犬の躾とは
そもそも、私たちはなぜ犬を躾るのでしょうか?
【お手】【おかわり】などは躾ではなく、コミュニケーションです。お手やおかわりができなくても、人間社会で犬を育てることに何の支障もありません。ですが、【待て】【おいで】【ダメ】は、人間社会で犬を育てるときに必ずできなければ、大きな支障があります。
私たち飼い主の目線で、【犬に必ず従わせなければ生活に支障がでること】を防ぐために、犬に覚えさせるのが【しつけ】です。
監修ドッグトレーナーによる補足
人間社会でも、物を盗んだり暴力を振るうなどしてはいけないルールがあるように、犬にも同じようにルールを教えてあげる必要があります。
犬のしつけは、人と犬がお互いに幸せに暮らしていくために必要なものです。
犬に必ず従わせなければ生活に支障がでることとは?
待て、おいで、ダメ
散歩時、外出時、望まない行動、ドッグラン利用時、医療ケア、ボディケア、など、犬を育てるために必要な全ての日常生活に、絶対に守らせなければならない指示です。
「ダメ」という、全ての行動を中止させる指示に従い、「待て」で飼い主の指示があるまでじっと待てる犬であれば、他犬との喧嘩を未然に防いだり、誤飲を防いだり、交通量や人が多く行きかう場所でも、安全に他に迷惑をかけることもなく過ごせるでしょう。
そして、「おいで」の呼び戻しが完ぺきであれば、脱走や迷子の防止、万が一災害や事故で離れてしまっても、飼い主の所へ声に反応して戻ってくる可能性が高まります。
もし、この3つの指示に従えないと、どのようなことが起きてしまうのでしょうか?
飼い主の指示に従わない犬を育てるリスクとは
犬の行動を、コントロールできない状態で外に連れ出すということは、犬が起こすかもしれない全ての行動に、飼い主は責任が持てない状態です。
そもそも、【犬の適正飼育】をしなければならない飼い主の義務を怠っているので、飼育資格はないということになり、家の中、家族だけで近隣にも絶対に迷惑をかけないという条件を整えて、外の世界とは接触させずに、犬を育てることになります。
以前、全くコントロールできない犬が引き起こした事故がありました。リードでも歩けず、待て、ダメの指示も聞けない犬を、ドッグランへ連れ出した飼い主さんがいました。他犬へ執拗について回り、拒否されると噛みつく。他人の持っているバッグを奪おうとしたり、ドッグランの塀をよじ登ったりして、飼い主さんはずっとこの犬を追い回して、「ダメ!」「ダメ!」と叫んでいました。
しかし、一度離してしまったら、全く指示に従わない犬を捕まえることはとても大変です。「犬をコントロールできないということは、犬との信頼関係がない」ということです。
この犬の登場でドッグランにいた他の飼い主さんは慌てて愛犬を呼び戻し、リードを着けて「待て」と指示して離れたところでやり過ごしていました。ですが、飼い主の元へ戻った他の犬に対して、しつこく接したり吠えたり挑発したりして、逃げ回る犬をなかなか捕まえることができません。
安全に楽しく遊ぶことができないと判断した他の飼い主さんが隙を見てドッグランを出ようとしたときに、この犬が勢いよく駆け寄り開けられた扉から脱走してしまったのです。
ドッグランの外へ出た犬は、交通量の多い道路の方へわき目もふらずに走っていきました。慌てて犬を追いかけていくと、勢いよく道路へ飛び出したところを車にひかれてしまい倒れていたそうです。
大けがでしたが、幸いにも犬の命は助かりました。ですが、事故相手の方への賠償責任や飼い主の飼育責任を厳しく問われることになりました。
もし、飛び出してきた犬を避けようとして急ハンドルを切った車が歩行者をひいていたら。もし、パニックになった犬が人を傷つけてしまったら。このような犬が起こしてしまうかもしれない【もしも】の最悪の事態は安易に想像ができます。
愛犬を躾けるということは、愛犬や自分自身を守るだけでなく、関わるかもしれない不特定多数の他人に対しても、責任を持たなければならないという飼い主の義務なのです。
躾を通して築く犬との信頼関係とは
