保健所収容の咬みつき犬の運命
譲渡対象の条件
保健所(動物愛護管理センター)で、譲渡対象となる犬の基本的な条件は、人に危害を加えない事となっています。
そのため、野犬などで人に慣れておらず威嚇があった場合は、一度保健所に収容されてしまえば殆どの場合が、二度と日の目を見ることはありません。
命の期限がつけられて、ボランティアさんたちがSNSで里親探しをしている中に、そのような犬は入っておりません。保健所はそのような犬は一般公開はせず、誰の目にも触れることはなく、殺処分してしまうのが日本の現状です。
たとえ元飼い犬で人に慣れていたとしても、収容されている間に、保健所の職員さんを咬んでしまった犬は、やはり殺処分されてしまうケースが多いです。
以前も、保健所収容の犬が職員さんを咬みついてしまい、里親が決まっていたにもかかわらず殺処分されてしまった実話を書いたことがあります。(関連:里親希望者が現れるも「噛むから」と殺処分された犬が残したものとは?!)
飼い主死亡で家族に持ち込みされた犬
今年(2018年)2月、山口県内の保健所(動物愛護管理センター)に、飼い主死亡が理由で1匹の犬がその遺族によって持ち込みされました。遺族の方も体調が悪くなり、お世話できなくなったという事でした。
人懐っこく、まだ6歳という若い柴犬(オス)だったため、同月、譲渡対象犬を考慮し、血液検査を行おうとしました。
しかし、職員さんが診察台にその犬をのせるために抱きかかえようとすると、その柴犬は突然暴れだし、職員さんの手に咬みついて負傷させてしまいました。
普通だったら、この時点で譲渡対象から外されてしまい、殺処分が決定します。
でも、ここは違いました。
まだ収容されたばかりで、突然生活環境が変わってしまったストレスで、そうなってしまったのだろうと考慮され、しばらくの間様子見をすることになったのです。
この犬は、普段は全く問題がない人懐っこい性格でした。
ただ、保健所の管理棟の檻の中ではよく吠えました。
また、首など嫌なところを触ろうとすると唸りもありました。
それでも、なんとか殺さない方向で職員さん達は考えてくれたのです。
2度目の譲渡対象審査
4か月後、2度目の譲渡対象審査が行われようとしました。
もう大丈夫だろう、今度は大丈夫だろう、それでも念のためと職員さんは、検査前に口輪をはめようとしました。
するとまた、柴犬は大暴れをし、職員さんの手に咬みつき、再び負傷させてしまったのです。
さすがに2度も職員さんに咬みつき、しかも負傷までさせてしまった柴犬を、動物愛護管理センターとして、譲渡対象犬に出来るはずもなく…
殺処分?!と普通この状況では判断が下されるところなのですが、それでもここではそうはしなかったのです。
団体譲渡の形で
7月14日、私が活動しているボランティア団体『ディ・アンク』に、同センターからの依頼が届きました。
「6歳の柴犬を期限付きで里親探しをしてください。」
実は、この柴犬については、「人馴れしているのなら団体譲渡で里親探しをさせてもらいたい」という希望を前々からセンターに何度も伝えておりました。
私達の希望をセンターがやっと聞き入れてくれたのです。
2度も咬みついた犬をさすがにセンターから市民に譲渡するわけにはいかないが、団体譲渡であれば可能という判断をとうとうしてくださったのです。
でも、いざ、団体譲渡の依頼を受けても、実際、2度も職員さんに咬みついて負傷させてしまった犬に果たして里親さんが現れてくれるかどうかは…正直なところ、かなり不安でした。
期限は8月10日でした。
ネットで拡散
私達の団体『ディ・アンク』は今年6月1日から活動を始めたばかりのまだ殆ど経験のない新米の団体でした。
その団体の広報を私が担当しています。
私はご存知の通り、ライターです。
そのため、ポスティングなどではなく、SNSを使い、書くことで全国に広める方法を選びました。ただし、実際にセンターに足を運んでいただけることを条件として。
ディ・アンクのフェイスブック、ツイッター、そしてペットのおうち、ジモティなどで一斉にこの犬の里親探しを発信しました。
最初からこの犬が2度もセンター職員さんを咬んでしまったことを公表して、その上での里親探しを私は選びました。
メンバーの中には、そんなことを書いたら印象が悪くなってひいてしまい、里親希望者は現れないのではないだろうか?と反対意見もありましたが、事実を隠して里親募集をするわけにはいきませんでした。
当時の募集:https://www.pet-home.jp/dogs/yamaguchi/pn217861/
里親
7月14日にペットのおうちに載せてたのですが、なんとその4日後の18日には里親希望者が現れたのです!
