犬の延命治療と緩和治療
人間よりもはるかに短い犬の平均寿命。どの飼い主さんも、いつか来る愛犬の最期の時のことを一度は考えたことがありますよね。
【その時】のこと、考え決めていたとしても思い描く通りの現実は訪れません。
愛犬にとって、「延命治療」は苦しめるだけなのか?
緩和治療はいつまで続くのか?
愛犬にとって、どんな治療が最善なのでしょうか?
飼い主のエゴ?病に苦しむ愛犬に治療を続けるということ
さまざまな病気で「終末期」に入った愛犬に対して何をしてあげられるのか?
何かしてあげられる選択肢は残っているのか?
癌をはじめとする様々な病気で「余命宣告」を受けた時、飼い主の葛藤が始まります。
ふと気が付くと辛そうにしている愛犬の様子に、「このまま治療を続けていることは、ただ苦しみを引き延ばしているだけなのではないか?」という思いがよぎります。
ですが今、全ての治療をやめてしまえば悪化する病気の症状で余計に苦しめることになってしまう。
でも、治療を続けていても「完治」はなく、最悪の状態よりは良いという状態にするのが「できる限りのこと」。
そんな時、「安楽死」を選択する飼い主さんもいます。
日本では少ない例ですが、海外では、これから訪れる病気の進行で苦しむことを考えて早い段階で「安楽死」を選択する飼い主さんも少なくありません。
経済的な事情ももちろんあります。ペット保険に加入していても、長期にわたる治療継続は高額になり家計を圧迫します。
苦しみながらも、愛犬が自ら命の終わりを迎えるまで出来る限りの治療をして寄り添っていくことが「愛情」なのか?
早い段階で苦しみから解放してあげたいと「安楽死」を選択することが「愛情」なのか?
どちらが正しいのか?ではなく、その答えは【どちらも愛情だ】ということです。
犬の延命治療とは
人間でも延命治療については、さまざまな意見があります。現在では、終末期に入った患者さんの意思が尊重されることが増えてきましたが、家族の想いとは異なることもたくさんあります。
それでは実際の犬の【延命治療】とはいったいどんな状態でしょうか?
- 脳死
- 人工心肺
- 昏睡状態
- 心肺停止
人間がこのような状態になった時、患者の意思で「無理な延命治療は拒否します」と予め意思表示することができますが、愛犬の場合はどうでしょうか?
一時的な心停止から蘇生生還する事例もたくさんありますが、終末期を迎えた愛犬の場合、一定時間蘇生措置を行い心肺回復が無ければ獣医師から「死亡」を伝えられます。自ら自発的な呼吸や身体機能が全停止した状態で、さらに延命を望むことは「苦しみを引き延ばすだけ」になってしまうでしょう。
つまり一般家庭の「愛犬」にとって、生命維持装置を使う【延命治療】というのは、なかなか難しいことなのです。
犬の緩和治療とは
一方、多くの飼い主さんが直面するのは【緩和治療】です。
- 輸血
- 点滴
- 透析
- 手術
- 強制給餌
- 抗がん剤
- 放射線
など、終末期でなくとも完治を目指す治療でも行われる治療です。
終末期に入った愛犬にとって、これらの治療は「命を引き延ばすため」の治療ではなく【今を快適に生きる】ための治療です。
どんな治療を続けていても、命の終わりは必ず来てしまいます。ですが、それまでの期間をどれだけ穏やかに命をまっとうさせてやることができるのか?そのためには、どんな治療が残されているのか?少ない選択肢の中から選ばれた治療は「延命」ではなく「緩和」なのです。
- 「治療を続けて苦しめてしまった。」
- 「自分の気持ちだけで痛い思いをさせてしまった。」
きっと、飼い主さんは悩み、後悔していることがたくさんあると思います。ですが、その「愛情」は愛犬に必ず届いていますし、気持ちを深く理解しています。
犬の緩和治療 QOL【クオリティー・オブ・ライフ】
QOLとは、適切な治療を行うことで苦しみ・痛みを予防したり和らげたりすることで、生活の質をできるだけ落とさずに生活できることをさします。
そして、これは医療行為だけでなく、愛犬の「余命」を告げられた家族の心や生活、経済負担、愛犬の死の受け止め方など幅広い意味を持っています。手術や高度医療を行わないという選択も緩和治療の1つです。
「病気と懸命に闘う愛犬が、少しでも痛みや苦しみから解放され、美味しいご飯が少しだけでも食べられる。」
「残りの時間を、いつもの場所、いつもの環境で家族と過ごすことができる。」
「手術を乗り越え、完治はなくとも痛みだけでも取り除いてやれる。」
守ってあげたい、改善してあげたいことはそれぞれの家庭で違って当然なのです。
例えば、「癌で片足を切断すれば現在の危機的状況からは脱して命は助かる(延命できる)」と診断を受けた時、「可哀そう」「生活の質が落ちる」「無理な延命だ」などという意見も耳にしますが、本当にそうでしょうか?
