犬は人間をどう見ていて、人間は犬をどう扱うべきか・・・犬の認知能力に対する研究結果と倫理的な側面から

犬は人間をどう見ていて、人間は犬をどう扱うべきか・・・犬の認知能力に対する研究結果と倫理的な側面から

犬が人間の何をどのように認識しているかはさまざまな研究によって明らかになってきています。生物学的な側面と倫理的な側面から犬をとらえ、私たち人間がそれらをきちんと理解して犬に対する義務をきちんと履行することが重要であると主張する論文をご紹介します。

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記事の監修

東京農工大学農学部獣医学科卒業。その後、動物病院にて勤務。動物に囲まれて暮らしたい、という想いから獣医師になり、その想い通りに現在まで、5頭の犬、7匹の猫、10匹のフェレットの他、ハムスター、カメ、デグー、水生動物たちと暮らしてきました。動物を正しく飼って、動物も人もハッピーになるための力になりたいと思っています。そのために、病気になる前や問題が起こる前に出来ることとして、犬の遺伝学、行動学、シェルターメディスンに特に興味を持って勉強しています。

人間は犬に対してどのように接するべきかという考察

女性の手に置いた犬の前足

人間は生活の中で色々な動物と関わりあっています。街中で見かけるカラスや鳩、家畜として育てられる牛や豚、そして最も身近なところではペットとしての犬や猫など、関わり方の種類やレベルは人によって大きな差がありますが動物とまったく無縁で暮らしている人はほとんどいないでしょう。

オーストリアのウィーン獣医科大学メッセーリ研究所の研究者たちは、動物と人間の関わりについて数々の論文を発表しています。人間が関わる動物の中でも犬は最も古くから人間の側で暮らしており、そのつながりの深さや強さは群を抜いています。

今回の論文では、過去に発表された研究結果を用いて、生物学的に犬の認知能力についてまとめ「犬が人間の何をどのように見ているか」を整理し、加えて犬と人間の関係を倫理的な側面から再検討し、「犬が人間をどのように認識しているか」その認識を受けて「人間は犬にどのように接するべきか」を考察しています。

犬の認知能力に関する研究が明らかにしてきたこと

猟銃を持った男性と猟犬

犬が家畜化されたのが正確にはいつ頃なのかは未だ研究の途中ですが、野生のオオカミが人間と暮らし始めたのは1万5千〜3万年前のどこかの時点だと考えられています。人間はオオカミの中から人に馴れた個体を選択し、その後もさまざまな作業や目的に向いた特性を持つ個体の選択と繁殖を繰り返して犬という動物を作り上げ、共に暮らしてきました。

その過程で犬は人間社会でうまくやっていく方法を身につけてきたと考えられています。ここ数十年で犬の認知能力に関する研究が非常に増え、犬が人間の何をどのように見ているのか、区別しているのかなどが多く明らかになってきています。

研究者たちはこれまでに発表された150本以上もの論文や記事を調査して今回の論文にまとめました。その中には、犬が人間の表情を区別できること、また単に複数の表情を区別するだけでではなくその意味を認識できること、人間の目線の動きを読むのに長けていること、人間の目線を呼んだ結果としてのの行動がとれること、人間の声に込められた感情がポジティブかネガティブかを判断でき表情と併せて考えることができることなどが明らかになった、としている論文もあります。

表情よりももっとわかりやすい人間のジェスチャー、特に手を使ったジェスチャーについては研究の数も多く、犬が人間のジェスチャーを理解して人間の指示に従い作業に協力することができる、人間のジェスチャーとその時の状況を組み合わせて考えてどんな行動をとるか決断する能力があることなどが示されています。

また犬が人間の行動を観察して真似をすること、観察した結果から予測や学習ができることについても示されています。

人間と犬の関係について…倫理的な側面から

人の手を舐める犬

このように、犬が人間とりわけ自分の飼い主を注意深く観察し感情を読み取る能力や行動を予測する能力があり、人間と関わり合うためのスキルを身に着けているという科学的な証拠は数多くあります。

私たちはともすると、犬が人間を理解することについてロマンチックな感情を抱きがちです。しかし研究者たちは、そのような感情を持ち犬を理解するのが不十分であることは、犬と人間の関係について生じる倫理的な問題を見過ごす危険があると指摘しています。研究者たちはまた、1万年を超える長きに渡って人間と犬との間には明確な権力関係がある、と述べています。ここで言う「権力」とは、何かを決定する権利を持つ力のことです。

長い歴史の中で犬は人間の道具であり、彼らの生活は人間の手に委ねられ、生活する上で様々なことを決定するのは人間であり犬には決定権がありません。家畜化という過程の中で犬は、人間の指示を理解して人間に協力し、それに喜びを感じるようになってきたのです。

現代社会でペットとして飼われている犬では一見事情が変わったように見えますが、犬の命と生活が飼い主の手に委ねられていることは変わりがありません。飼い主の知識と意識によって犬の生活は大きく左右されます。飼い主が正しいと思っていても実はそうではないことがよくあることも研究者たちは指摘しています。

また研究者たちは、人間が意図して行ったジェスチャーだけではなく人間の微妙な動きや声の変化、ちょっとした意識の変化をも犬は認識し、そこから日々学んでいることを飼い主が気付いていない場合、犬と人間の間に様々な問題が生じる可能性があるとしています。

ペットの犬と良い関係を構築するためには、人間が犬の認知能力を理解し、考慮することも必要で、飼い主は犬が犬として必要とすることを提供する義務があると研究者たちは主張しています。