その方はかつて柴犬と一緒に暮らした経験がある福岡在住の男性でした。
何度か事前にやり取りをさせていただき、7月21日にセンターまでご家族でお越しいただけることとなりました。
その結果、見事に里親決定となりました!
お見合いの間、柴犬がうなる事は一度もありませんでした。
最終的に里親さんが車で福岡まで連れて帰られる事になったのですが、センター職員さんは、車の中で暴れたら大変だから檻に入れた方がいいと心配されました。
でも、本当にお利巧さんで、後部座席のシートにシーツなどを敷いて準備している私の横に静かに座って待っていました。そして、「はい、乗って!」と声をかけるとサッサとなれた足取りで、乗り込み、当然のようにシートにちょこんと座ったのです!
この子はこの家族が自分のことを迎えに来てくれたことをちゃんと悟っていたのです。
里親さんのご自宅に戻るまで、1度も暴れる事はなく、お利巧にシートにそのまま座っていたそうです。
里親宅で
里親宅に到着し、後部座席に犬と一緒に座っていた奥様が車から降りると、犬もその後をついておりたそうです。
センターに5か月も収容されていたわけですから、抜け毛がそのままの状態で、家の中に入れる前に当然、ブラッシングやシャンプーなどをしなければなりません。
でも、まだ里親様と犬はその日に会ったばかりでした。
もちろん、里親様は、この犬がセンター職員さんに2度も咬みついたことは知っていました。
それでも、何も恐れることなく、ブラッシング終了後、なんと抱っこしてお風呂にまで一緒に入ってしまったのです…
その時の写真があります。これらはセンターから引き出した当日の写真です。
恐怖心は犬に伝わる
実は、私はボランティアをしているとはいえ、犬に対してまったく恐怖心がないわけではありません。子供の頃、複数の野犬に追いかけられた事があり、そのトラウマがまだ残っております。そのため、初めての犬に接するときに、犬によっては恐怖心を少しだけ抱えてしまう事があります。
私が少しでも恐怖心を抱いている犬に近寄ると、必ず1度だけですが、最初にうなられてしまいます。どうやら犬には、人間の心の中の恐怖を見透かす能力があるようです。そして、恐怖心を自分に抱いた相手には、犬も恐怖心で構えてしまう事がよく判りました。
この柴犬もそうでした。私の中に、職員さんを2度も咬んでいるという先入観があったのでしょう。初めてこの犬と檻の外で触れ合う時に、1度だけ、この犬にうなられています。
でも、里親様は違いました。
里親様は会う前から「大丈夫」と自信を持っていらっしゃった気がします。
咬みつくという先入観は一切なく、恐怖心も全く抱いておられませんでした。
だから、この犬も初対面からこの里親様には本当にフレンドリーに接していました。
センター職員さんに2度も咬みついた犬が、里親様には初日でブラッシングを許し、抱っこしてお風呂まで一緒に入ったのですから、本当に驚きです。
センター職員さんたちにとっては「この犬は血液検査も何もできない、嫌なことをすると怒る犬」というイメージしかなかったのですが、里親様にとっては、”何も問題がない犬”となったのです。
この違いは、大きいです。
保健所の独特な空気が与える影響で
動物愛護管理センターは、保健所です。
そこには、複数の犬猫達が収容されています。
いつも複数の鳴き声が聞こえています。
そこに収容された犬猫達が、何を思って鳴いているのかはわかりません。
でも、その鳴き声は決して楽しいものではないでしょう。
そんな中で、検査されるというのは、やはり怖いという気持ちが芽生えて当然です。
一般の動物病院ですら、診察台にあげようとすると、たいていの犬がしり込みしたりして嫌がります。ましてや、信頼している飼い主さんがついていないセンターでは、犬にとっては注射の針を刺されたりとか、痛いことをされる診察台は恐怖でしかないのかもしれません。
今回の柴犬が職員さんに咬みついたのは、いずれも診察台に上げようとした時でした。
それ以外は、咬みついてはいません。
ただ、怖かっただけなのです。
たいていの場合、犬が人に咬みつくというのは、悪意からではなく恐怖からではないでしょうか?