癌の転移、再発のリスクは完全にゼロにはならないかもしれませんが、そのまま放置して癌が進行していくのが「自然の流れ」として愛犬にとって最良の選択でしょうか?
犬は、順応、適応能力に優れています。
体の一部を失ったとしても、意識があり喜怒哀楽が表現できて甘えられる飼い主さんが傍に居てくれる環境があれば、元気に走り回れる、ご飯が食べられる、好きなことができる、どれか一つだけだったとしても、それが一時の改善だったとしてもそれは愛犬にとって幸せな「緩和治療」なのです。
飼い主さんの気持ちも大切
「終末期」の愛犬にとって、一番心配なのは普段と様子の違う飼い主さんのことです。体の変化を感じながら、痛みや不快に耐える日もあるでしょう。そんな時ほど愛犬は飼い主さんの変化を敏感に感じています。
「迷い」「不安」はもちろんですが、溢れるインターネットの情報に一喜一憂して心が疲れてしまいます。
【愛犬にとって最善の選択】をしたい深い愛情が、自分自身を苦しめることになってしまいます。
ですが、「これでいい!」と突き進み穏やかに最期を看取った飼い主ですら「後悔」は残ります。
愛犬に何をしてあげたいのか?
人間の言葉を持たない愛犬と向き合う「緩和治療」には、飼い主さんの気持ちや想いも大切なのです。
なぜなら、緩和治療は家族の苦しみも改善させるものだからです。
正解がなかなか見つけられない、愛犬の治療で飼い主さんが苦しみ続けていては愛犬にとっても「生活の質」が落ちてしまうことに繋がりかねないのです。
愛犬はやはり、いつもと変わらない飼い主さんの様子に安心するのです。
愛犬のことは飼い主さん家族にしか分からない
例え獣医師が「手の施しようがない」と言っても、余命が1週間だと言ったとしても、これまで愛犬を大切に育ててきた飼い主さんだからこそ"感じること"があります。
その為に【セカンドオピニオン】があります。
一人の獣医師の判断ではなく、複数の獣医師の診断、判断を仰げは、新たな発見があるかもしれません。例え、今の診断と同じ回答だったとしてもそれは「納得」に繋がるのです。
検査は、確かに愛犬への負担もあります。負担と希望どちらを優先するのか?選択するのか?治療前にも選択を迫られる場面もあるかもしれません。治療に「絶対」は無いので、納得できるまでたくさんの情報収集は必要です。
ですが、やはり一番愛犬のことを理解している飼い主さんの判断と、これまで愛犬の健康管理を手伝っていただいたかかり付けの獣医師さんの判断は、的確なことが多いのです。
限りがある現実と治療への希望
緩和治療として、輸血や手術などに挑む時限界にぶつかってしまうことがあります。
- 年齢
- 供血の確保
- 愛犬の性格
- 既往症 など
高齢犬の場合、手術に耐えられる体力、心肺機能面を考えた時、選択肢が無くなってしまうこともあります。また、ひどく臆病な性格であったり持病があったりすると、緩和が望める治療でも受けられない場合もあります。この判断は、飼い主さんにしかできません。
愛犬の全てを把握している飼い主さんと、愛犬の体調を把握している獣医師さんが、限りある治療の中から希望を見つけ出すしかないのです。それでも、【完治】ではなく【緩和】なのです。
経済的な事情も現実
命を前に【お金のことなんて】という愛犬家の意見をよく耳にします。ですが、病気の発見からさまざまな治療を試みて最善を選び続けても、もちろん治療にはお金がかかります。その内容によっては数十万円から数百万円と上限がありません。
