犬にメタ認知能力はあるのだろうか?
ドイツにあるマックス・プランク人類史科学研究所の犬について研究している研究室や他の研究機関の心理学や認知科学などの研究室に所属している科学者によって、「犬は自分が間違えるかもしれないことを分かっているのだろうか?」というメタ認知に関するテーマの研究が発表されました。
メタ認知というのは、人間で言えば自分自身を客観的に見て、「自分が何を分かっていて何を分かっていないかを認知すること」を言います。メタというのは、「高次の」という意味です。
比較心理学では、様々な動物を比較して研究することによって人についての色々なことを解明しようとする研究が行われていて、今回の研究もそのような比較をするために犬での実験を行ったものです。
メタ認知のような高次の認知能力についての研究は類人猿で多く行われていて、チンパンジーにもメタ認知能力があることを示唆する研究も発表されています。そこで今回、犬は人やチンパンジーのように「報酬がどこにあるか自分が知らないということを認識して、報酬がある場所を知るために情報をもっと集めようとするかどうか」を調べる実験が行われ、その結果が発表されました。
犬のメタ認知能力を検証するための実験
実験のための部屋には、2枚のフェンスをちょうつがいでつなぎV字型になったついたてが2つ置かれました。2つのついたてはピッタリくっつけないで、隙間を空けて置かれています。また、V字型のついたてのとがった方が実験者や犬の方を向くように置かれ、ちょうつがいでつながれた2枚のフェンスの間には約2cmのすき間があり、そこからついたての向こう側を犬がチェックできるようになっています。
実験者2人と犬1匹が同時に部屋に入り、2つのついたてのうちどちらかの向こう側に置いた報酬に犬がありつけるか、という実験を行いました。犬とついたての間は必要に応じてカーテンで遮ることができるようになっています。
1人の実験者が、ついたての向こうに報酬を置きます。
もう1人の実験者はその間、犬のリードを持って犬を待たせました。
実験は様々なパターンで行われました。
報酬を置くときに、カーテンを閉めて犬は実験者がついたての向こう側に報酬を置く行動が見えないパターン、カーテンを開けたままで犬は実験者がどちらのついたての向こう側に報酬を置いたかを見ているパターン、また報酬がドライフードのパターンとその犬のお気に入りのおもちゃのパターン、もしくはドライフード(低価値な報酬)に対してソーセージ(高価値な報酬)を用いたパターン、フェンスのすき間を埋めて犬が視覚では報酬がある場所をチェックできないパターンでも実験を行いました。実験者が報酬をついたての向こうに置いてから犬に報酬を探しに行かせるまでの時間を変えても実験が行われました。
実験者が報酬を置いた後、犬をオフリードにされて報酬を探しに行きます。犬が間違わずに報酬が置いてあるついたての向こう側に行けた場合には、犬はその食べ物を食べたりおもちゃで遊んでもらうことができました。
犬の行動は全てビデオで記録され、分析に用いられました。報酬が置いてあるついたての向こう側に犬がまわれたかどうか、ついたての向こう側にまわる前に犬がついたてのすき間から向こう側をチェックしたか、犬が報酬が置いてあるついたての向こう側にまわるまでの時間などが分析されました。ついたてのすき間から向こう側をチェックするかどうかという項目は、人間やチンパンジーのように、報酬がどこに置かれたのか分かっていないときに、犬が報酬のある場所を知ろうとして情報をもっと集めようとするかどうかを測定するための項目です。
報酬がどこにあるのかを見ていないときに手掛かりになる追加の情報を探すということは、「自分は報酬のある場所を知らない」と認識していることを示すことになります。
さて、犬の場合はどうだったでしょうか。
犬はどのような場合に追加の情報を得ようとしたか
今回の実験は多くのパターンの組み合わせで実施されましたが、報酬がどこに置かれたかを見ていた場合と見ていなかった場合では、犬が報酬の置かれたついたての向こう側にまわれた(成功)確率が高かっただけではなく、フェンスのすき間からついたての向こう側をチェックした頻度に差がありました。つまり、犬がどこに報酬があるのか知らないときには、すき間から向こう側をチェックする頻度が高かったということです。
報酬の場所がわからないときには、犬は追加の情報を求める行動をとれることが示されたのです。
