狂犬病の死亡事例
日本での発症は、海外渡航中の感染で近年で3例
日本では1956年以降、狂犬病の国内での感染・発症が報告されていませんが、1970年にネパールを旅行中の学生が犬に咬まれ、帰国後発症し、亡くなった例と、2006年にフィリピン渡航中に犬に咬まれて帰国後に狂犬病を発症し、死亡した下記の2例があります。
海外渡航中の感染で死亡した事例①
2006年11月、京都市の男性が狂犬病を発症して死亡しました。
男性は2006年8月末にフィリピン渡航中に犬に手を咬まれました。
日本へ帰国した後、11月9日に風邪のような症状で病院を受診。しばらくすると、水が飲みにくい、風が不快といったなどの症状で別の病院を受診します。脱水症状があったため点滴を受けて帰宅しますが、翌日幻覚症状を訴えて再度病院へ。その際に、水を飲もうとすると痙攣が起こる「恐水症状」や、風に怯える「恐風症状」が確認されて入院となります。遺伝子検査により狂犬病ウイルス遺伝子が検出され、症状と合わせて担当医師より狂犬病との診断が下りますが、その翌日11月17日に死亡しました。
犬に咬まれてからおよそ3カ月、発症から約1週間で亡くなっています。
海外渡航中の感染で死亡した事例②
こちらも2006年に狂犬病を発症し、死亡した事例になります。
2006年12月に、横浜市の男性が狂犬病により死亡しました。
男性は同年8月中旬に滞在中のフィリピンで犬に手を咬まれています。
帰国後の11月15日に風邪のような症状と右肩の痛みが発現し、病院を受診。点滴と血液検査を受けて帰宅しますが、夕方薬を服用しようとしたところ飲水困難となり、夜には呼吸困難を示し翌日再度病院を受診。興奮状態、恐風症状、恐水症状を呈していたことから、狂犬病の疑いがあるとして他病院に転院しますが、改善せず11月22日には人工呼吸器が必要となります。
事例①と同様に国立感染症研究所において、病原体の遺伝子検出が行われた結果、狂犬病ウイルスが検出されました。
男性は12月7日に死亡しています。
感染から3カ月半、発症から約3週間でした。
狂犬病予防の重要性を考える
狂犬病は死に至る恐ろしい感染症
狂犬病は、発症してしまうとほぼ100%の確率で死に至るウイルス感染症です。狂犬病ウイルスに感染している動物に咬まれた場合には、すぐに傷口を洗浄してワクチンを打ち(暴露後ワクチン接種)、その後も間隔を空けて5~6回ワクチンを接種することで発症を防ぐことができますが、発症してしまうと治療法がありません。痙攣や呼吸困難を起こして死に至る恐ろしい感染症です。
狂犬病ウイルスは、ウイルスを持っているペットや野生動物より感染します。咬まれることによって感染することがほとんどですが、引っ掻かれたり、傷口を舐められるなど、他の方法でも動物の唾液から人間に感染することがあります。
狂犬病は世界で毎年5万人以上が命を落としており、うち3万人超はアジアで発症しています。現在でも、人畜共通感染症としては最も死亡例を出し続けている恐ろしい病気です。
狂犬病の症状
ウイルスの潜伏期間は平均的には1カ月から3カ月と言われています。しかし狂犬病ウイルスの侵入経路と量などによっては1週間未満から1年以上、時には7年といったケースもあります。
狂犬病ウイルスを持つ動物に咬まれた場合の初期症状は、咬まれたことによる発熱や傷の痛み、咬傷部の灼熱感が挙げられます。その後時間をかけてウイルスが中枢神経に広がるにつれ、脳や脊髄に致命的な炎症を起こしていきます。
狂犬病の病型は2つ、狂躁型と麻痺型があります。
狂躁型では、発症すると物事に過敏になって興奮状態となり(動物ではあらゆる物に噛みつく、という症状になります)、恐水症状や恐風症状が現れ、その後全身麻痺が起こり、最後は昏睡状態となって死亡します。
狂犬病全体の約2~3割を占める麻痺型では、麻痺が発症当初から認められ、昏睡状態が進行していって死に至ります。
発症前に狂犬病の感染を診断できる検査方法はなく、恐水症状や恐風症状などの狂犬病特有の症状が出るまでは、臨床診断が困難です。
狂犬病、日本ではもう安心?
