犬の肺水腫とは
肺水腫とは、肺胞と呼ばれる酸素と二酸化炭素を交換する場所に毛細血管から血がにじみだして、肺に水が溜まってしまった状態を言います。
人も犬も息を吸って吐くことで、新鮮な酸素を取り込んで、体内で発生した二酸化炭素を排出する作業を行っています。ところが肺水腫はこの交換作業ができなくなるため、体の中に酸素をうまく取り込めない状況が続き、呼吸困難になってしまうのです。
言わば犬たちは「常に水の中で溺れている感覚」に襲われ続けるため、傍目から見ても苦しそうな様子が伝わります。そのため犬の肺水腫は、緊急事態を表す「エマージェンシー対応」が必要な症状の代表格です。
肺水腫は繰り返す
肺水腫が起きる原因によっては、治療をして一度肺からうまく水が抜けたとしても、再び同じ状態になる場合もあります。何度も急変を繰り返しているうちに、犬の体力が先に持たなくなって亡くなってしまうことも、確率として非常に高いです。
そのため、突発的な事故による肺水腫ではない限り、できるだけこの状態を引き起こさず維持するための治療が優先されます。最も肺水腫になる原因として多く、特に重要なのが、心臓病を抱えている犬の内科治療です。
犬の肺水腫の原因
犬の肺水腫は、心臓病を原因とする「心原性肺水腫」と、それ以外を元に起こる「非心原性肺水腫」に分かれています。
心原性肺水腫の原因になる心臓病で有名なのは、「僧帽弁閉鎖不全症」です。また、非心原性肺水腫では、重度の肺炎や電気コードの噛みちぎりなどによる感電事故、熱中症などがあげられます。
肺水腫の原因で多い犬の僧帽弁閉鎖不全症
犬も人と同じように心臓は4つの部屋に分かれています。そのうちの、全身に血液を送り出す左心房・左心室を区切る「僧帽弁」という仕切りが、加齢による変化(粘液腫様変性)を起こしてしまい、弁が分厚くなってきちんと動かなくなってしまうことがあります。
弁が分厚くなって重さが増すと、今まで左心房・左心室の間で血液が逆流しないようにしっかりと閉じるように動いていたのが、びらびらと動いてきちんと閉じなくなります。やがて弁の異常によって起こる血液の逆流が、聴診した時に「心雑音」として聞こえるようになっていきます。
この犬の僧帽弁閉鎖不全症は、進行度合いによっていくつかのステージに分けられます。
現在はACVIM(アメリカ獣医内科学学会)による分類が一般的で、
- ステージA…僧帽弁閉鎖不全症ではなく心雑音もないが、この病気にかかりやすい犬種である
- ステージB1…心雑音はあるが心臓の拡大はない、無症状
- ステージB2…心雑音も心臓の拡大もある、無症状
- ステージC1…心不全の症状がある(急性期)
- ステージC2…心不全の症状がある(慢性期)
- ステージD1…難治性のうっ血性心不全がある(急性期)
- ステージD2…難治性のうっ血性心不全がある(慢性期)
というA~Dに分けることができます。
わかりやすく言うなら、ステージAがステージ1、ステージDがステージ4というレベルですね。僧帽弁閉鎖不全症では、できるだけ症状が出ないステージBの段階を長く保つために、早期発見して、心臓をサポートするための早期治療がとても重要です。
僧帽弁閉鎖不全症で肺水腫が起こる理由
弁がうまく閉じないと、心室と心房の間で血液が行ったり来たりしてしまい(血液の漏れ・逆流)、心臓内に過剰な血液がたまったような状態になり大きな負荷がかかります。血液の漏れ・逆流を許してしまい、心臓は過剰な血液を維持するはめになって大きな負荷がかかります。
荷物をすべて運ぶはずのトラックから、数個の荷物がこぼれ落ちて、気づかぬうちにどんどん倉庫に溜まって内部のスペースを圧迫した状態をイメージしてみてください。
たくさん溜めてしまった荷物(血液)を何とか運ぼうと、トラックの台数(心拍数)を増やしたは良いものの、後ろからもどんどん新しい荷物はやってくるので倉庫にあたる心臓内の渋滞は変わりません。
むしろトラックを増やしてもやがて運転するスタッフが疲れきってしまい、限界が来ると倉庫内は荷物を運ぶことができず、パンパンに膨れあがってどうしようもなくなります。