これは犬が、「自分が何を知っていて何を知らないのか」を認識するための条件の1つを満たし、犬にメタ認知能力があることを示唆していると言えます。
しかし、犬が追加の情報を得ようとした頻度はチンパンジーでの実験に比べて低かったこと、繰り返し行われた実験中に犬は「追加の情報を得れば報酬の置き場所が分かること」を学習したと考えられるデータは得られなかったこと、追加の情報を得た(=すき間から向こう側をチェックした)からと言って必ずしも正しい報酬の置き場所に行きついたわけではないことから、犬にメタ認知能力があるとしてもチンパンジーのメタ認知能力より柔軟性に欠ける可能性を研究者たちは指摘しています。また、犬がすき間をのぞく行動は「追加の情報を得ようとした行動」ではなくただのルーチンだとの考え方もあるそうですが、今回の様々なパターンでの実験結果と過去に発表されている複数の研究結果を併せて考えると、今回の実験でのすき間をのぞく行動はメタ認知の一部である「自分が知らないことを認識し、追加の情報を得ようとした行動」の可能性が高いと研究者たちは考えているそうです。
他の実験結果として、報酬が食べ物の場合よりもおもちゃの場合により成功率が高く、またすき間をチェックする頻度が高い傾向が見られました。その理由として、おもちゃを探す行動は食べ物を探す行動よりも日常的に行っていることが多いから、おもちゃは犬がより具体的にイメージできる報酬であるから、などの可能性があると研究者たちは考えているそうです。
また、高価値の報酬(ソーセージ)と低価値の報酬(ドライフード)で比較した場合、すき間をチェックする頻度は変わらないこと、高価値の報酬ではより早く報酬にありつくことができたことが分かりました。
これは、報酬を得ようとして追加の情報を集めるための犬の行動は、報酬が持つ価値によっては左右されなかったということであり、人や類人猿での実験とは異なる結果となっています。その理由の一つとして、もしかしたらソーセージが魅力的過ぎて犬がはやる気持ちを抑えられなかったからかもしれない、と研究者たちは考えているそうです。
また、フェンスのすき間を埋めてついたての向こう側が見えないようにした場合とそうではない場合に犬の行動に差が見られなかったことから、犬がすき間からついたての向こう側をチェックする時に犬が使っていた感覚は視覚ではなく嗅覚であると考えられるそうです。報酬を置いてから犬を探しに行かせるまでの時間は、最短5秒から最長20秒までで実験が行われましたが、時間の差によって犬がすき間から向こう側をチェックする頻度が高くなることはなかったそうです。
分析の結果から示唆されること
犬は報酬がどこにあるか知らないとき、「自分が知らないということを知っている」可能性があることが今回の結果から示唆されました。今回の結果だけでは、犬がメタ認知能力を持っていると断定することはできませんが、メタ認知に必要な能力を一部持っていることが示されました。
今後どのような時に犬は視覚ではなく嗅覚を使うと判断するかなどを含め、さらに研究を発展させていきたいと研究者たちは述べています。
まとめ
犬が報酬の置き場所を探索するときに、報酬のありかを知らないときには手掛かりとなる追加の情報を集めようとすることから、犬は「報酬のありかを知らないことを自分で知っている」ことが示唆されたという研究をご紹介しました。
残念ながらこれだけでは「犬にはメタ認知能力がある」と結論づけることはできないのですが、今後さらに研究が続けられる予定だそうです。
犬やチンパンジーなど、動物どうし、または動物と人間の認知能力を比較することで、人間の認知能力についての理解が深まり、様々な分野で役立つことが期待されます。
けれども、そのような学術的な面とは別に、犬が「自分が知らないということを自分で認識している」ということだけでも、「ああ、あの頭の中でそんなことを考えているんだなあ」と胸が熱くなるような気がします。
今後のさらなる研究に期待したいと思います。
《紹介した論文》
Belger, J., Bräuer, J. Metacognition in dogs: Do dogs know they could be wrong?. Learn Behav 46, 398–413 (2018).
https://doi.org/10.3758/s13420-018-0367-5
《参考記事》
http://www.shh.mpg.de/1115966/dog-metacognition