日本では1956年に人が、1957年に猫が狂犬病を発症して以来、狂犬病の発症は報告されていません。50年以上国内での発症例がないことから、島国である日本では狂犬病ウイルスはなくなったと考えている人が少なからずいるようです。
しかし、日本と同じように50年以上狂犬病の発生報告がなかった台湾では、2013年7月に政府による野生動物調査で狂犬病ウイルスが検出されたイタチアナグマが3頭いることが報告されました。翌2014年には台湾国内の広い地域で、イタチアナグマ389頭、ジャコウネズミ1頭、犬1頭に狂犬病の発症が確認されています。ウイルスの遺伝情報から、それらの狂犬病ウイルスは百年以上も前から台湾の動物間で維持されてきたものだということも分かっています。
日本では1950年に狂犬病予防法が制定され、飼い犬の登録と狂犬病予防注射の接種が義務化されています。
しかし、狂犬病予防接種率は低迷を続けているという報告があります。自治体によっては6割を下回る接種率のところも。自治体への飼い犬登録をしていない人を考慮すると、実態は4割を切るという見方もあります。
WHO(世界保健機関)は、7割以上の予防接種を狂犬病蔓延防止の目安としています。7割以上のワクチン接種がなければ、集団として予防効果が不十分ということです。
2006年にフィリピンで犬に咬まれて、帰国後に狂犬病を発症して死亡した輸入感染事例があることから、日本へいつウイルスが持ち込まれるかわからない状況です。感染した人から人への感染はありませんが、ウイルスを持ち込んだ動物が人間以外だった場合ウイルスが日本国内に広まる可能性は否定できません。
愛犬を守るため、家族を守るため、地域を守るため、狂犬病予防接種の重要性を今一度考えてみてください。
狂犬病に感染しないために
日本では現在は発生のない狂犬病ですが、海外、ことアジア・アフリカなどでは今でも猛威を奮っています。
海外では、野良犬、野生動物などには手を出さないようにしましょう。
また特に狂犬病が多く発生している地域では、飼い犬でもウイルス保持犬ではないと言い切れません。念のため、撫でたい気持ちをグッと抑えてください。
狂犬病を発症している犬は、攻撃的になる「狂操型」が約8割、元気がなくぐったりしている「沈鬱型」が約2割と言われています。
よだれを大量に垂らし、独特の行動が見られることも多いので、ちょっと変だなと思う動物には決して近づかないでください。
また狂犬病ウイルスが体内に入って感染したとしても、必ず発症するとは限りません。発症率は32%~64%と言われており、傷の大きさや、感染したウイルス量によっても変わるといわれています。旅先で犬に咬まれてもパニックにならずに、急いで傷口を洗浄して現地の医療機関に行きましょう。
狂犬病が蔓延している地域に長期で滞在予定のある方は、事前にワクチン接種を受けることをおすすめします。
感染源は犬だけじゃない
狂犬病はその名称から犬が保ウイルス動物のように思われがちですが、犬以外の動物から感染する可能性もあります。
感染源になる主な動物は、犬・猫・キツネ・アライグマ・スカンク・コウモリ等です。
アメリカでは、アライグマやスカンク、コウモリが主な感染源だと言われています。発展途上国での人間の狂犬病の主な感染源は犬です。
人から人への感染はありません。臓器移植で感染が認められたという事例がアメリカでありますが、非常にまれなケースと考えられ、輸血での感染は報告されていません。
まとめ
狂犬病はとても恐ろしいですが、ワクチンで予防できる感染症です。
日本での発症事例が長らくないことから、楽観的に見られがちですが、どこからか持ち込まれたり、野生動物との接触などで、いつどこから発生するかわかりません。
ワクチン接種には犬の体質によっては副作用が伴うため、賛否が問われることが多々ありますが、副作用が心配な飼い主さんは動物病院で獣医の指導の元、ワクチン接種を行ってください。
出典:厚生労働省 狂犬病
出典:日本獣医学会 狂犬病
出典:井上 智, 費 昌勇 (2014) 「台湾における狂犬病の疫学と我が国における診断能力向上の取り組み」『獣医疫学雑誌』1. p.11-17.
毎年の狂犬病ワクチンの接種が様々な点から批判を浴びることもありますが、この記事の通り、全ての哺乳類が感染しうること、ワクチン接種が予防に有効なこと、発症した場合に治療法がなく死亡率がほぼ100%の病気であること、人や動物が世界中で移動している時代であることを考えると、飼い犬のワクチン接種は現代の日本でも非常に重要と考えられます。
記事中でも説明されている通り、ある地域の感染しうる動物の70%以上が免疫を持っていないと狂犬病の流行は防げないとされていますが、実際のワクチン接種率はそれを大きく下回ると推計されています。日本を狂犬病から守り続けるには、飼い犬の登録を含めて犬を飼う方の意識の向上が求められています。
2013年の台湾での事例は、政府による狂犬病調査によってイタチアナグマでの感染が明らかとなったものであり、日本もこの事例を受けて「狂犬病の発生がない状況」での狂犬病調査を目的とした「動物の狂犬病調査ガイドライン」をまとめています。