血液が心臓内で行き場を失うと、肺からの血液を受け入れきれず肺にも負荷がかかり、行き場のない血液が毛細血管から肺胞ににじみだしてしまうというわけなのです。
このような肺水腫の状態になると、すでにステージDに突入してしまっていると言えます。
僧帽弁閉鎖不全症の好発犬種
僧帽弁閉鎖不全症は、日本で人気の小型犬種に多く見られます。
最も発症率が高いのはキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルで、遺伝が関わっているため、約半数ほどが何らかの循環器系の病気を持っているというデータもあります。
他にも、チワワ、マルチーズ、シーズー、パピヨンなども好発犬種として知られています。
僧帽弁閉鎖不全症によって犬に起こる変化
この病気によって心臓から血液をうまく送りだせなくなると、血液と一緒に巡る酸素も全身にうまくまわらなくなります。そして、心臓に送り出せなくなった血液がたまり、心臓が肥大することで気管を圧迫することにもつながります。
- 運動するとすぐに疲れてしまう(運動不耐性)
- 乾いた咳をする
- 呼吸が速い(呼吸促迫)
- 低酸素状態による失神発作
- お腹まで膨らむような大きな呼吸をする
こういった症状が見られるようになって初めて違和感に気づき、心臓病が見つかったという例もあります。特に失神発作が繰り返し見られる場合、予後が厳しいと考えられていて、その後の余命にも関わります。
また、血液を送り出して全身に巡らせるのが心臓の役割なら、腎臓はその血液をろ過して尿を作り出しています。密接に関わっているため、心臓から血液を送り出す量が少なくなって尿の材料が減ると、「尿を作るための材料を増やせ!」と脳が命令して水を飲む量が増えていきます。
しかし、心臓から送り出す血液の量は変わらないため、体の老廃物を出すための尿は作れないまま、腎不全になってしまうことがあります。
僧帽弁閉鎖不全症で症状が見られた子は、心臓以外の臓器にも影響を与えて、やがては肺水腫・呼吸困難へと達することが多いです。無症状のステージBの子が全員CやDに移行するわけではありませんが、できるだけ早い段階で見つけてあげたいものですね。
犬の肺水腫の症状
肺水腫の前兆?
心原性・非心原性ともに犬が肺水腫になると、どちらも呼吸がしにくくなって苦しいことに変わりはありません。肺水腫の前兆がはっきりしていればわかりやすいのですが、個体差が激しく、飼い主さんたちも「今思えば…」と最初は何となく察することがほとんどです。
- いつもと違う姿勢でいる
- 食欲が落ちた、元気がない
- そわそわして落ち着かない、眠れない
- 飼い主さんの傍から離れない
- 呼吸の仕方呼吸数の変化
- 湿った咳の増加
といったものを感じた方が多いです。
心臓病を持っている子はいつも以上に「何だかいつもと違う」ことに飼い主さんが気を配って、気づく力を持ってあげましょう。
重度の肺水腫の症状
実際に重度の肺水腫になると、
- ゼーゼー、ヒューヒューと音の聞こえる呼吸
- 横になると苦しいのでおすわりのまま開口呼吸
- 酸素が巡らないため下の色が紫色に変化(チアノーゼ)
- ピンク色の泡状の痰や液体を吐血嘔吐
といった症状が見られます。
この頃には体の中の酸素が足りていないため、一刻を争う状況です。
心原性肺水腫では、血液が肺にうっ滞するために最期は血を吐く様子が見られますが、この頃には救急対応を行ってもなかなか救命率が上がりません。
心雑音・心拡大・咳や呼吸促迫などの症状など、3拍子揃っている場合には、いつ肺水腫が起きるか予想をつけるのは難しいです。心臓病の末期では、突如起こった肺水腫によって犬が急死することも珍しくないという危機意識を持っておくべきです。
犬の肺水腫の治療法
肺水腫の治療は、溜まった水を抜くことが先決です。
そのためには一時動物病院に入院して、集中的な治療を受けなければいけません。
肺水腫はどうやって診断するの?
