皆さん、こんな経験をしたことはありませんか?
「失敗が続いて落ち込んでたけど、犬と一緒にいるうちになんだか落ち着いてきた」
「夫婦ゲンカしてものすごくイライラしてたけど、犬と遊んだら、なんだかスッキリした」
などなど、ネガティブになったときに犬に“なんだか”「癒された」や「なぐさめられた」といった経験があるのではないでしょうか。
先日、ペットフード協会が行った「2024年 全国犬猫飼育実態調査」の記者発表においても、ペットの飼育効果に関する調査結果のなかで、犬を飼っている人の生活上の実感として「毎日の生活が楽しくなった(39.4%)」「心穏やかに過ごせる日が増えた(34.4%)」「気持ちが明るくなった(32.0%)」という結果が挙げられました。
このように、犬と暮らしていると“なんだか”ポジティブな気持ちになる、という人がたくさんいるのですが、この“なんだか”には、実は、科学的な根拠があったんです!
今回は、犬が思春期の子どものメンタルヘルスに与える影響のメカニズムについて、麻布大学 獣医学部の茂木一孝教授(以下 茂木先生)にお話をうかがってきました。
“ウェルビーイング” ってなんだろう?
「ウェルビーイング」という言葉を一度は聞いたことがあると思いますが、でも、いったいウェルビーイングってなんでしょう?
ウェルビーイング(Well-being)とは、「Well(よい)」と「Being(状態)」からなる言葉で、WHO(世界保健機関)の憲章による「健康の定義」において、『病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること』(日本WHO協会訳)とされています。
ピンとこないなぁ…。
という方、そうですよね。ちょっとザックリとした印象かもしれませんね。
「幸せ(Happiness)」 という言葉がありますが、これは主に心の面で満たされた状態を指します。一方、「ウェルビーイング(Well-being)」は、もっと広く、身体的・精神的・社会的に満たされた状態を指しています。
そして、満たされた状態が一時的なものではなく、持続的なものとされています。
例えば、
- 仕事選びなど、人生の大切なことを自分で選んできたと感じる。
- 日々の生活のなかで、家族や友人など、他者と深く関わっていると感じる。
- 自分が使いたいことにお金が使えていると感じる。
- 病気にもなっておらず、体も心も健康だと感じる。
- 自分が地域の一員だと感じられる。
と、このような状態が「満たされた」状態といえば伝わりやすいかもしれませんね。
ウェルビーイングには、「主観的ウェルビーイング」と「客観的ウェルビーイング」というものがあります。「うれしいこと、楽しいことがたくさんあって、日々充実していて超ハッピー!」という状態が「主観的ウェルビーイング」で、平均寿命や生涯賃金、失業率、労働時間や有給休暇取得率など、客観的な数値基準を用いるものが「客観的ウェルビーイング」になります。
困ったことに、思春期から下がり続ける「ウェルビーイング」
ウェルビーイングは、人によってさまざまなカタチがあると思われるので、子どもにとってのウェルビーイングはどのようなものか茂木先生に伺ったところ、「まず一般的に、そして世界中どの国、どの文化圏の人でも同じような結果になるのですが、ウェルビーイングというものは、思春期頃から下がり始めます。そして、ウェルビーイングはそのまま現役を引退する(定年)まで、ずっと下がり続けるんです」とのこと。
「……………」
聞かないほうがよかったかもしれません…。
でも、安心してください。引退(定年)後は上がっていくそうですよ。
茂木先生は「子供にとってのウェルビーイングは、仲間と協調していくなかで、自我を確立して“自分らしさ”を見つけ、未来について前向きになれること」だと語ります。
しかし、親から離れて一日の多くの時間を学校という場所で過ごすなか、自分の立ち位置がわからず、未来に向けてポジティブにもなれず、自分の「居場所」すらなかなか見つけられなくて、孤独を感じてしまう子どもも多いといいます。
ところが、そのような子どもたちにとっての救世主になるかもしれないのが、犬だというのです。
犬が子どもの心を健康にすることが科学的に明らかに!