まとめ

膝に顎を乗せて見上げる犬

ウィーン獣医科大学の研究者たちが、過去に発表された犬の認知能力と動物に対する接し方についての論文や記事を整理して、犬は人間をどう見ているのか、人間はペットの犬をどう扱うべきなのかを考察した論文をご紹介しました。

確かに犬は人間にとって特別な動物です。そのために人間はしばしば犬に対して生物学的に無理で過剰な期待やロマンチックな出来事が起こる期待を抱き、その思いが叶えられないとがっかりしたり、また犬について誤解をして意図せずに犬を混乱させることがあります。

せっかく数多くの科学的なアプローチで犬が何をどのように感じて理解しているのかが明らかになってきている現在、犬と暮らす人間はそれらのことを知っておく必要があり、犬が本来あるべき姿や犬の福祉(幸福)を考慮して犬に接することが重要です。

犬と人間の関係は、感情的にも特別である一方で人間は犬を利用するという全く異なる側面も含みます。その結果、犬と人間の関係は一歩間違えれば簡単に問題が生じてしまうものでもあると研究者たちは言っています。犬は人間社会に適応するために様々な特徴を備えてきましたが、研究者たちが述べている「犬が私たちに置く信頼に応える義務」を含め、犬に対して人間が負う多くの義務を理解し履行することは、そんな犬を道徳的に扱うために最も重要なことであると研究者たちは結論づけています。

《紹介した論文》
Benz-Schwarzburg J, Monsó S and Huber L (2020) How Dogs Perceive Humans and How Humans Should Treat Their Pet Dogs: Linking Cognition With Ethics. Front. Psychol. 11:584037.
https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.584037

【論文についての補足】

 犬は人の最良の友と言うけれども、犬の生活において決定権はほぼ全て人が握っている関係にある犬と人について、犬側から見た両者の関係性とはどんなものなのかと考え、近年急速に発展した犬についての認知科学的研究を踏まえて、倫理的な観点と併せて考察した論文です。
 犬は人間社会に適応した認知能力とコミュニケーション能力を獲得していますが、なぜそのような特別なことが成し遂げられたのかについては多くの議論があります。人間を恐怖の対象として感じない寛容さや人間の行動を見て学ぶ注意力が作用したと考えられていますが、それらが人間に対してだけのものであるのか、人間以外の異種動物に対しても作用するものであるのかは不明です。また犬は、種として人間社会に適応した動物ではありますが、人間社会でうまく生活するためには個体ごとの学習も不可欠で、日々の生活から多くのことを学んでいます。犬が日々の生活で学ぶ内容は本記事で説明されている通りですが、その得手不得手には犬種差も認められます。また意外なことに、犬が人間のジェスチャーや行動から学ぶのは、人間の意図を理解してのことなのか、報酬があるからなのかについて結論の出せる研究結果はないそうです(報酬とは、人間が意図して犬に与えている物とは限りません)。また、犬には模倣能力があることを示す研究結果が近年いくつも発表されるようになっており、その中には類人猿にも認められない「過剰模倣」と呼ばれる模倣行動があるそうです。過剰模倣とは目的には関係のない行動までも細かくまねる行動であり、犬の人間に対する親和欲求によるものだとも考えられるそうです。つまり犬は、「親しい人間に喜んでもらいたい」という気持ちが行動のきっかけになることがある、ということです。
 犬の存在は、人間にとってかわいがる対象であると同時に犬は人間の目的のために存在し法律によっても人間の所有物であるという2つの側面を持ちます。もし犬が人間の所有物ではなく自由であったら何をするのか?何を望むのか?を知るのは非常に難しいことですが、犬が望むことはなにか?犬に適したトレーニング法は何か?と言う研究は多く行われ、多くの犬のトレーニング法が提唱されています。犬の行動の多くを人間がコントロールする方法もありますし、近年最も普及している陽性強化法であっても犬の意思決定に人間が大きな影響を与える方法(ご褒美を与える)を採用しています。どのトレーニング法であっても人間社会に正しく犬を適応させるという目的は達成させられるべきですが、「正しく適応させる」とはどういうことかは、人間が犬をどんな動物だととらえているかによって変わってきてしまいます。その結果、知識が不足している飼い主が犬を正しく理解することができず、攻撃行動をとった犬を「攻撃的な犬だ」と犬が問題であると判断してしまうような事例が起こっています。
 飼い主が犬に対して義務を負う(安心安全な生活を提供する義務や健康を維持する義務など)ことは当たり前だと思っている飼い主は多くいるでしょうが、実は犬に対して負う義務の一部しか認識していないこともあると述べられています。何が犬の幸せなのか?は答えるのが難しい問いですが、飼い主は犬の世話や必要な監督を行った上で犬の生活を豊かにする義務があると研究者たちは述べています。犬の信頼を裏切らないためには飼い主が義務を履行する必要がありますが、どんなに健康に気づかい、安全な食べ物と安心できる住まいを与えてあらゆる危険から犬を守っていてもそれは犬を倫理的に扱っていることにはならず、社会的な動物であり高度な社会的能力を有している犬には、適度な社会的刺激を与え生活が「意味のあるもの」にしてあげることも飼い主の義務だということです。また、人間の表情やジェスチャーだけではなくちょっとした仕草の変化にも気づくことができ、犬は喜んで人間に協力する動物だということを忘れずに行動することも、犬の信頼を裏切らないためには必要なことだとしています。ただし、「喜んで人間に協力する」と言っても、喜び方や協力の仕方は犬それぞれですし、そうなるためには犬としての性質の他に個々の犬が学習する必要があることも忘れないでください。

獣医師:木下明紀子
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