保護施設の犬猫を守るための獣医学、シェルターメディスン
シェルターメディスンまたはシェルター獣医学という言葉をお聞きになったことはあるでしょうか?
あまり耳慣れない言葉なのですが、アメリカでは保護施設で暮らす犬や猫その他の動物の心と体を守るための専門の獣医学として、多くの保護施設で取り入れられています。
シェルター獣医学はペットのための獣医学とは違うもの?
多くの犬や猫が集団生活をしているアニマルシェルターは、ペットが暮らしている一般家庭とは全く違う環境です。ストレスなどから体力が落ちている動物もたくさんいます。そのような環境の中では、感染症の予防や治療、ストレスのコントロールに対して普通のペットの医療とは違う取り組み方が必要になります。
またシェルターという特殊な環境の中では、動物の行動学の深い知識も問題行動の予防や改善のために必要です。
このようにシェルターの動物に特化した獣医学がシェルターメディスンです。
医療面だけではないシェルター獣医学の守備範囲
アニマルシェルターの役割とは、保護されている動物たちをできるだけ殺処分せずに新しい家族のもとへと送り出すことでもあります。科学的な根拠のあるシェルター獣医学によって可能な限りストレスを緩和し、身体の健康を保つことは、動物の問題行動を減らすことにもつながります。これは譲渡率のアップのための大切なポイントです。
また保護されている犬や猫と新しい飼い主のより良いマッチングのためのプログラムの導入、自然災害等緊急時の動物の管理の仕方、シェルターにおける動物福祉など、シェルター獣医学の守備範囲はとても広いものです。
具体的には、犬や猫の譲渡の基準を例に取ると、画一的に家族構成や年齢だけで断ってしまうのではなく、飼い主候補とカウンセリングをして、きちんと個性を把握されている収容動物の中から、最適なマッチングを行うという活動はシェルター獣医学がベースになって成立します。譲渡カウンセリングのノウハウ、収容動物の心身両方の個性や特徴の把握、マッチングのための統計的な根拠や動物福祉の観点などです。
日本におけるシェルター獣医学
残念ながら、今のところ日本の自治体の愛護センターや民間の保護団体の施設で、アメリカのようなシェルター獣医学が取り入れられている例はほとんどありません。
けれども日本の愛護センターなどでも、シェルター獣医学を取り入れる準備を始めるところも出て来ています。一般向けの講習会などでも、シェルターメディスンとタイトルの付いたものを見る機会が増えてきたなと感じています。
アメリカで研究されたシェルター獣医学の良いところを取り入れ、日本独自の視点も盛り込んでいくことで、幸せな保護動物が増えていって欲しいものだと思います。
まとめ
動物保護施設などで暮らす犬や猫の心と身体の健康を守るための獣医学であるシェルター獣医学。ストレス緩和や感染症管理など一般のペットの獣医学とは違う取り組みが求められるものです。医療面だけでなく、保護動物の譲渡率アップのためのアプローチもシェルター獣医学の範囲です。
日本ではまだなじみの薄い分野ですが、取り入れるための準備は始まっています。
動物保護とか動物福祉と言うと、理論よりも感情優先というイメージが付きまといます。けれども保護されている犬や猫が本当に幸せになるためには、そんなイメージとは全く反対に位置するシェルター獣医学が不可欠です。動物福祉とは動物の行動や特性の科学的なリサーチに基づいて定義されなくてはなりません。そして、それは獣医師だけでなく保護施設の職員やボランティアまで教育されることが大切です。
そして犬や猫を愛する一般の人もシェルター獣医学というものの存在を知ることで、動物保護の本来の意味が広がっていくのではないかと思います。