核家族化や学校飼育動物の減少、効率化を優先する世の中の風潮や広がってゆく格差、そしてコロナ禍。いま、子どもたちを取り巻く社会情勢は、ますます彼らから動物を遠ざけてしまっているような気がします。
しかし、さまざまな研究から犬や猫などのペットが、子どもの成長に大きなメリットをもたらしてくれることがわかってきています。
そこで、ペットフード協会では今後、ペットとの暮らしが子どもの成長に与える影響について、継続的にさまざまな角度から発信していきたいと考えています。
初回となる今回は、“いのち”に直接関わる体験が子どもの心の成長にどのように影響するのかということついて、日本獣医生命科学大学 獣医学部で心理学やアニマルアシステッドセラピー、ペットロスなどを研究する濱野佐代子教授(以下 濱野先生)にうかがってきました。
失われつつある学校での動物とのふれあい
かつては、学校に行けば教室には金魚やメダカ、カエルやザリガニなどがいて、校庭の一角ではニワトリやウサギなどの生き物が飼われていました。しかし、いつの頃からか、学校で生き物を見ることが少なくなってしまったのです。
なぜ学校から動物が消えつつあるのか、濱野先生にうかがったところ、
- 教員の業務が多すぎて、とても動物の世話にまで手が回らない
- 動物に関する専門知識を持った教員がいない
- 学校が休みの日に生き物の世話をする人がいない
- アニマルウェルフェア(動物福祉)の観点から動物を飼育しない学校が増えた
などの理由が考えられるとのことです。
確かに、教員の働き方改革が真剣に議論される昨今、先生たちも動物どころではないといったところなのかもしれません。
ただ、
「家でペットを飼えない家庭だと、人間以外の動物と接することが少なくなってしまうので、動物とふれあう経験をするという意味では、動物福祉に留意したうえで学校で動物を飼育することは重要なのかもしれませんね」
と濱野先生は語ります。
そこに動物がいる、ということだけでは十分な環境とはいえない
濱野先生によると、
「自尊心や自己肯定感の低い子どもが増えてきているようですが、子どもが動物と遊んだり世話をしたりすることによって、自尊感情が高まったり自らを肯定することができるようになったりするという研究報告があります。
ただし、そのためには、動物が適正な環境で、適正に飼育されていなければなりません。子どもの発達に動物はよい影響を与えますが、ただ家に犬や猫がいるというだけだったり、学校の片隅に生き物がいるというだけではあまり意味はなく、子どもと動物の関係性、特に動物に対する“愛着”が重要だと言われています」
ということです。
つまり、そこに動物がいるというだけではなく、動物と深く関わり、どれだけ深く相手のことを思い、情緒的に固く結ばれるかということが大切なんですね。
例えば、犬や猫に毎日のご飯をあげたり、ウンチやオシッコの後始末をしたり、体を洗ってあげたり、ブラッシングをしたり、一緒に遊んだり、というように、ペットの世話をすることによって、ペットがどう反応し何を感じているかを知り、ペットの温もりを肌で感じながら、お互いの信頼関係を深めていくことが肝心なのだと思います。
ペットが自分にとってかけがえのない存在であると同時に、ペットも自分のことを必要としているということを理解することで、子どもが達成感や自信を持ち、自己を肯定するようになるということなのでしょう。
出会いから別れまでを経験することで「いのち」を考える
「少子化や核家族化が進む現代では、身近に“死”を経験する機会が少なくなっています。心に傷をつくってしまうような経験をすると人は強くなり、他者に優しくなるといわれています。
そのような観点から、子どもが“家族”としてずっと関わってきたペットとの“別れ”を経験することは大切なことといえます。誰でもできれば避けて通りたいところだと思うのですが…。
でも、身近な動物との死別を経験することによって、子どもたちは“いのち”はひとつしかないもので、取り返しのつかない大切なものなんだということを学びます。テレビなどで観る“死”とは全然違うものなんです。
