保護施設の犬にとっての「遊ぶ時間」
アニマルシェルターや、愛護センターなどで保護されている犬たち。その多くは1日の大半を犬舎の中で過ごし、場所によっては、1日に1〜2回の散歩に連れ出してもらえる場合もあります。
けれども、そのような施設に収容されている犬の多くは、家族から捨てられたり、放浪の野外生活をしていて保護されたりして、ストレスを溜めた状態で入ってきています。
そうして知らない場所で、知らない人間や犬に囲まれることで、また違う種類のストレスに晒されているため、本来は大人しくフレンドリーな犬でも、問題行動を見せることも少なくありません。
これでは、新しい家族を見つけるための募集も難しく、最悪の場合は殺処分にもつながってしまいます。
アニマルトレーナーが立ち上げたNPOの活動
散歩の時間程度では、解消されない保護施設の犬たちのストレスを発散させて、譲渡率をアップさせるために、ユニークな活動をしているNPO団体がアメリカにあります。
団体を立ち上げたのは、映画やテレビに出演する動物の演技指導や、アニマルシェルターで犬のトレーナーとして30年近い経験を持つ、エイミー・サドラーさんという女性です。
この団体は、犬を保護して引き取り手を探すという活動ではなく、各地のアニマルシェルターを訪問して、犬たちを広場や運動場でグループ単位で遊ばせる方法をベースにして、トレーニングや犬の行動や、性質の査定方法を指導する活動を行っています。
「犬たちをグループで遊ばせること」という手法は、サドラーさんがアニマルシェルターでトレーナーとして働いていたときに、効率よく犬たちのトレーニングを行うために、犬たちをシェルターの庭で一斉に遊ばせた経験が元になっています。
サドラーさんが団体を立ち上げたのは2013年のことでした。
施設に収容されている犬たちが、ストレスを溜めて問題行動を見せていては、引取り希望者も現れず、殺処分の増加につながるという悪循環を断ち切るために、犬をグループで遊ばせる方法を各地のアニマルシェルターに提案していきました。
しかし、当初は多くのシェルターの担当者は、その提案を受け入れませんでした。
- 「犬たちがケンカをしたら?」
- 「伝染病が流行る原因になるのでは?」
- 「ボランティアの人たちに危険が及ぶ」
- 「犬たちを監督する人材や、遊ばせる時間がない」
などが、反対意見の主なものでした。
しかし、実際にサドラーさんや団体スタッフからの指導を受けて、犬たちのグループでの遊びタイムを設けたシェルターでは、予想外の現象が起こりました。
犬同士がグループで遊ぶことの効果
サドラーさんの指導を受けたシェルターでは、犬同士や犬対スタッフのトラブルが減り、犬たちの健康状態が良くなり、そのためにスタッフに余裕が生まれました。もちろん、遊びタイムの導入の当初は、緊張や苦労は付き物だそうですが、結果はそれらを大きく上回るものでした。
犬は、人間と同じように社会的な生き物なので、犬舎の中で他の犬との交流のない生活は、不自然なものです。
犬同士で遊ぶことはストレスを発散し、犬たちの社会化にも役立ちます。
ストレスが少なくなった状態は、犬の学習能力をアップさせるので、トレーニングの効率も上がって、スタッフも犬の扱いが楽になります。また、犬たちが一斉に犬舎の外に出る時間ができるため、犬舎の掃除が簡単になり、衛生状態も改善されます。
機嫌よくお行儀も良くなった犬たち、清潔になった犬舎は、来訪者への印象も良くなり、譲渡率のアップが期待できます。
もちろん、犬を広場に放して、好き勝手に遊ばせるだけでは、トラブルの原因になってしまいます。
サドラーさんたちは、最初に穏やかで他の犬ともすぐに仲良く慣れそうな犬だけをピックアップして遊ばせ、そのときに犬のボディランゲージやサインの読み方を丁寧に指導します。
犬の動きや視線などどこに注目するべきか、どのようなサインを見せるとケンカに発展する可能性があるのか、万一トラブルが起きたときのために、水スプレーを準備していますが、そのシュッとスプレーするタイミングも、指導のもとで行われます。
こうして、シェルタースタッフが必要な技術を習得して自信を得たら、グループに参加する犬を増やしていきます。犬によっては、最初はバスケット型のマズルカバーを装着することもあります。
サドラーさんの団体の活動は、アメリカとカナダで拡大を続けており、アメリカ動物虐待防止協会や、アメリカ国内屈指の獣医学大学などからも、指導してほしいと依頼を受けています。
まとめ
アメリカで、アニマルシェルターの犬たちをグループ単位で遊ばせるためのトレーニングを行っている団体の活動を紹介しました。
外国の保護施設の話で、日本の犬の飼い主さんには関係がないように見えるかもしれません。けれども、普通の家庭犬でも、「犬が犬として犬らしく生きているかどうか」、「犬が発するサインやボディランゲージを読み取ることの大切さ」などを考えていただけると光栄です。
そしてまた、犬の保護施設とは、犬舎の中でエサをもらっていればそれでOKではないということも、多くの方に知っていただきたいと思います。
もちろん、今すぐにこのアメリカの団体のようなことを日本に取り入れようとしても無理です。
しかし、たとえ保護施設に収容されている犬でも、犬として犬らしく生きることが大切なこと、そういう環境を作ることが殺処分を減らす助けになるということを、1人でもたくさんの方に知っていていただきたいと思います。
《参考》
https://dogsplayingforlife.com/