肺水腫かどうかを診断するには、
- レントゲン検査
をまずは行います。
普通空気を多く含む肺がある部分は黒く写りますが、水が溜まるとレントゲン上では肺の部分が白く写ります。
そして、呼吸困難な状態の緩和のために酸素吸入をしながら、
- 身体検査、聴診
- 心臓エコー検査
- 血液検査
などを、苦しんでいる犬にできるだけ負担をかけないよう素早く行います。
ただし、ゆっくりと見ている間に犬の状態が悪化する可能性が高いため、細かい部分でゆっくりと見るのは、状態を安定させて犬の呼吸がある程度落ち着いてからでないとできません。
他の病気の可能性を除外すること、また、これから投薬するにあたり体の中で起きている他の異変はないかを確認できれば、よりベストだと言えます。
治療方法
利尿剤の投与
体から水分の排出を促すために、利尿剤の投与を行います。
口から入れるのは呼吸困難の犬にとっては大きな負担になるため、即効性もある注射薬で投与していきます。
利尿剤を投与してからは、尿がでるかどうか、出た尿量はどれくらいかをきちんとモニタリングしながら、定期的に胸部のレントゲンを撮って肺の状態を確認します。
酸素室(ICU)の利用
肺水腫の時、酸素がうまく取り込めずに苦しい状況のため、その補助として高濃度の酸素室を作って犬に入ってもらうことになります。これによって苦しい呼吸でも取り込める酸素量が増えて、肺の水が抜けるとより体が楽になっていきます。
酸素室から出す時には、高濃度の酸素室(40%程度)から普段の酸素濃度(21%)に急に移ると体がびっくりしてしまいます。そのため、徐々に濃度を落として体を慣れさせながら一般の入院室へ移ります。
退院後の投薬量の変更
元々の投薬量に対して、心臓のサポートをする薬の種類や1回量を増やしたり、退院直後は利尿薬の量を多めに設定して、状態に合わせて徐々に減薬していくことになるでしょう。
利尿薬が出ている場合は、のどの渇きを覚えて水を欲しがるでしょう。水分制限をしてしまうと、脱水がすすんで腎機能を悪化させることから、制限は必要ないと言われています。
心臓のうっ血症状の改善には、利尿剤と心臓病用療法食で適切なナトリウム量にすることで、コントロールが可能とされています。
肺水腫の緊急治療に必要な期間
肺からどのくらいで水が抜けるかどうかは、重症度によって変わるため、一概に治療期間を判断することはできません。
軽度の肺水腫の場合は、朝お預かりして夕方には帰宅できることもあります。反対に重度の場合は、コントロールができるようになるまで数日から1週間ほどの入院期間が必要になることもあるため、個体差があると言えます。
肺水腫のコントロールが難しかったり、治療が見込めず病院での安楽死ではなく自宅での看取りを飼い主さんが希望する場合は、お家に酸素室を設置することもあります。自宅のケージなどに業者が簡易の酸素室を取り付けてくれるので、必要になるかもと思う方はいざという時慌てないよう情報を集めてみてくださいね。
肺水腫は完治する?
非心原性肺水腫の場合は、原因を治療することができれば再び肺水腫になることはないでしょう。しかし、心原性肺水腫の場合は大元が心臓病です。
肺水腫に移行する病気で代表的な僧帽弁閉鎖不全症は、内科治療では「進行させないこと」が目的になるため、外科手術を受けない限り治ることはありません。しかし、心臓手術はその難易度から行える獣医師が少なく、手術費用もざっと100万を超え、高額になりがちです。
投薬だけでは完治できない「僧帽弁閉鎖不全症」は手術で治す|JASMINE どうぶつ循環器病センター
そのため、心原性肺水腫は一進一退を繰り返しながら、投薬でコントロールすることがほとんどになります。そもそも、一度心不全の症状が出たらその後長生きすることは難しく、内科治療を行っても生存期間の中央値は9か月という報告もあります。
犬の肺水腫の予防対策
愛犬に可能な限り肺水腫を引き起こさせないためには、病気の治療や不運な事故を防止することが必要です。
原因疾患の治療とモニタリング
心原性肺水腫を防ぐには、
- 投薬
- 定期健診定期検査
- 飼い主さんによる健康チェック
を欠かさず行うことが大切です。
「そんなにひどい症状じゃないし…」と投薬を止めてしまうと、愛犬の心臓はどんどん悲鳴をあげていきます。また、検査を避けることで、今の愛犬の病状がどれほどなのかがわからず、病状に合わせたお薬の調節もできなくなります。
