その日は、否応なくやって来る。
あの子は、生まれつき不整脈がひどく、普段は元気一杯に振る舞っていても、運動後には息が上がり、体温調節も苦手で、暑さにはめっぽう弱い子でした。
晩年、様々な症状に苦しめられた彼は、約1年前に、12歳半で私達家族の元から旅立ちました。
十数年前の春、可愛いヨークシャテリアの男の子をペットショップで見付けて、抱っこさせてもらった時、
「お姉ちゃんと帰る?」
の問いかけに、その子は私の肩に手をかけて、頬をペロペロ舐めて応えてくれました。
新しい家族を迎えて、喜んだのもつかの間、彼の心音が普通でない事に気が付いたのは、自宅に連れ帰って間もなくでした。
ペットショップにクレームを言う事も出来ましたが、私は、その子との巡り合わせを、甘んじて受け止める事にしたのです。
それと同時に、他の病気が発症した時にどこまでの治療を受けさせるかという事も、常に考えてきました。
獣医さんに相談すると、この子の場合、物理的にも心理的にも、極力のストレスを避けて、無理な延命治療を施すよりは、命のあるままに愛情を注いであげる事が、一番の「薬」となるとの判断でした。「麻酔や手術など体に負担をかけることは避けた方がいいのでは」と、私も同じ考えでした。
もしかすると、明日の朝、目覚めないかも。。。
そんな飼い主の不安を余所に、彼は9歳まで普通のお家のワンちゃんとほとんど変わらない程、元気に過ごしていました。
間もなく10歳を迎えるという冬のある日。
彼は、自力で立ち上がる事が出来なくなっていました。
獣医さんに診て頂いたところ、『脳梗塞』でした。
積極的な治療は行わず、自宅で安静に。
一週間を狭いクレートの中で過ごした後、立ち上がれる様になりましたが、その後も、軽い脳梗塞を何度も発症していました。
この頃から私は、彼との別れが確実に迫っている事を、意識していました。
12歳を過ぎた夏。
彼は急激にやせ細り...一気に体力も落ちてしまい、ご飯も食べなくなりました。
私達は、最後の決断をしなければなりませんでした。
答えは「自宅で家族と共に過ごさせ、最後を家族で看取る」というものでした。
例えどんな姿になっても、彼に家族の体温を感じさせてあげることが、私達が最後に彼に与えてあげられる愛情だと判断したからです。
それから約2週間の間に、少し持ち直して流動食を食べられる日もありましたが、その間に失明し、耳も聴こえなくなっていました。
それでも、フラフラの足取りで慣れた部屋の中を歩き回る様子を、私は、一喜一憂しながら見守ることしかできませんでした。
朝も晩もなく彼に寄り添い、お水を口元に運び、顔や体を拭いてあげると、嬉しそうに頭を持ち上げて尻尾を僅かに揺らしていました。
彼のやつれた姿を見ているのは、胸を締め付けられる思いでしたが、何もできなくなった彼のお世話をさせてもらえることは、彼に私の気持ちを伝える最後の手段でしたから、全く苦にはなりませんでした。
そんなおり、無情にもその時は訪れてしまいました。
いつものように、あちこちにぶつかりながらも部屋を歩き回る彼に目をやりながら、パソコンを触っていた私の横で、不意に「キャンッ!!」という声。すぐにそちらに目をやると...
今まで歩き回っていた彼が、カーペットの上で横になって倒れていました。
別室にいた主人を大声で呼び、苦しそうに呼吸しようとする彼の胸に手を当てると...心停止でした。
彼の身体に触れながら、
「大丈夫だよ!父ちゃんも母ちゃんも、傍にいるから!...もう、ねんねしていいよ。」
「よく頑張ったね!ありがとね!」
何度も何度も彼に声を掛け続けました。
かなり以前から覚悟していた事とは言え、最愛の愛犬を目の前で亡くしたショックは大きく、
彼を送った翌日から、私は事あるごとに泣いて過ごしました。
そして、思い出されるのはいつも決まって、あの子の苦しむ姿。
「私は、あの子に何もしてあげられなかった。」
「苦しむあの子を助けてあげられなかった。」
「もっともっと、元気なうちに好きな物を食べさせてあげれば良かった。」
「私は、飼い主失格だ...。」
数え切れないほどの後悔の念ばかりが頭を巡っては、また涙がこぼれる毎日の繰り返しでした。
ペットロスを克服するきっかけとなった不思議な出来事。
そんな出口の見えない毎日を送っていたある日の晩のこと...。
あの子を亡くしてから初めて、あの子が夢に現れました。
それは、あの子が若くて元気だった頃の姿。
艶のある毛並みをなびかせて、短い尻尾をピンと立てらせ、きらきらと瞳を輝かせて、
満面の笑みを浮かべてコチラを見ていました。
「小太朗!」
私は、亡くなったはずのあの子が、元気な姿で私の元へ帰ってきてくれたのだと、嬉しくなり、大声で彼の名を呼びました。
すると彼は、クルリと私に背中を向けて、オスワリをしたのです。
もう一度呼んでみましたが、今度は、顔だけコチラを振り返って尻尾を振っています。
何度か呼びましたが、しまいには振り返る事もしなくなり、軽やかな足取りで離れて行き、遠くの方でコチラを見ながら尻尾を振っているだけでした。
一瞬、何とも言えず寂しい気持ちになりましたが、不思議と安堵感が湧いてきたのです。
それが夢の中の出来事であの子はもういないと分かりつつ、二度と目覚めることはない、在りし日の彼の事を思い出していました。
ペットショップで出会った日のこと。
寂しがり屋で、お風呂の中までついて来て私を待っていたこと。
二人でよくドライブしたこと。
水遊びが大好きだったこと。
後から飼ったフェレットと大の仲良しだったこと。
魚のお刺身が大好きだったこと。
後輩犬を迎えた時、迷惑そうにしたけど、よく面倒を見てくれたこと。
あとから、あとから、あの子との思い出が蘇ってきますが、思い出されるのは全て、あの子との楽しい記憶ばかりでした。
涙が流れる感触で目を覚ました私は、ハッと気が付いたのです。
あの子は、自分が晩年病気で苦しむ姿を思い出しては涙にくれる私に、
「幸せだった時の事だけ思い出してよ!」
「ボクは傍には居ないけど、ずーっと母ちゃんのこと見てるからね!」
「ボクは、”永遠に元気な姿”を手に入れたから、もう心配しないで♪」
「今は、ちっとも苦しくないんだよ♪」
きっと、私にそう伝えに来たのだと思うのです。
それ以来、あの子がいなくなった心の穴は徐々にふさがり、不意に後悔の念にかられることも、ほとんど無くなりました。
こうして私は、思わぬ事がきっかけで、心の持ち方を変え、ペットロスを克服することが出来たのです。
まとめ
あの子を亡くして、もうすぐ1年になりますが、最愛のペットの死は、私に多くの物を残してくれました。
大切な家族の死を悼まない人なんていません。ペットロスは、心の弱い人だけが陥る、特別な事ではないのです。そして、それを克服する糸口は、あなたの心の中にもきっと見つかるはずです。
あなたの「あの子」も、悲しみに暮れる大切な人を見て、心配しているに違いありません。私は、私の記憶の中の「あの子」に笑顔でいてもらいたいから、これからも「あの子」との「幸せだった日々」を、家族と共に振り返る事でしょう。