病気やケガ、完治させられる軽度の傷病にもかかわらず適切な治療を受けさせないことを経済的理由にするのは「適正飼育」とは言えません。犬を飼育するということは、大小かかわらず動物医療には人間の病院代よりも高額負担があるのは誰しもが安易に想像できることだからです。
ですが、終末期に入る愛犬に対し、すでに高額医療費を負担し続けている飼い主さんに、さらに高額、高度医療だけを薦めることには疑問が残ります。
あくまでも【完治】ではなく【緩和】のための医療に、人間の生活がままならないほどの負担が長期間のしかかるのは、生活の質は破綻していると言えます。
それでも、我が子のために借金をしてでも財産をはたいてでも医療費をかけてあげられる飼い主さんもいれば、【限界】を迎えて治療を中断して最低限の医療に切り替える飼い主さんもいます。
どちらも我が子のために【最善】を選び、愛情を尽くしていることに変わりありません。飼い主さんの心の余裕、経済的負担も考えながら選択をしていくことが【緩和治療】なのです。
もし、これ以上の経済的負担はできないとギリギリのところまで頑張られているのであれば、どうかご自身を責めないでほしいのです。
犬の緩和治療は必要な治療の1つであるという認識
犬は最期の一呼吸まで、懸命に生きようとします。
寝たきりになっても、食事が摂れなくなっても、痛みがあっても、飼い主さんを見つめる目には生気が輝き、呼びかけに応えようとします。
どんなに治療を続けても、どんなに延命しようとしても、命の終わりを迎える時は来るのです。
それまでの間、痛みに苦しんでいても「生きたい」「頑張る」という愛犬の声は飼い主さんにしか聞こえません。
そして、その判断も飼い主さんにしかできないものなのです。
獣医師でも分からない犬の気持ち
動物の高度医療に対応する専門の動物病院の獣医師が、手の施しようがない犬の飼い主に病状を伝えた時こんなことを言いました。
一件目の病院では、今日明日亡くなってもおかしくない状態。
二件目の病院でも、なにもしなければ苦しんで一週間もたないだろう。
そして、三件目の病院で言われたこの言葉は残された時間がとにかく短いことを意味していました。
あまりに苦しむのであれば「安楽死」の選択も考えなければならない。できることは、痛みをコントロールしながら食べられるものを食べさせる。それだけでした。
ですがこの犬は、それから2カ月の間、ご飯もよく食べて運動もし、毎日キラキラと輝きながら最後の時までを生き抜きました。
吐血、貧血、痙攣発作、さまざまな症状が現れては対症療法で飼い主さんはこの犬に寄り添い続けました。
きっと、辛い、苦しい、気持ち悪いなど、この犬は感じたこともたくさんあるでしょう。ですが、毎日嬉しそうに笑顔で、大好きなおやつを食べて飼い主さんに抱きしめられて眠るこの犬が、最期の時まで穏やかに生きられたのは【緩和治療】があったからです。
そして、この犬の生きる力を信じ寄り添った飼い主さんが最後にできるプレゼントだったのです。
「もう死にたい」
「治療をやめて」
と犬が言うわけでもなく、あかの他人から見れば「可哀そうに」とか「自然の流れに反している」と言われるかもしれません。ですが、家族として一緒に生きていた愛犬を苦しませたくないという飼い主の気持ちと、それに応えようとする愛犬の心の声は深い絆が無ければ分からないことなのです。
愛犬の死を受け止める期間
突然の事故や病気で、闘病することも何かを選ぶこともなく愛犬を失ってしまうこともあります。どんな場合でも愛犬を亡くすのは辛いことです。
