犬の不整脈とは
犬の不整脈とは、心臓の拍動リズムが一定でなくなる状態を指します。健康な心臓は、規則正しい電気信号によって、全身に血液を送り出すポンプとして機能しています。
この電気信号を発生させたり、伝えたりするシステムに何らかの異常が生じると、脈が速くなったり、遅くなったり、あるいは不規則に飛んだりします。これが不整脈です。
全ての不整脈が直ちに危険というわけではありませんが、中には失神や突然死につながる重篤なものもあり、背後に心臓やその他の病気が隠れているサインである可能性も少なくありません。
不整脈の種類
不整脈は、脈の速さやリズムの乱れ方によって、大きく分けて3つのタイプに分類されます。
徐脈性不整脈
脈が正常よりも著しく遅くなるタイプの不整脈です。心臓の電気信号を作り出す部分の機能が低下する「洞不全症候群」や、心房から心室へ電気信号がうまく伝わらなくなる「房室ブロック」などがこれにあたります。
脈が遅すぎると、全身に必要な血液を十分に送り出せなくなり、元気消失や失神などの症状を引き起こすことがあります。
頻脈性不整脈
脈が正常よりも著しく速くなるタイプの不整脈です。心臓の上部にある心房が不規則に細かく震える「心房細動」や、心臓の下部にある心室から異常な電気が発生する「心室性頻拍」などがあります。
脈が速すぎると、心臓が空打ちの状態になってしまい、結果的に全身への血液供給量が減ってしまいます。特に心室性の頻脈は危険度が高いとされています。
期外収縮
本来のタイミングとは異なるタイミングで、心臓が予定外に早く収縮してしまう状態です。「脈が飛ぶ」と表現されることもあります。心房で起こるものを「心房性期外収縮」、心室で起こるものを「心室性期外収縮」と呼びます。
単発で起こる場合は症状が出ないことも多いですが、連続して発生すると、めまいや失神の原因となることがあります。
犬の不整脈の症状
- 疲れやすくなる
- 呼吸が速く苦しそうにする
- 突然失神する
不整脈の症状は、その種類や重症度、原因となっている病気によって様々です。全く症状を示さず、健康診断で偶然発見されるケースも少なくありません。
しかし、症状が現れる場合、疲れやすくなる、散歩や運動を嫌がるようになるといった活動性の低下がまず見られます。また、心臓の病気が原因の場合は、安静時に咳をする、呼吸が速く苦しそうにするなどの呼吸器症状が見られることもあります。
さらに重篤な不整脈では、脳への血流が一時的に不足することで、前触れなく突然倒れて意識を失う「失神」という発作を起こすことがあります。
犬の不整脈の原因
犬の不整脈は、心臓そのものに原因がある場合と、心臓以外の体の問題が原因で起こる場合があります。
最も多いのは、心臓の構造や機能に異常が生じる心臓病です。
例えば、「心臓の筋肉自体が弱くなる病気(心筋症)」「血液の逆流を防ぐ弁がうまく機能しなくなる病気(僧帽弁閉鎖不全症)」などが、心臓に負担をかけ、電気信号の伝達を乱す原因となります。
また、心臓の異常以外が原因の場合もあります。
例えば、「甲状腺ホルモンの異常」「電解質異常(特定のミネラルなどの電解質バランスの乱れ)」「中毒」「重度の感染症」「腫瘍」などが挙げられます。
これらの病気は全身の状態を悪化させ、二次的に心臓の働きに影響を及ぼして不整脈を引き起こすことがあります。
「不整脈」の症状がでる犬の病気
不整脈は単独で起こることもありますが、多くは何らかの病気の一症状として現れます。以下に、犬で不整脈を起こす可能性のある代表的な病気を紹介します。
僧帽弁閉鎖不全症
心臓の左心房と左心室の間にある僧帽弁がうまく閉じなくなり、血液が逆流してしまう病気です。特にキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルやチワワ、マルチーズといった高齢の小型犬に多く見られます。
血液の逆流により心臓に負担がかかり、心房が拡大することで、心房細動などの不整脈を誘発しやすくなります。
拡張型心筋症
