「これって"イボ"ですか?」
皮膚にできる腫瘤、いわゆる「できもの」は飼い主様でも簡単に発見できる異常であり、診察でも多く相談を受けるものです。その際に多くの飼い主様からこのような問いをいただきます。
しかし残念ながら、「イボ」という正式名称のできものはありません。飼い主様の多くは、「腫瘍」=悪いもの、「イボ」=放っておいても良いものという印象を持たれているかと思います。
しかし悪性の腫瘍でなくとも、放っていくと大きくなっていってしまうものや表面が自壊して出血や炎症を繰り返すものもあります。検査をし、経過を観察することが大事になってきます。
また、多くのできものを診察してきた獣医さんではできものの見た目だけで大体これは、と診断されることもあります。その際に、「これはいわゆる”イボ”ですね。」と言われることもあると思います。
しかし、確実に診断するためには組織や細胞を検査することが必要であり、外見だけでは判断できないのが本当のところです。
「腫瘍」と「過形成」の違い
腫瘍
腫瘍とは、細胞自体が勝手に増殖を繰り返して増えていくものを言います。病的な変化であり、放っておいても基本的に元の正常な状態に戻ることはありません。細胞自体の作りも異常である場合があります。
腫瘍には「良性腫瘍」と「悪性腫瘍」があり、また病理検査などでは「低悪性度腫瘍」などと分類されるものもあります。
良性腫瘍は基本的には周りの組織を破壊することなく、増殖していくものです。増殖スピードに差はありますが、増殖することには変わりありませんので、放っておくと生活に支障をきたすほど大きくなってしまうこともあります。
悪性腫瘍は良性腫瘍とは違い、周りの組織を破壊しながら大きくなっていきます。また、悪性度の高いものほど原発の組織から離れて、「転移」をする可能性があります。低悪性度腫瘍と分類される中には、転移の可能性は低いけれどその部分での再発の可能性があるというものもあります。
悪性腫瘍の場合には、転移や再発の可能性を考えながら、経過を観察していく必要があります。
過形成
過形成とは、ホルモンや炎症などの外的刺激によって正常な組織が通常よりも増えてしまうことを言います。一般的には炎症やホルモンの影響がなくなると、元の状態に戻ることが可能です。
「脂の塊ですね、と言われたんですが・・・」
転院されてきた方に「このできものは何だと診断されましたか?」と質問するとたまに返ってくるお答えです。
さて、こういった場合多くは「脂肪腫」を指しているのですが明らかに見た目が違うと感じる場合もあります。
ここで挙げる「脂」をイメージする腫瘍や過形成は、多くの場合は院内での細胞診や、外見だけでの判断で経過を観察しましょうと言われるものが多いので、病理検査の正式書類が出されることが少なく、混同しがちです。
脂肪腫
良性腫瘍の一つであり、中高齢の犬に多く認められるものです。正確には皮膚の下の「軟部組織」にできる腫瘍です。
良性の腫瘍で増殖スピードは遅い方ですが、それでも段々と大きくなり場合によっては、歩くことに支障をきたすような大きさまで成長することがあります。
遺伝的、体質的にできやすいワンちゃんがおり再発や多発を繰り返すことがあります。また、稀に「脂肪肉腫」といって悪性腫瘍に変異する場合や周りの組織に浸潤するような挙動をとる場合もあります。
皮脂腺腫瘍、皮脂腺過形成
高齢の犬に多く認められる、良性の皮膚腫瘍や過形成です。頭部や体幹部に出来ることが多く、コッカースパニエルなどに好発します。
皮脂腺上皮腫、皮脂腺腫など細かく分類されて入り、増大傾向を示すものや表皮に潰瘍を作り出血・炎症を伴うものもあります。
基本的に良性の腫瘍で転移はしませんが、眼瞼などで出血を繰り返すなど生活のクオリティを下げるおそれはあります。
皮内角化上皮腫
名前からはあまり「脂」をイメージしませんが皮内角化上皮腫は、中にケラチンを含んでおり破裂したり絞り出したりすると、白~灰褐色の内容物を認めます。
その状態が「脂」に似ているため、「脂の入ったできもの」という印象を持たれる方もいます。皮内角化上皮腫は良性の腫瘍ですが、増大や破裂を繰り返すことがあります。
肥満細胞種
さて、一番ヒヤっとするのがこの腫瘍です。犬では悪性腫瘍に分類されます。皮膚にできることもありますが、肝臓や脾臓が原発の場合もあります。
また、悪性腫瘍なので転移の可能性があります。病院内で針を刺して、細胞を調べることでもこの腫瘍は検出できますが皮膚に出来た肥満細胞種は、外見だけでは他の腫瘍との鑑別がつきづらいことがあります。「肥満細胞」という言葉がどうしても「脂肪」と結びついてしまうため
混同されてしまうことが多いですがしっかり注意して治療に当たらないといけませんので、気を付けましょう。
できものができたら、どうしたら良い?
まずはかかりつけの動物病院で診察を受けましょう。できものは「いつから出来たのか(いつ気付いたのか)」「見た目に変化はあるか」「ワンちゃんは気にしているか」「大きさはどうなっているか」などが問診でも重要な項目になってきますのできちんと記録を付けておくのが良いでしょう。
できものに針を刺して細胞を採取することで診断ができる場合もありますが炎症を伴う場合は炎症細胞ばかりが採取されてしまうこともあります。
また、細胞だけでは確定診断が付かず、組織検査を勧められる場合もあります。組織検査は鎮静や麻酔をかけての処置となることがありますのでかかりつけの獣医さんとよく相談しながら、検査や治療を進めていきましょう。同じような見た目だから、同じものだという証拠はどこにもありません。
多く存在する「イボ」の一つが悪性腫瘍だった、という場合もあるので経過をしっかりと観察していくことが大切です。