それでも、咬みついてしまえば、里親になる方の安全を考慮しなければならない動物愛護管理センターでは譲渡対象にはできないのです。
動物病院で
センターから引き出された2日後の月曜日に、里親様はこの犬を動物病院に連れて行かれました。
そこで、狂犬病予防接種、フェラリアの血液検査、そして爪切りまでされました。
センターでは大暴れして咬みついてしまったため、診察台に上げることが1度もできなかったあの同じ犬が、引き出してわずか2日後に、動物病院の獣医さんや看護師さんたちに咬みつくこともなく、それらが滞りなく終わったのです。
人間と同じ感情を持っている命
その違いはいったいなんだったのでしょうか?
それは、自分の事を心から信頼して愛情をもって助けてくれた新しい家族が傍についていたからではないでしょうか?
人間も誰かに信頼されると心に余裕ができ安心感が生まれ、恐怖心や攻撃性などはなくなりますよね?
犬も全く同じなのです。それは、感情を持つ同じ”命”だからです。
とかく私達人間は動物達に対して、彼らの感情というものを無視しがちです。
言葉が通じない動物達に対しては、悲しいかな人間はぞんざいに扱ってしまう事が多いです。
”1つの命”として考えたなら、今、人間社会で当たり前のように行われている動物達への酷いしうちはきっとできなくなると思います。この世の中には、人間に対しては、とてもできないような事を、動物達たちには平気でしてしまう悲しい現実がたくさんあります。
日本の行政は、犬猫は、”物”として扱っています。命が”物”?
”殺処分”という言葉自体も、まだ生きられる命を殺して処分する?しかも私たちの税金で?と疑問が沸きませんか?
みんなそれを当たり前のように受け止めていませんか?
日本の国民は本当にそれでいいのでしょうか?
それが当たり前の社会で私たちは生活している、ということをちゃんと考えたことはありますか?
現実
今の日本は、とても豊かな国となっています。
昔は、犬猫はどこかで拾うか、保健所でもらってくるのが当たり前の社会でした。
でも、豊かな国となった日本の現在のペット事情は、物として”商品化された犬猫”を当たり前のように”購入する”という方式がすっかりと浸透してしまいました。日本のペット産業としての経済効果は莫大なものとなっています。だから、日本政府もどんどん過激になっていく生体販売を取り締まるという事には一切、手を付けていませんよね?
そして、消費者たちは、犬の寿命を考えることもなく、年配の方でもお金さえ出せば子犬が購入できる現状が出来上がっています。
そのため、今回の柴犬のように、飼い主死亡で、遺族も高齢で、最後までお世話はできないという理由で保健所に持ち込みされる犬(猫も同じ)たちが増えています。
複数の犬猫達が鳴き続けている保健所に突然持ち込みされた犬の気持ちを考えたことはありますか?どうか犬の立場になって想像してみてください!
それまで何の不自由もなく可愛がられていたのに、突然、おもちゃもベッドもない保健所に収容されてしまうのです。いくら待っても、愛する飼い主さんのお迎えは二度とありません。
保健所収容の動物達は、最悪、殺処分という悲しい運命をたどります。
一部の保健所では安楽死が行われていますが、まだその数は少なく、殆どの日本の保健所では安楽死とは程遠い15分以上も、もがき苦しむ窒息死という方法がとられています。
もし、あなたがその立場の犬だったら?あるいはあなたが可愛がっていた犬があなたが亡くなった後、そういう末路を辿るとしたら?
今、日本のペット事情は、本気で考え直さなければならない事が山ほどあります。
そんな中で今回の柴犬は、保健所の職員さんたちができる限りの配慮をされたことで、結果、良い方に救われることとなり、本当にラッキーでした。
でも、これは早々起きない稀なケースなのです。
最後に
今回の柴犬の里親様には、啓蒙活動のため、どんどん写真を使って下さいと許可を頂いております。
その後もこの犬に関しては、いろいろ驚くべきことが起きているということです。
それはまた続編として、いずれご紹介させていただくことになるかと思います。
これをきっかけとして、日本全国の保健所の犬猫たちにも、1人でも多くの人達が、どうか目を向けていただければと心から願っております。
今回の柴犬に関しては、この記事内では紹介しきれない里親様からのその後の報告が、ボランティア団体ディ・アンクのフェイスブックページに掲載されております。
https://www.facebook.com/diankshimonoseki/
※尚、この記事と写真及び動画の掲載につきましては、この犬の里親様の許可を得て行っております。