばれたときだけだとする説もあります。今回の研究では、この点を明らかにすることも課題に含まれていました。研究のための実験には平均年齢4歳の複数の犬が参加しました。研究者はそれぞれの犬の飼い主に、犬がふだん呼ばれている名前またはニックネームを聞いておき、犬たちと全く面識のない女性が全ての犬の名前を声に出して読み上げ録音しておきました。
この録音が実験のときに流されることで、犬たちは全く馴染みのない声で自分の名前と他の犬の名前が呼ばれるのを耳にします。実験にはこの録音された名前の音の他に、9人の女性が同時にそれぞれ異なる文章を読んで録音したものが、パーティーの騒々しいザワザワした感じを再現するのに使われました。
犬が名前に示した反応は?
実験は、両側にスピーカーが付いた小さなブースに犬と飼い主が座り、前述の録音された音が流されるというものです。犬の名前が録音された音は、パーティーの再現音に紛れて、どちらか一方のスピーカーから流されます。犬が何か特定の音に反応すれば、どちらかのスピーカーの方に顔を向けるだろうと予想され、ブースに設置されたカメラで犬の様子が録画されました。
ガヤガヤと騒がしい音の合間に自分の名前が流れてきたとき、犬たちは明らかに名前が聞こえた方のスピーカーに反応を示しました。自分の名前を呼ぶ声が知らない人のものであっても、犬たちは雑音の中からそれを聞き取り注意を払ったのです。これは明らかに人間のカクテルパーティー効果と同じものだと思われます。
最初の実験では、背景の騒がしい雑音は名前を呼ぶ声よりもボリュームの低いものだったのですが、名前の音声と背景の音声のボリュームを同じレベルにしても、犬たちはやはり名前の音を選択して聞き取り注意を払いました。この実験の結果から、犬の名前は犬を心理的に引きつける力があると考えられました。
犬の名前認識のパワーを役立てる
名前を呼ばれることで、犬はその音を選択して聞き取り注意を引かれるというのは、私たち一般の飼い主にとっても嬉しい結論です。この研究の結果の実用的な面では、介助犬、災害探知犬、爆発物探知犬など働く犬の訓練の際に、名前を呼んで注意を引きつけることでパフォーマンスの向上に役立ちます。
働く犬は緊急事態に対処したり、専属のハンドラー以外から指示を受けたりすることもあるため、犬の名前を呼ぶことの役割が判明したことには大きな意味があります。また働く犬の多くは、名前の認識に関して特に優れていることも分かっているそうです。
まとめ
騒がしい雑踏の中でも、自分の名前や興味のある事柄に関しての言葉は意識が選択して反応するという「カクテルパーティー効果」は人間だけでなく、犬にもあるという研究の結果をご紹介しました。他のいろいろな音が聞こえている中でも、犬は自分の名前が聞こえると注意を引かれて反応するという結果は、犬の名前を呼ぶことに対して「きちんと対応しなくて」という気持ちにさせられました。犬の名前をネガティブなシーンで呼んではいけないというのはよく言われますが、その理由がよくわかる結果でもあります。愛犬の名前は常に特別なものですが、その気持ちに更に深さが増したような思いです。
《参考》 https://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10071-019-01255-4