はじまり
秋の気配が迫ってきた10月のある日。夕方、事務所に戻ってコーヒーを飲みながら一息ついている時でした。
ポーン♪ 「うん?メール?♪」
いつも事務所に戻ってから僕宛のメールチェックをしようとした矢先、ある一文が一番に目に飛び込んで来ました。
今回は原文のままご紹介しましょう。
1歳7ヵ月の柴犬オスを飼っておりますが、1歳辺りから分離不安からか出かける家族に対して威嚇、本気咬みが起こり長男、嫁、私と順に咬まれて流血しました。
環境としましては、生後1ヵ月半で迎え入れワクチン摂取が完了する4ヶ月まで玄関先程度の外出しか経験させず、他人との接触もさせなかった為、社会化が出来なかったこと、甘やかしが大きな原因かと思います。
今一番困っているのが散歩に行こうとすると、飛びかかって来て本気で咬みついて来るので散歩に連れて行けないことです。7月からです。
最初は散歩から帰宅し、家に入ると唸る状態だったのが、次第に家の前まで帰って来ると飛びかかって本気咬みするようになり、ついにはリードはつなげるものの即、飛びかかって本気咬みしてくるようになってしまいました。
時間を空ければおさまるかと思い、3ヶ月間様子を伺って何度かチャレンジしましたがダメでした。このままでは散歩はもとより、何かあった時に病院さえも行けない状態です。家族全員が犬のことが大好きです。しかし、咬まれた恐怖心が拭い切れずびびってしまっているのが現実です。
情けない飼主で犬に申し訳ないと思っております。元々、散歩が大好きな犬でした。また一緒に歩けるようになりたい。助けていただきたくメールさせていただきました。
「うーん…。本気咬み…。芝犬…。かなり深刻そうだな。…。飼い主さんの恐怖心は深そうだし犬も心配だ。これは緊急だよな。」
文面から飼い主さんの気持ちがグサグサ突き刺さりますよね。
「こりゃ早急にお伺いしないとな」
読み終えた後、すぐに返信させて頂きました。
僕は日頃からレッドゾーン犬のご依頼が多いです。Y氏もわんちゃんホンポさんの僕の記事を読んで、ご依頼下さったようです。本気咬み行動は飼い主さんのお悩みの中でも最上級ではないかと僕は考えます。
一番に恐怖心。飼い主さんがこれに支配されてしまうとまず犬に近付けなくなりますよね。接近する時、例えば餌をあげる時なんかは心臓バクバク、緊張感が半端なくそのエネルギーが犬に伝わってしまいます。
これでは互いの関係は改善されるはずもありません。一緒に暮らすことが苦痛にさえなってくるんですね。そして万が一、他人に危害が及んだ場合は最悪手放すとか取り返しのつかない結果になってしまいますよね。
でも幸い僕にメールが来たということは、まだ愛犬をなんとかしたいお気持ちがあるのだと少し安心しましたね。こういう案件はこーだからこーなんですねぇ〜とは軽率に言えない部分が多過ぎるんですよ。この目で確認しないとね。なかなか根が深いんです…。
想いを知るカウンセリングの大切さ
基本的に直接飼い主さんとお会いして、お人柄、性格などを観察し、次に愛犬の行動やエネルギーを見せてもらって、そうなったきっかけや事情を深くお聞きし、原因究明していかないといけないんですね。
レッドゾーン犬の場合、危険を伴うことにもなるので、僕もいつもより気合いが入ります。そして逆に度合いが高いほど気持ちがスーッと冷静になります。この仕事、不可抗力の場合やちょっと気が緩むと事故も起こりますし、それをこの目で見てきました。
自慢じゃありませんが、僕も数え切れないくらい咬まれてきましたからね。まぁ実際に今回もちょいとあったんですがそれは次章で。
今までドッグレスキューシリーズを書かせてもらってきましたが、皆それぞれどうしてそうなったのかという原因がありました。
今回の子は芝犬男子のジロー。とても勇敢で精悍で、アルファ気質のナイスガイです。
「ジローももがき苦しんでいることだろうなぁ」
訪問する日が待ち遠しかったのを今でもはっきり覚えています。
そして当日。
いよいよ対面できる日が来ました。
僕は現場に着くまでにこーしようあーしようとプランを考えないタイプなんですね。ストーリーを考えても、現場ではその通りにいかないので必要無いんですよ。
ただ、イメージはします。犬と楽しく仲良くしているイメージです。そして冷静に集中力を高めるんです。これは僕の昔からのルーティーンで約束時間の30分前には現場付近のコンビニに立ち寄り、時間ギリギリまで車内でコーヒーを飲みながらイメトレと精神統一をするんです(笑)
日常、僕だって人間ですからいろいろ情緒が乱れていたりします。
でも犬と初見の時は必ずエネルギーをナチュラルにニュートラル状態にして対面したいというのが身体に染み付いているんですよ。それぐらい犬との所見て重要なんですよ。
犬と会った瞬間にトレーニングできるかできないかが決まると言っても過言ではありませんよ。
それほど犬の洞察力は優れているということですよね。よく愛犬家の方に「怖くないですか?」と聞かれますが、そりゃ怖いですよ(笑) めちゃくちゃ怖いです。
でも、犬に穏やかに過ごして欲しいという気持ちの方が強いです。だから立ち向かえるんでしょうね(笑)
まずご自宅近辺から始まってるんですよ。向かう途中で吠えてないか?ってね。
で、予想通り遠くから犬の吠えが聞こえました。
「ワン!」「ワン!」「ワン!」
ほぼ決まった間隔で単発吠えです。
(ん?この子か?…)
吠えがだんだん近づいて来ます。
(やっぱりね〜。でもこれは暇吠えに近いな。悪意は無い…)
やがて門の前へ。
ピンポーン♪
「はい。」
「おはようございます!わんぱぱです!」
「はーい!少々お待ち下さ〜い」
(奥さんの声は元気そうだな)
ガチャッ
「どうもありがとうございます!どうぞお入り下さい!」
「ありがとうございます。初めまして♪失礼します!」
ご夫婦でお出迎え下さって、思ったより明るい笑顔でした。玄関から居間に向かって歩きながら深呼吸一回。
「早速ですが、愛犬はそちらですね?」
「はい、外のウッドデッキです」
レースのカーテン越しに犬がけたたましく吠えながら、時に牙を見せつけながら、こちらを睨みつけています。
さぁ、ジローとの対峙です…。
来週へつづく…。