クリッカートレーニングと従来型トレーニングの違い
プラスティック製の小さな箱のボタンを押すと「カチッ!」とクリック音が出ます。犬が望ましい行動をした時に、この音を鳴らし、犬へ「正解だよ!」と伝えるために使われます。犬は正解を理解し、正しい行動を学習します。クリッカートレーニングでは、事前にクリック音の意味を教えるために、クリック音と食べ物を何度も対に提示してクリック音を報酬として学習させます。この学習が定着するとクリック音が第二の報酬として機能します。
一方の従来型トレーニングでは、正解を知らせるのにクリック音ではなく言葉を用います。「いい子!」や「良し!」などがこれに当たります。犬がうまくできた時には、この言葉を使って報酬を与えます。これも前者と同様に、事前に言葉と食べ物を対に提示して学習をさせておきます。
両者の違いは音の出方だけです。クリッカーは機械なので常に一定の音を発します。一方の声は人間が発するので、その時々で音声は異なります。声のトーンは、感情や気分によって変化します。また、体調などによっても変化が起こります。いずれも意識的に制御するのは難しいため、一定の音を出すにはクリッカーに軍配が上がります。一定の音を発することができれば、犬にとっても理解しやすく、学習の妨げとなる差異は無くなります。クリッカートレーニングを最強だとするトレーナーは、この利点を主張しますが、それを裏付ける根拠は示せていないようです。
実際に行われた実験
イタリアのトリエステ大学の研究者は、クリッカートレーニングが最も効果的なメソッドなのかを検証しました。研究者らは、ハンドルが付いた箱を使い、箱の中にはパンを入れて置きます。犬がハンドルを押し上げると箱が動き、中のパンを食べることができます。このハンドルを押し上げる動作を犬に訓練します。
実験では51頭の犬を17頭づつの3つのグループに分け、それぞれ別の方法で同じ作業のトレーニングを行います。第一グループにはクリッカーを使用します。第二グループでは音声信号(実験では「ブラボー!」を使用)します。第三グループでは二次報酬なしで行いました。それぞれの訓練では、ハンドルを押し上げる動作を教えるために、シェーピング(逐次近似法)という方法を使って段階的に教えていきます。各動作の報酬には、手法の違いを問わず、ソーセージやチーズを用いたので、犬はとても意欲的に学習しました。
ちなみに第三の報酬なしのグループでは、ハンドラーの動きに期待的な反応が起こり、これが視覚的な合図となったようです。
各グループの犬は1日3回のセッションで訓練し、10回中8回での割合で成功するまでになりました。
この一連の訓練の後、一週間後に再検査して元の学習がどれほどに維持できているかを検証しました。この時には、2種類の箱を用意します。一つは簡単なテストで、パンの入った箱を訓練の時に使用した箱に似た別の箱を使います。もう一方の難しい箱では、プラスティック製ではなく木製にしたため、幾らか複雑な物にしました。
実験結果
研究者らは、クリッカーの持つ独特な音が効果を発揮すると期待していため、結果には驚いたようです。全ての犬で全く同じ学習結果が得られることが証明されました。どの犬も10回中8回の成功を見せます。また、最初の訓練に用いられた訓練時間、シェーピングによる段階数も共に同じだったことがわかりました。この結果は、犬と馬を使ったそれぞれ別の研究室で行われた実験と同じ結果です。すなわち、クリック音、言葉の報酬、視覚信号では全く同じ結果が生み出されるということです。
つまり、二次報酬がなんであろうと、それが報酬として機能すれば、犬はスムーズに学習できるということです。これには正しいタイミング、誘導などが必要です。こうしたトレーニングの基礎さえ理解していれば、どれを用いても成功し、どちらか一方が優れているわけではないことが判ります。
私も過去に、同じ犬でクリッカー、声の報酬、視覚信号をそれぞれ別の内容の訓練に使ったことがあります。訓練の内容が違うので厳密な比較にはなりませんでしたが、どれも有効に働くことが判りました。クリッカーでの訓練は、それはそれで楽しいものです。一列に並んだベンチを飛び渡る作業を教える際にクリッカートレーニングを採用しました。訓練はとてもスムーズに進み、毎日5分程度の練習を行い、一週間ほどで訓練できました。その後はクリック音を徐々に減らし、最終的にはクリックなしでも動作するようになります。
まとめ
ある種の新しいメソッドは、常に誇張される傾向にあります。「これこそ、最高のメソッドだ!」と過剰に持ち上げられることも多々です。しかし、学習の理論は心理学である程度解明されており、この基準さえクリアしていれば、どんなものも同じ効果だということです。なので、我々は冷静に判断するべきでしょう。個人的には、声による報酬が好きです。クリッカーで片手が塞がることはないですし、何より私自身の声を報酬とすることで、生活の中での様々な状況で、声を報酬として使えます。クリッカーがなくても使えるのが利点ですね。
トレーニングに興味のある人は、クリッカートレーニングを試してみるのもまた一計です。これはこれで楽しいですから。
《参考》
Stanley Coren(2017),Is Clicker Training the Most Effective Way to Train Dogs?
Is a word of praise as effective as a clicker sound for dog training? ,Psychology Today. Sussex Publishers, LLC.
Cinzia Chiandetti, Silvia Avella, Erica Fongaro, Francesco Cerri (2016). Can clicker training facilitate conditioning in dogs? Applied Animal Behaviour Science.
ユーザーのコメント
女性 もこち
女性 zoo
40代 女性 ちゃんちゃん
言葉でも良いのかという論点だけでは、普通のトレーニングメソッドとクリッカートレーニングの
メソッドを比較できませんよ。
誤解されている方が非常に多いのですが、
「クリッカーをつかうトレーニング」と「クリッカートレーニング」は別物だからです。
クリッカーという道具を使えばどれもクリッカートレーニングになるわけではないんです。
逆にいえば、クリッカーをつかわなくても根底にあるトレーニングプロセスが同じであれば、
それは巷でよばれる「クリッカートレーニング」になるのです。
クリッカーと名前がついているために誤解されるのかもしれないです。
30代 女性 匿名
=褒めるタイミングと同じですが、
鳴らすタイミングがとても重要です。
一言も声を出さず身振り手振りもせず ただ立っていながら クリッカー音だけで誘導できることも沢山あります。タイミングが違うと犬に伝わりません。
私はこれを教わったことで褒めるタイミングを掴めたので 犬の覚えが早くなりました。
褒めるタイミングが間違っている人は沢山居ると思うので 犬のトレーニングとしては音の違いになりますが、飼い主のトレーニングにはもってこいだと思います。