オーストラリアにおける大規模な野犬の病原体調査
人間が捨てたり、その後繁殖したりして野生化した犬は、様々なレベルで人間の生活を脅かすおそれがあります。直接的な襲撃はもちろん危険ですが、気づかないうちに被害を受けているかもしれない人畜共通の感染症や、寄生虫の問題も無視できません。
先ごろオーストラリアのクイーンズランド大学、メルボルン大学、政府機関のペストアニマルリサーチセンターなどの科学者が共同で、オーストラリアの都市近郊の野犬における人畜共通感染症病原体の保有についての調査を行い、その結果をWildlife Research(ワイルドライフ リサーチ)という科学誌に発表しました。
検査方法と結果
検査の方法は、クイーンズランド南西部とニューサウスウェールズ北部の都市近郊で211匹の野犬の死体を回収して行われました。全血、血清、便サンプルも採取され検査されました。
その結果、約80%の犬が線虫や吸虫、条虫といった寄生虫を持っていました。また、半数以上の犬からエキノコックスが検出されました。他にもマンソン裂頭条虫やイヌ鉤虫、イヌ回虫を含む多くの種類の寄生虫が検出され、高い保有率が伺えました。
細菌性病原体ではメチシリン耐性大腸菌、サルモネラ菌、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌などが検出されています。これら寄生虫の卵や細菌は野犬の糞便中に混じり、それに接触した人やペット、家畜、野生動物に感染するおそれがあります。
都市周辺に住む野犬の集団に、これらの病原体が存在して公衆衛生上の大きなリスクとなっていることが、具体的な数字とともに明らかになりました。個人的には、野犬にも抗生物質耐性菌が広がっているのにはショックを受けました。
野犬の多い地域での注意や対策
このオーストラリアの調査では、実態が明らかになり環境を管理する立場の人たちの理解が深まったことで、都市近郊に生息する野犬に関連するリスクへの対策が立てやすくなったと言われています。
日本でも野犬が多い地域がいくつかの自治体で報告されており、「犬を遺棄しない」「餌をやらない」などの注意喚起はされていますが、人畜共通感染症についての注意はあまり見かけません。そのようなリスクがあると知っておくだけでも行動が変わりますし、個人の飼い主ができる対策を立てることもできます。
気をつけたいのは次のようなことです。
- 定期的に犬の便検査を受ける(最低でも年1回)、定期的な内部寄生虫駆除を行う
- 犬をオフリードにしない
- 猫を外飼いにしない(犬も室内飼いが理想)
- 犬の足や人間の手、靴底を清潔に保つ
- ペットのウンチの取扱いにも細心の注意
これらはとても単純なことですが、野犬によって運ばれる寄生虫や病原体のリスクを軽減するのに役立つと、思います。
まとめ
日本と同じように、都市近郊に住んでいる野犬が社会問題となっているオーストラリアで、野犬が保有する寄生虫や病原体の大規模な実態調査が行われたという話題をご紹介しました。
野犬の問題というと、人道的な保護の問題が注目されたり、狂犬病や襲撃のリスクが大きく取り上げられたりしますが、狂犬病以外の人畜共通感染症のリスクも知っておきたい問題です。動物を棄てることは犯罪であり、そのようなことをする人がいなくなる世の中を目指して、今目の前にあるリスクの管理も怠らないようにしていきたいと思います。
《参考》
http://www.publish.csiro.au/wr/WR18110
本記事で紹介されているように、野犬が持つ病原体は公衆衛生上も重要な意味を持ちますが、オーストラリアにおいてはそれと同時に、畜産業への影響とオーストラリア固有の野生動物に対する影響が非常に深刻だと考えられています。
オーストラリアではイヌ科の野生動物ディンゴが大きな問題となっており、今回の研究の対象であった「都市近郊に住む野犬」の多くもディンゴであると考えられます。
州によっても異なるようですが、他の野生動物や畜産業に悪影響を与えるディンゴなどの動物を毒餌で殺す政策もオーストラリアではとられています。
ここで言われているエキノコックスは単包条虫( Echinococcus granulosus)という種類で、北海道で多く見られるエキノコックス(多包条虫、 Echinococcus multilocularis)とは異なる種類です。
単包条虫の成虫が寄生する動物(終宿主)はイヌ科動物で、幼虫が寄生する動物(中間宿主)には牛や羊、カンガルー、サルなどが含まれます。