指示に従わせることは、犬が飼い主を「好き」か「嫌い」かは社会的な義務と責任だけを考えれば重要ではありません。極端に考えれば不特定多数の他人や、他の犬とかかわりを持つのであれば、犬が恐怖による支配下で飼い主の指示に従っていたとしても、全く躾ができていないよりはマシだということです。
ですが、犬の精神的な安定や幸せを優先に考えると、大好きな飼い主さんからの指示に従い、「いい子だね」と褒められ、共に過ごす時間を重ねるほど、自信にあふれ落ち着いた精神状態で幸せに暮らせる方が最良なのです。
暴力や恐怖で支配され続けた犬は、一定期間を過ぎると「抵抗」から攻撃性が芽生えます。自己防衛と過度のストレスから、飼い主に対して敵意を持つようになります。そして結果的に、飼い主すら触れない、社会にも溶け込めない「狂暴犬」を作り出してしまうのです。
一昔前、日本では犬の躾は「体罰」が主流でした。
- ダメなことをしたら叩いて「ダメ」だと教え込む
- 言うことを聞くまで叩く
- キャン!と悲鳴をあげるまで抑えつけて強制する
- 閉じ込める
- 食事を与えない
これらのしつけ方は、現在では犬の精神的負担や理解力、判断力が分析されるにつれ、「犬に与える悪い影響が強い」と分かってきました。そして、体罰がなくとも犬を躾けられるという方法や、考え方が広まるにつれ、体罰を与える躾は「虐待」だという一般認識に変化していきました。
ですが、体罰による躾で育てられた犬がみな、「狂暴犬」になっていないのはなぜでしょうか?
それは、犬と飼い主の間に作られている【信頼関係】があるからです。「躾ける」という服従関係以外の面では、愛情をもって日頃のお世話をしたり、食事を与えたりお散歩に行ったりと、犬が飼い主として慕う心が育っているからです。
体罰による躾では、飼い主に対して恐怖が強く影響してしまうと、信頼関係は作られることはありません。犬はどんどん孤立し心を閉ざし、与えられる食事や玩具にすら奪われまいと敵意をみせます。
どの方法の躾でも、厳しさが求められたり望まない行動と嫌な記憶を結び付けてコントロールしたりと、犬の気持ちになってみると【可哀そう】と感じることも多いと思います。ですが、逆に愛情ばかりで犬がやり放題の状態をコントロールせずに育てれば、いざという時に制御ができなくなります。
そして、体罰で躾けられた犬でなくても、好き放題に育った犬が飼い主に対して敵意を表すようになることも少なくありません。これは、犬の認識の中で飼い主は自分よりも劣位になり、【我慢】という理性のコントロールが全く備わっていないためです。
つまり、どのように犬を躾るとしても、飼い主との信頼関係や心の育成がおろそかになれば、どの犬も【狂暴犬】や【制御不能犬】になってしまう危険があるということです。
監修ドッグトレーナーによる補足
福井大学の研究によると、幼少期に厳格な体罰を受けた人たちは、そうでない人たちに比べ、大脳の前頭前野の一部に萎縮が見られ、その他の脳の部位の正常な発育も阻害されることがわかったそうです。
犬の脳が萎縮するかはわかりませんが、少なくとも恐怖だけでは犬の心身にダメージを与えてしまうだけです。バランスよくしつけることが大切です。
野良犬に全く躾をせずに育てた実例
私は2年前、行政による野犬の一斉駆除が行われという情報が入り、何とか罪のない野良ちゃんを助けたいというボランティア活動をしている方から、1頭の犬を預かり育てています。家庭犬として人間との生活に慣らし、いずれ里親さんの元へ託したいと考えています。保護当時、推定1歳、多少は人間との接点はありましたが、産まれも育ちも野良の男の子です。
本来、里親さんへ託す犬には、ある程度の家庭犬としてのルールを教えます。
- トイレシートでの排泄練習
- リードを着けてお散歩の練習
- 呼び戻し
- ボディケアの練習
などですが、私のところに来たこの野良君は、完全に目の輝きを失い、怯え、体に触れさせてはくれますが、カチカチに固まってしまい、常に厳戒態勢でした。