そして、心臓病は悪化すると一気に悪くなることがあるため、呼吸や咳の変化にはぜひ注意して見ておきましょう。もしもゆっくりと安静にしていて、暑さや体温変化がないのに呼吸数が1分間に35回を超えるようなら、獣医師にチェックしてもらってください。
温度・湿度管理
心臓病の犬にとって、高温多湿は天敵と言ってもいい環境です。また、熱中症になると、健康だった犬も過呼吸による呼吸器の障害で肺水腫になって亡くなることもあります。
- 夏の暑い季節
- トリミングでのシャンプーやドライヤー
- 過剰な興奮による体温上昇
- 冬場の過度な暖房器具、こたつに潜り込む行為
といった状況には注意しましょう。
特に老犬であったり、心臓病を抱える子のトリミングは「立ちっぱなし」「高温多湿」で負担がかかりやすため、スピード重視で行いましょう。心臓病が進行している子なら、1回目:シャンプー、2回目:カットと日にちを分けて、1回の時間を短くすることもおすすめします。
食事療法
心臓病の進行を抑えるためには、たとえ症状として出ていなくても、僧帽弁閉鎖不全症ならステージB2の段階から行うのが理想的だとされています。
対象になるフードは、
- シニア犬用フード
- 心臓病用療法食
- 栄養計算がされた手作り食
ですが、3番の手作り食は栄養計算と作る手間暇から、1もしくは2を選ぶことになるでしょう。
ナトリウムの制限をどの程度行うかはその犬の病状によりけりです。また、心不全の症状が出ている子は、安静にしていても咳や呼吸の異常などで普通よりもカロリー消費が激しくなるので、体重が減少しないように維持しなければいけません。
ここで大事なのは、おやつを制限することです。特に、飼い主さん家族の中で人用のごはんをあげている人がいれば、すぐにストップしてもらいましょう。ナトリウム量が体内に増えると、体の中で水を溜めて薄めようとする働きが作動してしまいます。肺水腫の発生リスクが増すので、家族みんなで愛犬のごはんを考えてあげてくださいね。
事故防止
肺水腫の原因は心臓ばかりではありません。先に述べたコードをかじることで感電したり、高所からの落下・歩ている途中でうっかり愛犬を蹴ってしまったという外傷からも肺水腫は起こります。
心原性肺水腫のように血液がうっ滞するのではなく、毛細血管の病的変化から血がにじみだしてしまうのです。「心臓は悪くないから大丈夫!」と油断せず、お家の中の環境を整えたり、抱っこしている時は愛犬を落とさないように注意してくださいね。
犬の肺水腫に関するブログ
ここからは、愛犬の心臓病・肺水腫と向き合った飼い主さんのブログをご紹介します。これからの病気との向き合い方に不安があるという方は、ぜひ一度ブログを訪れてみてください。
チョコとノワ…愛犬チワワと一緒に!
チワワのチョコちゃんの飼い主さんが、僧帽弁閉鎖不全症と診断されてから、急性肺水腫・手術に臨むまで・現在の経過をしっかりと書いてくれています。実際に手術を受けて完治を目指した例は多くはないため、もし検討されている飼い主さんがいれば参考にしてみてください。
lodog's blog
2016年12月2日付の記事から始まるチワワのオーブちゃんの闘病日記です。16歳7か月で亡くなるまで、心臓病を内科治療で維持してきた記録がよくわかります。この子も間に肺水腫の経過をたどっています。サプリメントやお薬の内容まで記録されているので、心臓病の内科治療が気になる方はぜひご覧ください。
まとめ
突然死を防ぐためには、日ごろの変化を見つけたら心配性だと思われても獣医師に相談することです。心臓病を持っている子に関しては、「ちょっと様子を見ようかな」が愛犬の寿命を縮めてしまうことになりかねません。
愛犬が肺水腫になった時に生存率を高めるには、重症化する前にできるだけ早く治療を開始する必要があります。また、肺水腫にならないためのコントロール・予防が愛犬の余命を長くしてくれます。
少しでも大事な家族と「一生を生ききった!」と納得できるように、愛犬を見守ってあげてくださいね。
心臓は4つの部屋(右心房・右心室・左心房・左心室)に分かれています。心臓の真ん中には心室中隔という壁があり右の心臓と左の心臓に分かれています。
それぞれの心房と心室の間には弁(左心には僧帽弁、右心には三尖弁)があり血液の逆流を防ぐことができます。
全身を流れた血液は大静脈を通り右心房にはいります。右心房に入った血液は右心室に押し出され肺動脈を通過して肺に送られます。
肺では酸素と二酸化炭素が交換され血液がきれいになります。きれいになった血液は肺静脈を通過し、左心房から左心室に押し出され大動脈を通り全身に流れ出します。