保健所へ持ち込み寸前の出会い
わたしの友人で長く保護犬の里親さんをしている方がいます。彼が引き取る犬は老犬や障害、問題行動がある犬ばかりでした。保護犬の中でも里親さんが見つかりづらい「ハンデ」がある犬たちを彼はいつも選びます。
彼の家族になって間もないうちに、その生涯を終える子も何頭かいましたが、いずれも献身的な彼の温かさに、穏やかに元保護犬たちの時間は流れていました。
さくらとの出会いは、数日前に亡くなった愛犬のことを、お世話になっている小さな動物病院に報告に行った時でした。
診察中だった先生を待合室で待っていると、パーテンションで区切られただけの診察室から、先生と飼い主さんの会話が聞こえてきました。
飼いきれないから保健所へ
診察室では、交通事故にあってしまった犬の飼い主さんが獣医師からわんちゃんの状態や今後に関する説明を受けている所でした。
高額になる治療費のこと、その後の後遺症が残る可能性が高い、という内容でした。
そして、獣医師に説明を受けた飼い主さんから出てきた答えは、
「治療はしなくて良いので処分してもらえますか?」
という、愛犬の命に終止符をうつことを求めるものでした。
獣医師が治療費の分割を打診しても、安楽死の説明をしてもこれ以上費用がかかることはしないでほしいと、受け入れてもらえませんでした。
治療をやめれば苦しみながら死んでしまうこと、病院ではそのようなことは行えないと告げると「それならこのまま保健所へ持って行く」とさえ言いだしました。
友人は黙っていられず、パーテンション越しに声をかけました。
「これまでの治療費も今後の治療費もいっさい請求せず自分が支払うのでその子を譲ってほしい」
と、とっさに言っていたそうです。
「あなたのお名前も、連絡先もなにも聞きません。全ての責任は自分が取りますので、生かしてもらえないでしょうか?」と。
飼い主さんはその申し出を了承し、その場で1万円の現金を置いて愛犬の顔を見ることなく帰って行きました。
友人は、獣医師から「かなり厳しいよ」と奥の治療室へ通されました。初めて会ったその子はかなりの損傷をうけていて、友人の目からも完全回復の見込みはかなり低いことが分かったそうです。
生きる力は愛情
雑種のメス犬で、春に出会ったからと友人は「さくら」と新しい名前をつけ毎日病院に行って声をかけ続けました。ぐったりと起き上がることもできないさくらに「頑張れ」「待ってるよ」と言い続けました。
骨折も多く、内臓へのダメージもひどく何度も峠を迎えましたが、手術を乗りこえ、友人の声に応えるように驚異的な回復を見せてくれました。
わたしも何度かさくらのお見舞いに行きました。友人は
「病院に連れて来てもらえたから助かった」
「さくらはラッキー」
と言って元の飼い主さんを恨むことも、怒りを口にすることもなく、元気になったら元の飼い主さんが置いていってくれたお金でさくらと豪遊すると言ってとても愛おしそうにさくらを撫でて声をかけていました。
2か月の長い入院治療を乗りこえ、友人のもとへ引き取られることになったさくらは、事故の影響で両目の視力がほとんどなく前左足にも少し後遺症が残った状態でした。
声で結ばれたさくらとの絆
さくらは友人の顔をはっきりと見たことがありません。ですが、2か月間励まし続けた友人の声をさくらはしっかりと認識しています。
これまでにも、目が見えない老犬を引き取り介護をした経験がある友人の家は、目が見えなくなったさくらにとっても、安全に暮らせる環境が整った場所でした。
生死の境をさまよったさくらが、まるで選んで友人のところへ来たのではないかと思うほど、さくらはすぐに新しい環境に慣れて行きました。
目が見えない犬のトレーニングを得意とする別の友人の助けもあり、さくらはたくさんの事を学習して行きます。家の中にいるさくらは、目が見えないとは思えないほど元気に自由に暮らしています。
全身で飛び込んで来るさくら
さくらを連れて初めてドッグランへ遊びに行きました。わたしの愛犬とは何度か一緒に遊ばせたことがあり相性もよくすっかり仲良しになっていたので、さくらのサポートをさせるために一緒に連れて行きました。
ドッグランに入るとさくらは、興味津々で動き回り匂いを確認しています。他の犬が挨拶にくると隣にいるわたしの愛犬の動きを感じとり、真似をして同じように挨拶をすることができました。
ホップ、ステップ、ジャンプ!!
なにより感動したのは、さくらがどんなに遠くにいっても友人の呼び戻しに全力で走ってくるのです。声と匂いを頼りに、友人がさくらとの距離を確認しながら合図を出します。
友人にむかって走ってくるあいだは、声で位置を教えます。
「さくら!」「こっち!」
もう少しの距離のところで
「ジャンプ!1,2,3!」
さくらのホップ、ステップ、ジャンプ!!1,2,3のリズムで迷いもなく大きくジャンプします。
何度も、何度もさくらは嬉しそうに駆け寄ってきてジャンプします。友人は必ずさくらをキャッチします。
さくらのことを、全身で受け止める友人の深い愛情がさくらを迷いなく大きくジャンプさせます。
いつもおうちで練習していたことが、初めての広いドッグランでもしっかり出来たことでさくらも友人もとても自信に満ちた表情になっていました。
最後に
犬と飼い主には目に見えない絆があります。さくらと友人にも目に見えない深い絆が結ばれていました。
年に数回、仕事で家をあける友人の代わりにさくらと一緒にお留守番をしていると、おもむろに玄関へ行って尻尾をふりはじめます。するとわたしの携帯に「これから帰る」とメッセージが入ることが何度もありました。
友人が風邪をこじらせて入院した時にさくらを数日預かったことがありました。いっさいご飯を食べてくれませんでしたが携帯電話をスピーカーにして「さくら、ご飯食べて!明日迎えにいくよ!」と友人の声が聞こえると、慌ててご飯を食べ始めていました。
大きな事故から突然奪われた光、去っていった飼い主、さくらの環境は大きく変わりました。ですが、さくらの気持ちが沈むことがなかったのは、暗闇の中で聞こえつづけた友人の声を信じて、頑張ってくれたからなのだと思います。
深い絆で結ばれた二人のように、わたしも愛犬と絆を深めて、信頼してもらえる飼い主であり続けたいと思います。
ユーザーのコメント
50代以上 女性 匿名
私は、経済的に、そこまでは出来ないと思いま
すが、今同居している、犬?も猫?も、拾った子たちです。
幸い、障害や病気もなく、元気ですが、今まで飼ってた子たちは自分なりにお世話出来てたと、思います。
雑種は、特に成長した犬は、引き取り手はなかなかありません。
ですが、私の周りには、介護状態になっても、最後迄看取った方ばかりです。
たかが、動物と思わず、家族?として考えて、ペットショップでも、そういった指導をした上で販売してほしいと思います。
物言わぬからこそ、寄り添ってあげてほしいです。
殺処分される犬、猫がなくなりますように。