最低限の医療ケアとボディケアを済ませ、私はこの子の自由にさせて育てることにしました。室内に設置したサークルの中に身を隠せる寝床を作り、生活の全てをそこで過ごさせるようにしました。ほんの一瞬でも隙があれば脱走を図り、リードを着ければ体は固まり、リードを持って歩こうとすればパニックをおこします。
とても散歩に連れ出せるような状態ではありませんでした。
本来の犬の習性と姿
野良で育った犬は、本来の習性による行動がみられることがあります。この犬は、限られたスペースの中で、自らトイレをする場所を決めました。サークル内にはトイレシートを敷き詰めて、どこで排泄をしても良いようにしました。
すると、いつも同じ場所で排泄し、鼻を使って上手にトイレシートを丸めて自分の排泄物を隠す行動をみせました。排泄したらすぐに取り換え、トイレシートの範囲を狭めていき、トイレトレーを設置すると完全にトイレはトレーかシートの上でだけするようになりました。
その後、サークルから室内フリーの生活になった今でも、室内に設置したトイレスペース以外で排泄してしまう失敗は一度もありません。
トイレトレーの場所が排泄場所として固定されるまでに要した日数は、保護してから7日です。何の躾も誘導もしませんでした。本人が選んだ場所に合わせて、清潔な環境を提供し続けただけです。
また、食事を与えるときのことです。保護してから数日は食事をとりませんでした。環境が変わり、緊張状態で睡眠もとれず、食欲が一気に落ちてしまったのでしょう。差し出した食事の臭いを嗅ぐ前に私の顔を見て、様子を伺うしぐさを見せていましたが、口をつけようとはしませんでした。
ですが、毎日食事を運び続けるうちに、私の手の臭いを確認し始め、食事をとるようになりました。このとき、私はただ「いい子だね」と声をかけて、食事を完食するとまた「いい子だね」と声をかけました。
あれ?と気が付いた方も多いと思いますが、この二つは子犬のときから家族に迎え入れたときと同じです。
食欲低下や緊張、トイレトレーニングなどは、はじめから「しっかり躾なければ」「しっかり食べさせなくちゃ」とあれやこれや手を尽くして、悩んでしまう飼い主さんがとても多いです。ですが、躾けしようと飼い主さんが行動を起こさなくても、犬が自ら考え、習性として現れる行動の中に大きなヒントがあります。
信頼関係は日常生活でつくられる
何の強制もせず、外出は家の庭だけという生活の中で、私とこの子は少しずつ距離を縮めていきました。干渉せず構わない。でも、近くに来てくれたときは静かに受け入れる。ただそれだけのことを繰り返して毎日を当たり前に過ごしてきました。
サークルを撤去し、寝床だけを部屋の隅に設置すると、遠くからいつも私の行動を見ていました。1か月、2か月と経過していくにつれ、毎日の同じ習慣を覚えて、「ごはんだよ」の声に尻尾を振って、いつも食事をする場所に行って座って待っている。
「寝るよ」の声に寝床へ行ったり、私のベッドの上へ先に行って、丸くなって寝ていたり、行動範囲が広がり、私の声に反応して行動するようになってから、次第に表情も明るくリラックスしている時間が長くなっていきました。
一番、驚いたのは、「待つ」という行動のときに、私の目をじっとみていることです。犬が注目をするのは、自分より優位の相手に対してです。指示を待ち、考え、次の行動をとるために準備をしています。そして、目を見つめるという人間とのアイコンタクトは教えなければ、どの犬も勝手にする行動ではありません。
私は日頃から、犬と目が合った瞬間に「なぁに?」「いい子ね」「お腹空いた?」などと声をかける癖があって、おそらくこの子は、目が合ったら私が何かを言うかもしれない、何の言葉なのかを聞き取ろうと、受け身の姿勢が自然と身に付いたのだと思います。
これは、「待て」や「お座り」で指示を出されるのを待つ躾をされた犬と同じ行動です。何一つ、この子に家のルールを強制していることはありませんし、一般的な躾やコマンドトレーニングをしたこともありません。
ですが現在、一緒に暮らして2年目のこの子は、
- 「ダメ」
- 「待っててね」
- 「よし」
- 「おいで」
- 「行くよ」
- 「行ってくるよ」
