世界的な問題である薬剤耐性菌
細菌による感染症の治療の際には、細菌をやっつけてくれる抗生剤(抗生物質、抗菌薬)は強い味方です。しかし一方で、抗生剤を不適切に使用することで薬剤耐性菌が現れてしまうという問題もあります。
薬剤耐性菌とは、抗生剤によって生存が脅かされることになった細菌が、薬剤に耐えられるように生き残りをかけて、自らの性質を変えた一部の細菌です。薬剤耐性菌が原因で起こる感染症にはそれまで効いていた薬が効かなくなるため、また複数の薬剤に対して耐性を獲得した多剤耐性菌には効く薬がなくなってしまうため、人にも動物にも大きな脅威となります。
抗生剤はそれぞれ効果のある細菌が決まっていますが、多くの種類の細菌に効く抗生剤もあります。また抗生剤を服用する時は、十分な量を十分な期間服用することが重要で、不十分な量や不十分な期間での服用は耐性菌を出現させやすくします。特に多くの種類の細菌に効果のある抗生剤の場合は、良い菌を殺してしまうことによっても耐性菌が出現しやすくなります。
人の健康は動物の健康や環境とも関連しているというワンヘルスという考え方が広まってきていますが、ペットにおける抗生剤の使用、薬剤耐性菌の存在はその飼い主にとっても問題になる可能性があり、ワンヘルス上の問題にもなっています。そこで今回、ペットと暮らしている人が、抗生剤を服用しているペットから飼い主が影響を受けることがあるだろうか?という研究が行われ、その予備研究の結果が発表されました。
抗生剤を服用している犬とその飼い主の腸内細菌叢を調査
感染症研究についてのアメリカの学会のポスター発表でこの予備研究を発表したのは、アメリカのタフツ大学獣医学部の研究チームです。
調査に参加したのは、14日間のアモキシシリン/クラブラン酸カリウムという2つの成分が含まれている複合抗生剤の投与を必要とする感染症を治療中の犬とその飼い主8組でした。
飼い主は犬と同じ家庭で暮らしており、犬との接触が頻繁であることと、調査前30日以内に抗生剤を服用していないことが要件でした。
犬への抗生剤投与の開始時点と終了時点で、それぞれの犬と、飼い主家族の中で犬と最も接触の多い成人の便サンプルが採取されました。
そこから腸内細菌叢(腸内に住み着いている様々な細菌の集団のこと)を推定するために培養を行い、「ABPC(アンピシリン・スルバクタム)耐性菌」「CIP(シプロフロキサシン)耐性菌」「ESBL(基質特異性拡張型βラクタマーゼ)産生菌」「MRSA(メシチリン耐性黄色ブドウ球菌)」「VRE(バンコマイシン耐性腸球菌)」の5種類の薬剤耐性菌について調べました。
腸内細菌叢はどのように変化したのか?
抗生剤投与の開始時点では、8匹の犬と8人のヒト全てに腸内細菌叢が存在することが確認されていました。
抗生剤投与14日目では犬2匹に、検出可能な腸内細菌叢がなくなっていました。
1人のヒトの腸内細菌叢では、CIP耐性菌が消失していました。
2匹の犬でCIP耐性菌の出現が確認されましたが、その犬の飼い主ではCIP耐性菌の出現は認められませんでした。
1匹の犬と1人のヒトで、開始時点にはなかったESBL産生菌のコロニーが終了時点で確認されました。この犬とヒトは一緒に暮らしているペアではありません。
3人のヒトに開始時点でABPC耐性菌が確認され、終了時点でもその存在が確認されました。
この3人に飼われている犬のうち、1匹ではABPC耐性菌は確認されず、1匹では多く確認され、1匹では終了時点で排便量が少なくて調べられませんでした。
他に2匹の犬でABPC耐性菌の出現や増加が確認されましたが、飼い主であるヒトでは確認されませんでした。
MRSAとVREについては、全く検出されませんでした。
研究者はこれらの分析の結果から、
- アモキシシリン/クラブラン産カリウムの犬への投与は、その犬での抗生剤耐性菌のコロニー形成を引き起こす可能性がある
- 犬と一緒に暮らす飼い主は、これらの抗生剤耐性菌のコロニーを犬と共有したり、受け渡したりする可能性がある
と結論付けています。
今回は予備研究で調査をした件数も少ないのですが、現在さらなる研究が進行中だそうです。
まとめ
犬が感染症治療のための抗生剤を服用しているとき、犬の腸内に耐性菌のコロニーが形成される可能性があること、そしてそれは飼い主にも移動していく可能性が考えられるという研究結果をご紹介しました。
薬剤耐性菌は人間と動物、両方の健康に対する大きな脅威です。自分自身や人間の家族が薬を服用中のときには、「気をつけなくては」という意識も持ちやすいのですが、ペットの場合は薬剤耐性菌にまで意識が及ばない人が多いのではないでしょうか。
愛犬が抗生剤を服用している期間は、口での接触は普段よりもさらに避ける、手洗いの徹底を意識する、薬の服用について獣医師の指示を厳守するなどの注意が必要です。基本的なことですが、、愛犬の感染症をきちんと治すためだけではなく薬剤耐性菌が出現するリスクをできるだけ減らすためにも必要なことです。今回の研究は予備的な研究だということで、今後の詳しい研究にさらに期待したいですね。
《参考》
https://www.americanveterinarian.com/news/does-antibiotic-use-in-dogs-lead-to-resistance-in-humans
AMR臨床リファレンスセンター