犬と一緒に暮らすことが人の心身にプラス効果をもたらすことは、さまざまな研究によって報告されていますが、今までその解析方法は限局的なものでした。
しかし、茂木先生のグループによる研究では、思春期の子どもを対象としたコホート調査(追跡調査)によって、犬の飼育経験がWHO(世界保健機関)が定める「ウェルビーイング」を向上させることを、科学的に証明したのです。
2,584名の子どもを対象にしたこの研究では、犬の飼育の有無とWHO(世界保健機関)のウェルビーイングとの関係を調べました。
その結果、犬を飼育する子どもでは、10歳時から12歳時にかけて低下してゆくウェルビーイングが、犬を飼育していない子どもと比較して高い値で維持されていました。
つまり、犬と一緒に暮らす子どものほうが、そうでない子どもよりもウェルビーイングの低下がやわらいだという結果になったのです。
この研究によって、今後、思春期の子どもに多く見られる不登校やいじめ、拒食症などさまざまな問題に対して、犬と一緒に暮らすことが解決策につながる可能性が見出されました。
そして、子どもの頃から犬と接する経験が、具体的に心身にどのような影響を与えるのか、科学的な視点から明らかにされることが期待されています。
幸せを運ぶ天使「オキシトシン」
犬と人との関わりは1万5千年~3万5千年前に始まったとされていますが、この共生の過程において、犬と人は視線を介してお互いに絆を形成し、特別な信頼関係を構築することがわかっています。そして、そこに深く関わってくるのがいわゆる“幸せホルモン”と呼ばれる「オキシトシン」です。
子どもの頃に犬と接する経験がウェルビーイングを高くし、子どものメンタルヘルスを向上させるのはなぜか?
茂木先生によると、そこには「オキシトシン」の影響が大きいと推測されるそうです。
オキシトシンには、人の心身にさまざまなプラス効果をもたらすことが知られています。例えば、不安の軽減、ストレスの解消、痛みの緩和、緊張の軽減などが挙げられます。
犬とふれあうことでオキシトシンが分泌され、精神的にポジティブになって相手を思いやったり、誰かのために行動するような「向社会性」が生まれるのではないか、といいます。
犬と接することで人の体内にはオキシトシンが分泌されますが、同様に、犬の体内でもオキシトシンが分泌されます。つまり、犬と人は、お互いに関わり合うことによって、ともに幸せを感じるということなんですね。
まとめ
幼少期から犬と暮らすことが、子どものメンタルヘルスを向上させるということが科学的に明らかになりましたが、茂木先生のグループによる別の研究では、さらに驚くべき事実が明らかにされつつあります。
その主役は、なんと「細菌」!
犬と人の細菌には「宿主特異性」というものがあって、今までは人から犬、犬から人への細菌の乗り入れはないと思われていたのですが、実はそうではなく、どうやら犬が持つある細菌が人に乗り入れているらしいということなのです。
少なくとも、犬と生活することで影響を受けた細菌が、人の心身にプラスの効果をもたらしている可能性がある、ということなのです。茂木先生たちのグループは、そのメカニズムを科学的に紐解こうとしているそうです。
近い将来、この研究結果が報告されると思われますので、皆さん、乞うご期待!
茂木 一孝教授プロフィール
栃木県出身。東京農工大学農学部獣医学科卒(学部6年時にアメリカ・ウィスコンシン州立大学霊長類研究所に1年間留学)。東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程(獣医生理学研究室)では、成長ホルモン分泌の新しい脳内調節メカニズムを提唱する内容で獣医学博士号を取得。2008年、麻布大学獣医学部に講師として着任。2020年、麻布大学獣医学部教授に就任。
◎写真:ほりまさゆき(風の犬たち)
麻布大学・Oneマルシェ
2025年3月29日(土)・30日(日)に麻布大学において、「麻布大学・Oneマルシェ」が開催される予定です。皆さんのためになる情報が得られると思いますので、ぜひ訪れてみてくださいね。
連載では、ペットの健康のことや人とペットの暮らしについての「正しい」情報を発信していきますので、”ウチの子” との幸せな暮らしのヒントにしてくださいね。
ペットフード協会のウェブサイトではペットに関する多くの情報を見ることができますので、ぜひのぞいてみてくださいね!
- 一般社団法人ペットフード協会 新資格検定制度実行委員会委員長
- 一般社団法人ペット栄養学会 理事
- 有限会社ハーモニー 代表取締役
- 日本獣医生命科学大学、帝京科学大学、ヤマザキ動物看護専門職短期大学非常勤講師