闘病生活を送りそれでもやってくる最期の時、そして愛犬が旅立ったあとの飼い主さんの生活。これは、なんの心の準備もなく迎える死と、できることをしてあげられて迎える死とでは、大きすぎる違いがあります。
家族の心や精神面の改善も緩和治療としてとても重要なのです。
もちろん緩和治療ですら、あまり良い効果を実感できない場合もあります。もどかしさ、ふがいなさを感じることもたくさんあります。
ですが、緩和治療は闘病生活を送りながら、初めて愛犬を抱きしめた日のことやこれまでの思い出や、今生きてくれていることに心から感謝できる大切な時間です。たくさん愛犬と話し向き合う時間です。
病気になったのは、誰のせいでもありません。死を迎えることは罰ではないのに、飼い主さんはどうしても自分自身を責めてしまいます。
愛犬を想い選んだ治療、方針はどれも【最善】なのです。
緩和治療を【延命治療】と否定的な意見
「無理やり、愛犬が死を望んでいるのに飼い主のエゴで命を引き延ばしている」
「動物は自分の命を引き延ばしたりしない」
などという言葉を浴びせられ傷つく飼い主さんが多くいます。ですが、死を望んでいるか?生きたいと頑張っているのか?は飼い主さん家族にしか分からないことです。
重病で完治できない犬に、それ以上の苦しみを与えるのは【悪】であるという価値観があることも事実です。ですが、なにを選ぶのも決定するのも【飼い主家族】です。
延命を望まない飼い主さんはいません。いつまでも一緒に元気で傍に居てほしい。幸せにしてあげたい。とはじめて抱きしめた日からずっと願っています。
動けなくても、食べられなくても、愛犬がこちらを見て懸命に応えようとする姿や、飼い主さんの声に反応して尻尾を一振りしてくれた。それだけのことでも、「生きたい」「ここにいるよ」という愛犬の声が飼い主には聞こえるのです。
そして同じように、「もう逝くからね」という声が聞こえるのも飼い主さん家族だけなのです。
愛犬への負担と治療の効果、迎える最期の時までの時間。どのように過ごすのか、なにを選ぶのか?
それは、他人には評価批判できるものでは決してありませんし【否定】など絶対にあってはならないことです。
まとめ
この記事のまとめとして、今現在完治が望めない「終末期」を愛犬と一緒に過ごされている飼い主さんすべてに、【その選択は最善だ】ということを届けたいと思います。
- 苦しんでいれば、和らげたい。
- お腹が空かないようにしてあげたい。
- 最期は、できれば眠るように旅立たせたい。
そんなふうに愛情が溢れている、飼い主さんたちを心から敬愛します。
さまざまな意見、価値観がありますがどうか今の選択が、その子とだから選べる時間なのだと、たくさん褒めてあげてください。
全ての飼い主さん家族と愛犬は、【唯一無二】で特別なのです。
何度お別れを経験しても、後悔は残ります。それは最期の緩和ケアだけに限らず、「もっとワガママ聞いてあげればよかった。」「あのオヤツ、もっと買ってあげればよかった。」「ちょっとくらい太っててもダイエットなんてさせなければよかった。」など、なんだか「ごめんね」と言いたくなく思い出も蘇ってきて寂しくもなります。
ですが、今、今を懸命に生きている愛犬に対して飼い主さんたちは「無理やり命を引き延ばしている」のではないこと。ご自身を責めることなく、心無い言葉で傷つけられることなく、限られた時間を心穏やかに愛犬と過ごしてほしいと、心から願います。
あなたの愛犬は「幸せわんこ」です!