また、近年、子どもの教育で“レジリエンス”という言葉が注目されているのですが、これは簡単にいうと“回復力”のことで、しばしば竹に例えられます。竹はよくしなって曲がるけれどもポキッと折れませんよね。大きくしなるけれど元に戻る力も大きいんです。心もこのように折れることなく回復することで、どんどん強くなるんです。
ペットとの“別れ”を経験し、辛さや悲しみを乗り越えることは、子どもの心の回復力を育むことにもつながるんです」
ペットロスの研究もなさっている濱野先生に、子どもがきちんと“いのち”を考えるようになるためには、ペットとの“別れ” を経験することも必要なのでは?と、お尋ねしたところ、このようにお答えいただきました。
“いのち”についてきちんと考えるためには、動物との出会いだけではなく、親密に関わってきた“いのち”との“別れ”も経験する必要があるみたいですね。できれば経験したくはないのだけれど…。
まずは「知ること」が重要な動機づけとなる
子ども心の成長に動物と関わることがとても大切なことだということは理解できましたが、では、何から始めたらよいのでしょう。
濱野先生によると、まずは「知る」ことが重要で、人は「知る」ことによって興味を持ち、さらに知りたくなっていくようです。
例えば、濱野先生の研究室では、動物園に動物の行動観察に行くことがあるのですが、その際、何もいわなければ学生は動物の前を素通りしてしまいかねないのだそう。
けれど、その動物をよく観察させると、動物の表情や仕草などの行動を見ているうちに興味を示す学生が現れ、他の動物はどんな行動をするのだろうと、興味を広げていくケースもあるといいます。
つまり、「知る」ことが興味を引きだすきっかけになっているんですね。
では、どうしたら子どもたちに“いのち”について知ってもらうことができるのでしょう。重要なことは子どもたちにあれこれ「教える」のではなく、まずは、私たち大人が子どもたちに「体験」してもらうことだと、濱野先生はいいます。
子どもが集まるのは学校です。学校で動物を飼育することが難しいのなら、学校に動物を連れて行くというのはどうでしょう。
「実際、子どもたちに居場所や癒しを提供する『スクールドッグ』と呼ばれる犬がいたり、学校の授業の一環として、犬と子どものふれあいを行っているケースもあります。子どもたちが動物を“知る”ための動機づけとして、このような活動はとても重要なことです」
と、濱野先生は語ります。
まとめ
増え続ける不登校(11年連続で増加/Yahoo!〈毎日新聞〉10/31〈木〉17:00配信)や、伸び続ける自殺率(41ヵ国中12番目に高い7.5%/ユニセフ イノチェンティ レポートカード 16)と、日本の子供たちの現状はとても厳しいものといえます。ユニセフが行った調査によると、精神的幸福度は、41ヵ国中で37番目(ユニセフ イノチェンティ レポートカード 16)と、とても低いものでした。
動物を介在させることによって不登校が改善されたという事例もあることから、子どもの成長にとって動物がプラスの影響をもたらすと考えるのは、とても自然なことのように思えます。
私たち大人は、子どもたちに動物とふれあい、”いのち”を考えるためのきっかけを作ってあげることを、心がけなければいけませんね。
濱野佐代子教授プロフィール
日本獣医生命科学大学獣医学部獣医学科教授・博士(心理学)。獣医師、公認心理師、臨床心理士。同大学獣医学科卒業。白百合女子大学大学院文学研究科発達心理学専攻博士課程単位取得満期退学。帝京科学大学教授などを経て現職。放送大学客員教授。専門は人と動物の関係学・生涯発達心理学。
■主な著書
- 『ペットロス』は乗りこえられますか? 心をささえる10のこと(KADOKAWA)
- 人とペットの心理学:コンパニオンアニマルとの出会いから別れ(北大路書房)
連載では、ペットの健康のことや人とペットの暮らしについての「正しい」情報を発信していきますので、”ウチの子” との幸せな暮らしのヒントにしてくださいね。
ペットフード協会のウェブサイトではペットに関する多くの情報を見ることができますので、ぜひのぞいてみてくださいね!
- 一般社団法人ペットフード協会 新資格検定制度実行委員会委員長
- 一般社団法人ペット栄養学会 理事
- 有限会社ハーモニー 代表取締役
- 日本獣医生命科学大学、帝京科学大学、ヤマザキ動物看護専門職短期大学非常勤講師