心臓の筋肉(心筋)が薄く伸びてしまい、心臓の収縮力が低下する病気です。主にドーベルマンやグレート・デーンなどの大型犬や、アメリカン・コッカー・スパニエルによく見られます。心機能が低下することで、心室性頻拍などの致死的な不整脈を引き起こすリスクが高まります。
心臓腫瘍
心臓やその周辺に腫瘍ができると、腫瘍が電気信号の正常な伝達を物理的に妨げたり、心臓の組織を破壊したりすることで不整脈の原因となります。特に、血管肉腫という悪性腫瘍が右心房にできると、不整脈を起こしやすいことが知られています。
肺高血圧症
肺へ血液を送る血管(肺動脈)の血圧が異常に高くなる状態です。これにより、血液を肺に送り出す右心室に大きな負担がかかり、結果として不整脈を引き起こすことがあります。僧帽弁閉鎖不全症などが進行して二次的に起こることもあります。
不整脈源性右室心筋症
主に右心室の心筋が脂肪組織や線維組織に置き換わってしまう遺伝性の病気です。ボクサーに好発するため、「ボクサー心筋症」とも呼ばれます。この病気は重篤な心室性不整脈を引き起こし、失神や突然死の主な原因となります。
甲状腺機能低下症
体の代謝を調節する甲状腺ホルモンの分泌が不足する病気です。全身の代謝が低下することに伴い、心臓の働きも鈍くなり、脈が遅くなる徐脈性の不整脈が見られることがあります。
胃拡張・胃捻転症候群
主に胸の深い大型犬で起こりやすい、緊急性の高い病気です。胃がガスで膨れ上がり、さらに捻じれてしまうことで、全身の血行が著しく悪化します。この血流障害が心臓にダメージを与え、危険な心室性不整脈を頻発させることがあります。
膵炎
膵臓に強い炎症が起こる病気です。炎症によって放出される物質が全身に悪影響を及ぼし、心筋にダメージを与えて不整脈を誘発することがあります。
脾腫
脾臓にできた腫瘍(特に血管肉腫)や、捻転などが原因で、不整脈がみられることがあります。脾臓と心臓は直接つながっていませんが、その関連性は古くから知られており、特に心室性の不整脈が起こりやすいとされています。
敗血症・DIC
敗血症は、細菌感染などが原因で全身に強い炎症反応が起こる重篤な状態です。また、播種性血管内凝固症候群(DIC)は、全身の細かい血管内で血栓ができ、臓器不全を引き起こす病態です。これらは心臓を含む全身の臓器にダメージを与え、不整脈の原因となります。
中毒・薬の副作用
タマネギやチョコレート、特定の観葉植物など、犬にとって毒性のあるものを摂取してしまった場合や、治療のために使用している特定の薬の副作用として、不整脈が起こることがあります。
貧血(重度の場合)
体内に酸素を運ぶ赤血球が極端に減少する重度の貧血状態では、体は酸素不足を補おうとして心臓に大きな負担をかけます。その結果、心拍数が異常に増加する頻脈性の不整脈につながることがあります。
不整脈になりやすい犬種
特定の病気が原因で不整脈が起こりやすくなるため、結果として不整脈になりやすいとされる犬種が存在します。
しかし、あくまでもなりやすさであり、どんな犬種であっても不整脈を起こす可能性はあり得るため注意が必要です。
ウエスト・ハイランド・ホワイト・テリア
この犬種では、肺線維症という肺が硬くなる病気が見られることがあり、二次的に肺高血圧症や心臓への負担から不整脈につながることがあります。
ダックスフント
僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種の一つであり、加齢とともに心臓弁膜症から不整脈を発症するリスクがあります。
コッカー・スパニエル
アメリカン・コッカー・スパニエルやイングリッシュ・コッカー・スパニエルは、拡張型心筋症や僧帽弁閉鎖不全症のどちらも報告されており、それに伴う不整脈に注意が必要です。
ミニチュア・シュナウザー
洞不全症候群という、脈が極端に遅くなる徐脈性不整脈の好発犬種として知られています。失神などを起こすことがあります。
パグ
パグなどの短頭種は、その骨格構造から呼吸器に負担がかかりやすく、慢性的な低酸素状態が心臓に影響を与え、不整脈の一因となる可能性があります。
