ペットの安楽死について看護師として思うこと

ペットの安楽死について看護師として思うこと

安楽死は必要なのか。動物看護士をしていて一番やりたくない仕事です。たくさんの葛藤と悲しみの中仕事をしなければならない安楽死。どこかで働いている一人の動物看護士のお話として読んでください。

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飼い主さんが選んだことだから。

犬のシルエット

十数年動物看護士をしていますが安楽死に立ち会ったのは、ほんの6回ほどです。

この数字、皆さんは少ないと思いますか?

数だけで言えば少ないかもしれませんが、私は6回も安楽死の補助をしたことになります。

きっと一生忘れることはないと思います。

しかし、飼い主さんが安楽死を希望された場合私の感情で断ることは出来ません。
悩みに悩んで出した答えなのですから。
きっと選んだ飼い主さんも、そしてその場に立ち会った私も、安楽死が正しいことだったのかなんて分からないのでしょう。

最期まで寄り添ってあげてくだざい。

犬を抱きしめる女性

どうしても安楽死を選ぶ場合(病気でものすごく苦しんでいる等理由は様々だと思います。)
あなたの愛犬が望んでいるのは私たち動物看護士の腕の中で旅立つのではなく、大切な家族のそばで旅立つことだと思います。
どうか目の前でたくさん声をかけてあげてください。
名前をたくさん呼んであげてください。
そして謝らないであげてください。
少なくとも愛犬のためを思って選んだことだと思います。
謝ったら後悔が残ります。
謝るかわりに病気と闘ってきた、今まで頑張ってきたあなたの愛犬を褒めてあげてください。
きっとあなたの気持ちは愛犬が一番分かっているんです。
そして強く後悔しそうだと思ったら、安楽死の処置をする前にもう一度考える時間を持ってください。
どんな形であれ最期まで寄り添うこと、それは愛犬にとって一番の幸せだと思います。

私は安楽死はしない。

布団にくるまっている犬

我が家には肺の病気になってしまい、呼吸が苦しくなり酸素ボックスを使いながら発症から一週間で亡くなったシーズーがいました。
病気がわかった時からもう治らないのは分かっていたし、苦しくなってしまうことも分かっていました。
亡くなる前日には安楽死のことも頭をよぎりました。
しかしその子は苦しいはずなのに生きることを諦めなかった。
苦しいはずなのに家族全員にありがとうを伝えるかのように一人一人のところへ歩いて行きました。
その姿を見て、どんなに苦しくても生きる愛犬を最期まで責任をもって看取ろうと家族で決めたのです。
最期まで声をかけ続け、ありがとうをたくさん伝えました。
家族みんなに見守られながら自宅で旅立っていきました。
苦しい思いをさせてしまったという後悔はありましたが、安楽死してあげれば良かったとは思わなかったです。
何かで聞いた話ですが、自ら死にたいと思う生き物は人間だけらしいです。
動物はどんな状況にあっても、生きるという気持ちしかない生き物だ…と。

ならばやはり私は安楽死は選ばないでしょう。

人によって考え方は様々です。
辛い思いをさせるくらいなら…という考え方は間違っていません。
ただ、安楽死を選ぶ時は本当にたくさん悩んでからにしてください。
少しでも迷いがあるならやらない方が良いです。

後悔しても時間は戻らない

眠っている犬

最期まで看取る勇気も時には必要なのではないか、と安楽死に立ち会った私は思います。

安楽死を否定しているのではなく、一つの手段としては必要なものだと思います。
ただ、一人の動物看護士として言うのであれば私は安楽死はしない。
ということになるのでしょう。
私は私の家族を最期までみとることが私に出来る最後のことだと思うからです。
無限ではない愛犬との時間、大切に過ごしていきたいです。

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