セラピードッグの効果を科学的に探る研究
病院や様々な施設を訪問して活動を行っているセラピードッグの効果は、すでに多くの人が知っています。精神活動や身体活動が低下した人を活動的にしたり、気持ちを落ち着けるのに役立ったり、人々の社会的活動を円滑にしたりする効果があると言われ、お年寄りや障害を抱える人々、子供たちに対して各所でセラピードッグが活躍しています。けれど、少し意外なことにその効果を科学的に評価した研究はまだあまりありません。
このたび、イェール大学心理学部の研究者らが「子供がストレスを受けたときにセラピードッグが与える影響について」という研究を行い、その結果が発表されました。
アメリカのイェール大学心理学部には子供や若者を心理学的に研究する研究室の他に、犬の心理学や認知科学についての研究施設である、犬認知科学センターがあります。
今回の研究には、セラピードッグの育成や認定などを行っている、非営利団体『グッドドッグ財団』も協力しています。研究に参加するセラピードッグを提供したり、子供たちと犬の両方に配慮した研究計画を作成するのに協力したりしました。
そして研究資金を提供したのは、ヒューマン・アニマル・ボンドの分野で世界最大のオンラインライブラリーを持ち、コンパニオンアニマルが与える健康への良い影響についての科学的な研究に対して資金を提供している、非営利団体ヒューマン・アニマル・ボンド・リサーチ研究所(HABRI)です。
子供たちと犬たちが参加した実験の内容
実験に参加したのは、10歳から13歳の78人の子供たちでした。性別の内訳はは女子43人、男子35人でした。
犬たちはオス4匹メス4匹の計8匹で、全ての犬がセラピードッグ認定団体から認定されているか、同等の行動評価に合格した犬たちです。犬たちはあらかじめ研究施設の環境に慣れるよう訓練されており、実験環境でも落ち着いていられます。
子供たちは、TSST-C(子供向けのトリア社会的ストレステスト)を受けて軽度なストレスをかけられました。15分間のストレステストの内容は、スピーチの準備をし、初対面の人の前でスピーチを行い、最後は計算問題を解く、というものです。こうしてストレスを受けた子供たちは、次の3つのグループにできるだけ均質なグループ(性別や人種、犬を飼った経験など)になるように分けられ、それぞれに違う対応を与えられました。
1つ目のグループは、セラピードッグと自由に触れ合う15分の時間を与えられました。
2つ目のグループは、柔らかくふわふわした毛布を与えられました。
3つ目のグループは、部屋で待つ時間を与えられました。
こうして比べると、犬と触れ合う以外の子供たちが気の毒な気がしますが、ふわふわ毛布は「触覚刺激によるストレス制御」、待つ時間を持つことは「待機によるストレス制御」と、それぞれに一般的にストレスを軽減させる方法として用いられているものです。
ストレステストを受ける前と、テスト後の15分間の対応の後に、子供たちはPANAS-C-Sというポジティブ感情とネガティブ感情についてのアンケート(例えば、「イライラした」や「やる気がわいた」などについて、「全くあてはまらない」から「非常によく当てはまる」の5つから答えを選択する)と、STAI-Cという状態・特性不安検査(例えば、「とてもリラックスしている」「リラックスしている」「リラックスしていない」から答えを選択する)を受け、心理状態が評価されました。
また、子供たちのストレスレベルを測るために、唾液中のコルチゾール濃度も実験前から実験終了まで数回測定されました。
実験の結果は?
さて実験の結果ですが、これは容易に予想できる通り、犬と触れ合った子供たちには他の2組の子供に比べて好ましい結果が見られました。具体的には、ストレステストの後に受けた15分の対応後、ポジティブな感情は犬と触れ合った子供たちで他の2組の子供たちよりも多く認められ、不安の軽減は犬と触れ合った子供たちでふわふわの毛布を与えられた子供たちより多く認められました。つまりストレスにさらされた後に、より早く気分を回復し、不安な気持ちが消えたと言えます。
研究者らは今回の結果から、このように15分という短い時間であっても、犬と触れ合うことで、ストレスを受けた後の不安や感情に対して軽度の良い効果が見られたが、犬との触れ合いの中でどのような部分がこれらの効果をもたらすのか、また他のストレス回復の方法に比べてどのくらい効果の差があるのかなどを明確にするためには、さらなる研究が必要だと述べています。
しかし今回の研究は、犬だけで子供たちの気分を回復させたり不安に対処することに役立つ効果が認められたこと(以前の研究では、犬はハンドラーに連れられた状態で実験が行われていました)、ストレスからの回復への治療的介入として犬との触れ合いを用いることができると示された点において、有意義な研究だと考えられるそうです。
まとめ
イェール大学の研究者らをはじめとするアメリカの研究チームが、セラピードッグとの触れ合いが子供たちのストレスの回復に対して、科学的に効果があることが示された、という研究結果をご紹介しました。
人々はすでに体感として感じていることですが、こうして科学的にも効果が示されることはとても大切なことです。ただ、今回の研究でも犬と触れ合った組と待っていただけの組で差が見られなかった項目があったり、唾液中コルチゾール濃度には各組の違いが見られなかったりしました。犬との触れ合いが人々に与える効果を科学的に裏付けるには、今後さらなる研究が必要のようです。
また、この研究を行ったイェール大学心理学部では、子供とロボットの相互作用についても研究を行っているのですが、セラピードッグの効果が科学的に分析されることで、セラピーロボットへの応用も期待されると思います。
ロボットであれば、動物アレルギーのある人も利用ができるため、セラピーの範囲が大きく広がります。セラピードッグの研究は、未来への夢が広がる研究と言えると思います。
《参考記事》
https://www.businesswire.com/news/home/20181127005260/en/
《紹介した研究》
Crossman MK, Kazdin AE, Matijczak A, Kitt ER, Santos LR. The Influence of Interactions with Dogs on Affect, Anxiety, and Arousal in Children. J Clin Child Adolesc Psychol. 2020;49(4):535-548.>
https://doi.org/10.1080/15374416.2018.1520119