ラブラドール・レトリーバー
大型犬であり、加齢や肥満に伴う心臓への負担や、遺伝的に関与が示唆される心臓疾患から不整脈を発症することがあります。
その他の犬種
僧帽弁閉鎖不全症になりやすいキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、拡張型心筋症の代表的な犬種であるドーベルマン、不整脈源性右室心筋症が有名なボクサーなども、不整脈のリスクが高い犬種として挙げられます。
これらの犬種に不整脈が多い傾向があるのは、特定の心臓病やその他の疾患にかかりやすい遺伝的素因が背景にあるためです。小型犬では加齢に伴う弁膜症が、大型犬では心筋の病気が不整脈の主な原因となることが多いです。
犬の不整脈の検査方法
犬の不整脈が疑われる場合、まずは聴診器で心音や肺の音を確認し、リズムの乱れや雑音の有無を調べます。より正確に診断し、原因を特定するためには、いくつかの専門的な検査が必要となります。
最も重要な検査は、心臓の電気的な活動を波形として記録する心電図検査(ECG)です。この検査によって、不整脈の有無や種類を正確に診断することができます。また、病院での短い検査では見つからない不整脈を検出するために、24時間心電図を記録するホルター心電図検査を行うこともあります。
さらに、不整脈の原因となっている心臓の大きさや形、構造的な異常を調べるために、胸部レントゲン検査や心臓超音波検査(心エコー検査)が極めて重要です。心臓以外の原因を探るためには、全身の状態を評価する血液検査も行われます。
犬の不整脈の治療方法
不整脈の治療は、その種類、重症度、そして根本的な原因によって大きく異なります。
まず優先されるのは、不整脈を引き起こしている原因疾患(例えば僧帽弁閉鎖不全症や甲状腺機能低下症など)の治療です。原因疾患をコントロールすることで、不整脈が改善することもあります。
それと並行して、あるいは不整脈そのものが危険な場合には、不整脈を直接抑えるための治療が行われます。
一般的な治療は、心臓のリズムを整えるための抗不整脈薬の内服です。頻脈性か徐脈性か、あるいは期外収縮の種類によって、使用される薬は異なります。
重度の徐脈性不整脈で、薬物治療の効果が乏しく失神を繰り返すような場合には、人の医療と同様に、心臓に電気刺激を送って正常なリズムを維持するペースメーカーの植え込み手術が適応となることもあります。
犬の不整脈の予防法
不整脈の発生を完全に予防することは困難ですが、そのリスクを低減し、早期発見につなげるための方法はあります。
最も重要なのは、定期的な健康診断です。特にシニア期(7歳以上)に入った犬や、不整脈の好発犬種では、年に1〜2回の健康診断で聴診や必要な検査を受けることが、症状のない段階での早期発見に繋がります。
また、肥満は心臓に大きな負担をかけるため、適切な食事管理と適度な運動による体重コントロールは、心臓の健康を維持する上で非常に重要です。さらに、歯周病菌が血液を介して心臓に悪影響を及ぼすことも知られているため、日頃からのデンタルケアも心臓病予防の一環と言えます。
ご家庭では、愛犬の普段の呼吸数や活動レベル、食欲などを観察し、些細な変化に気づくことが、病気の早期発見の第一歩となります。
まとめ
犬の不整脈は、心臓からの重要なサインです。その背景には、加齢に伴うものから、遺伝的な心臓病、さらには心臓以外の全身の病気まで、様々な原因が隠れている可能性があります。
症状がはっきりと現れる場合もあれば、全く無症状で進行することもあります。だからこそ、定期的な健康診断によるチェックが極めて重要になります。
もし、愛犬に疲れやすい、咳をする、失神するなどの気になる変化が見られた場合はもちろん、特に症状がなくてもシニア期を迎えた場合や好発犬種を飼育している場合は、自己判断せずに、まずはかかりつけの動物病院に相談してください。
早期に原因を特定し、適切な治療や管理を始めることが、愛犬の健康と穏やかな毎日を守るために最も大切なことです。