獣医学の世界の再生医療
人間の医学の世界では、様々な形の『再生医療』が取り入れられ、救われる患者さんの例も増えてきました。再生医療とは、体の組織が欠損してしまった時に残っている自己修復力を引き出して、その機能を再生させる医療行為のことを指します。
そのような医療行為の多くは、人間に施す前に動物で実験を行っているため、獣医学の世界の再生医療は人間の医療と多くの共通点があります。
アメリカのカリフォルニア大学デイビス校の獣医科で治療を受け、骨の再生に成功したヨークシャーテリアの「エセル」の例をご紹介します。
困難な骨折で脚切断を勧められたヨーキー
ストーリーの主役はヨークシャーテリアの「エセル」、2歳の女の子です。飼い主であるローソンさんは里親としてエセルを引き取りました。
その時点でエセルは、右前脚を骨折してギブスを装着していました。エセルの骨折は尺骨(しゃっこつ)という部位でした。尺骨は前脚の肘の関節よりも下の部分を、橈骨(とうこつ)とともに構成しています。
エセルは既に2回の手術を受けていたのですが、それはエセルの骨折を適切に治療できておらず、ローソンさんは複数の整形外科の獣医師を訪ねては、診察と相談を繰り返したのですが、全ての獣医師がエセルの脚を切断することを勧めました。
諦めきれなかったローソンさんは専門医に、何か他の選択肢はないだろうかと食い下がったところ、ある獣医師が「骨形成タンパク質を用いて失われた骨を増殖させるという方法があるが、エセルの骨の破損はあまりにも重度なので、その方法でも修復できるとは思えない」と述べました。
ローソンさんは骨再生の技術についてリサーチを始め、カリフォルニア大学デイビス校の獣医科病院の整形外科、カパトキン博士にたどり着きました。
成功の可能性は1%
ローソンさんがたどり着いたカリフォルニア大学デイビス校では、2012年から骨形成タンパク質を利用して、犬の顎や脚の骨を再生する治療を行っており、25匹の犬で骨の再増殖に成功しています。25匹は皆、以前に受けた治療では完全な治癒ができなかった、エセルのような症例でした。
骨形成タンパク質で骨を再増殖させる間、その部分にはプレートを入れて安定させておかなくてはならないのですが、エセルの患部は損傷がひどく、残っている部分がプレートよりも小さかったため、カパトキン博士は「絶対に不可能とは言えないが、成功する可能性は非常に低い。前脚を切断せずに温存できる、可能性は1%程度」と考えました。
処置を始めた後に、この方法が適切でないと判断した場合は、前脚を切断するということを飼い主に説明し、許可を得て治療が開始されました。
エセルは手術で損傷した骨と、以前のインプラントを取り除き、骨形成タンパク質を充塡した人工の骨格を欠損部に入れました。
こうして体内で健常な骨の末端と接続することで、人工の骨格と骨形成タンパク質の部分に血液が供給され、骨が増殖され再生します。
エセルの右前脚尺骨は、見事に再生し成功を収めました。
通常、再増殖部分を安定させるために入れられたプレートは、そのまま体内に残すのですが、エセルは骨の周辺に残っていた組織が少なかったことと、皮膚の薄さの理由から、回復した時点で再手術によってプレートを取り出しました。
退院後3箇月の検査の時点では、エセルは自分の足で走れるまでに回復を見せました。
エセルの治療過程の画像はUCデイビスのFacebookで公開されています。
UC Davis School of Veterinary Medicine
まとめ
カリフォルニア大学デイビス校の獣医科病院で行われている、骨形成タンパク質を使った骨再生技術で、前脚を取り戻したヨークシャーテリアのお話をご紹介しました。
飼い主のローソンさんは、エセルの回復を「私たちの奇跡」と呼んでいるそうです。
エセルが多くの獣医師から脚の切断を進められたように、このような最新の治療法は、まだ誰でもが受けられるというわけにはいきません。
けれども、このような治療方法があると知っておくことは、動物の飼い主はもちろんのこと、怪我や病気に悩む人間の患者さんや家族にも希望につながるのではないかと思います。
エセルの飼い主であるローソンさんの愛情と、熱意が奇跡をもたらした、と言えるお話ですね。
《参考》
https://www.vetmed.ucdavis.edu/news/uc-davis-veterinary-orthopedic-surgeons-regrow-dogs-leg-bone