科学研究に用いられる「飼い主の評価」は正しいのだろうか?
犬に関する研究を行うときによく用いられる方法の一つに、犬の飼い主に詳細なアンケートを行い、「飼い主から見た評価」の情報を集めるというものがあります。
これらのアンケートは、できるだけ誤差が少なくなるように綿密に設計されているものですが、やはり人間が答える限り完璧とは言えません。
そのため、飼い主がどの程度確実に評価をしているのかを知っておくことは、アンケートの精度を知るためにも重要です。
カナダのゲルフ大学の研究チームが、犬を飼っている人々を対象に、「犬が表現する恐怖行動をどのくらい理解しているか?」と、「犬の恐怖行動のサインを読み取る訓練を行った場合、よく知っている犬と馴染みのない犬両方に対して、恐怖行動の評価に影響があったかどうか」というリサーチを行いました。
犬が発するボディーランゲージ、中でも犬が怖がっているときのサインを読み取ることは、とても大切なので、どんな結果が出たのか興味深いですね。
どのような恐怖行動は確実に読み取られているか?
まず、犬の飼い主たちは現状でどの程度の犬の恐怖行動のサインを読み取っていたのでしょうか。
リサーチは、犬を飼っている人700人以上に、犬の行動を撮影したビデオを見せ、犬が恐怖を感じているという行動が存在するかどうかを問うという形で行われました。ビデオに含まれていた恐怖行動のうち、多くの人が確実に読み取ったのは、以下のようなものでした。
- 姿勢を低くする
- 尻尾を下げる
- 耳を後ろに倒す
- ハアハア息を切らす
- あくび
- 自分の唇や鼻を舐める
- 視線を逸らす
- 隠れるまたは逃げる
反対に見落とした人が多かったサインは以下のようなものでした。
- 頭の位置
- 尻尾や体の硬直
- 震え
- 眉間のシワ
- 白目を覗かせる鯨目
- 目を細める
- 口角をギュッと引く
人々は犬の恐怖行動のサインの多くを認識できるが、全てのサインを読み取ることはできないことが確認されました。
サイン読み取りのトレーニングをした後の効果は?
上記のビデオを見てのサイン読み取りの度合いチェックを基にして、人々が確実に読み取ることができた恐怖行動の映像を使用して、トレーニングビデオが作成されました。
それぞれの行動についての画像や映像に説明が付けられ、その行動のどれが恐怖のレベルに関連しているかも解説されているものです。
リサーチ対象者は約1400人で、最初に全員が自分の犬の恐怖や不安に関する行動評価アンケート(C-BARQと呼ばれる定型アンケート)に答えました。
次に、そのうちの半数の約700人が上記のビデオでサイン読み取りのトレーニングを受けました。残りの半数はトレーニングを受けていません。
その後どちらの人々も、犬の行動を撮影したビデオで、犬が感じている恐怖のレベルを評価するというテストを行い、さらに自分の犬の行動評価アンケートに再度答えました。
結果は、ビデオでトレーニングを受けた人々は、受けていない人々に比べて恐怖のレベルを評価するビデオで高い正解率を見せました。これは簡単に予想できますね。
しかし意外なことに、自分の犬の行動評価アンケートについては、トレーニングを受けた人でも2回目の結果にほとんど変化がありませんでした。
トレーニングを受けることで、馴染みのない犬の行動は正確に読み取ることができるようになるけれど、自分の犬となると頭の中で評価が定まってしまっていて、ビデオの説明を見た程度では、評価が変わることにつながらないのかもしれません。
研究者はこの点を踏まえて、トレーニングビデオを見た後に、記憶の中の自分の犬の行動ではなく実際に目の前で自分の犬の行動を見て、アンケートに答える必要があるのかもしれないと述べています。
まとめ
科学研究によく用いられる、飼い主による犬の行動評価アンケートの精度は、どの程度のものなのか、1400人以上の犬の飼い主にテストやアンケートを受けてもらってのリサーチをご紹介しました。
多くの飼い主は、犬が発している恐怖行動のサインを認識していますが、見落とされているサインがあったことや、トレーニングビデオを見た程度では、自分の犬に対する認識には変化が生まれないことなど、今後の課題のヒントが見えてきた結果でもありました。
自分の愛犬の恐怖や不安の行動をきちんと客観的に読み取れているだろうかと、気持ちが引き締まるようなリサーチでもありますね。
《参考》
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0168159118304507