- 「お腹見せて」
- 「いい子ね」
- 「自分のお名前」
- 「おやすみ」
- 「ご飯」
- 「寝るよ」
- 「止まって」
などなど、たくさんの言葉を理解しています。
日常生活の中で、自然と言葉が出るタイミングは犬にとって、行動と言葉を結び付けて認識しやすいのかもしれません。ドアを開けようとするときに先に「待っててね」と声をかけて、座って待ったら「いい子ね」と声をかけてドアを出る。ドアの前では、座って待つことが習慣になりました。
行動を起こす前に声をかける→犬が考えて行動する→「いい子ね」と犬を認める。これは、一般的なトレーニングでも使われる方法ですが、日常生活の中ではそのたびにオヤツで褒めることもありません。ただ、犬の行動を尊重し、認めるだけです。
このように、トレーニングではなく、日常生活の中で自然な声かけと承認を繰り返しただけで、完全に心を閉ざし、怯えていた犬が今、落ち着いてそっと寄り添う素晴らしいパートナー犬に変わりました。
もちろん、全ての犬に当てはまるわけではなく、個々の性格や気質によって反応は違います。ですが、この子と暮らしてみて、これまでどれほど一方通行のトレーニングや指示をしていたのか気が付くことができました。犬の自らの行動を認めて、サポートして上手に飼い主が望む行動へと導いてあげることが、一番の近道だということにも気が付くきっかけになりました。
構いすぎ、神経質になり過ぎ、犬の習性や考えを尊重しない、推し付けの躾は考える力を奪い、混乱の原因になっているのだと思います。
まとめ
正しいしつけをしなければ、犬を適正飼育することはできません。躾の方法や考え方は、それぞれで完ぺきな100%の正解はありません。同じ方法でトレーニングをしたはずなのに、飼い主さんによって犬の反応が全く異なるからです。感覚で加減やタイミングを掴んで行う躾は、個々に違って当然です。
一方的に言うことを聞かせようと、強制を強めて厳しくしつける前に、まずは〝この子とただ暮らしていく″ということから始めてみる。
躾けるという視点が外れた感覚で愛犬に接してみると、実は犬との意思の疎通がよりスムーズになるかもしれません。そして、やはり声をかけることと心で思って接することは、しっかり犬に届くということを多くの方に伝えたいと思います。
話しかけるのではなく、「ただ声をかける」のです。
相手の反応や答えは求めなくても良いのです。
「大好きだよ」「可愛いね」「いい子ね」この言葉にのせる人間の気持ちは、無反応であっても、犬には届いていて信頼関係が作られていく上で、互いに良い影響があるのだと、実体験することができました。
多くの飼い主さんに、犬との接し方や躾について、「そういえばうちの子はどうなのかな?」と考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。
犬の「待て」のトレーニングのやり方!時期や教え方、上手くいかない原因と解決方法まで
しつけを愛犬と一緒に楽しく進められるサービス「こいぬすてっぷ」
愛犬と楽しく遊びながら、愛犬が理解しやすい方法でしつけができる「しつけ方ハンドブック」と厳選されたおもちゃや日用品などの「グッズ」が、かわいいお楽しみギフトボックスのように毎月送られてくるサービスをご存知ですか?
「こいぬすてっぷ」のしつけ方ハンドブックは、獣医行動診療科の認定医監修のオリジナル本。月齢ごとに必要な内容がわかりやすく書かれています。また、一緒に入っているおもちゃは、愛犬の月齢や犬種などを考慮して愛犬のために厳選されたもので、こちらも愛犬が毎回とっても喜ぶ!と大好評。
ちなみに、このサービスは子犬限定のものではないとのこと。しつけ方ハンドブックは成犬になってもさっと手に取って復習したり、トレーニングをやり直したりしやすいように考えられていますので、ご興味をお持ちの方はぜひ一度、問い合わせてみてはいかがでしょうか。
ユーザーのコメント
20代 男性 宇野直人
犬を飼う前に責任と覚悟を持って下さい、共に不幸にならないようにするには飼い主側に掛かっています!